喰らう、喰らわれる
喰らう、喰らわれる男
「喰らう、喰らわれる」
山中 千
早朝の鼓膜を震わすかのような静寂の中、男は牛飯を喰らっていた。
時刻は、五時五十九分。
男は、夜勤を終えたばかりであった。身体は劇的に衰弱、精神は崩れていた。その様子は、支えを失った瓦礫の如く。こんな状態であるにも関わらず、腹は無性に食料を欲しているので、不思議だ。
心の救済者恋人、友人は非ず、癒しによって精神の闇の底から助けるリミッターの役割を果たしていた小猫も最近、死んだ。病死だった……。
死神が、背後に、居た。
小猫の病気に気づくことが出来ず、なぜ、なぜ、と呟き狂うほど、辺りの光景が眼に入っていなかった。視界には自身の精神しか映っておらず、呪われていた……。
時刻は、六時に!
労働と罪悪感に支配された男の本日の予定は、現実から目をそらすよう、眠ることだった……。
牛飯はテイクアウトで買って、誰もいない工事現場の硬いコンクリートに座し、食していた。
料金は五百九十五円。千円を投げつけるよう店員に渡した。お釣りを念頭において代金を支払うことが煩わしく、真夏の蝉のように、五月蝿い。
一匹の蝿が顔の傍を通り過ぎる。が、男はビクともしない。男の目の隈は絵の具の全ての色を混ぜたかの如く、ドス黒い。ゲッソリ焼け焦げた頬。汚い無精髭……。
財布に有る金は、ペットのような感覚だが、返ってくる四百五円には、その感覚非ず。可愛げがお亡くなり。存在が存在していないかのよう。グググ……。
工事現場を抜け出す。
もう熱が辺りを支配している。早朝にも関わらず、何故か暑い。
太陽様の顔を拝む。太陽様の眼光は鋭く、髪は新しいオレンジ色に染められていた。
はあ……。
蝉が体を震動させ、音を嘔吐。ビビビビ微。ビー男とミンミンは、命を投げ出す勢いで、叫んでいた。
蝉の抜け殻を発見する。抜け殻はあまりにダサい。滑稽。燃えるゴミに出せよ……。勿論、真剣にで、無い。
蝉は、地球上で生きる時間が短いというが、男は十分だ、と思う。ずっと鳴いているだけなのだ。退屈で死にたくたくなる。人間で例えたら、カラオケ七連勤みたいなものだ。狂う。喉が死んだ〜、と女子高生みたいにふざけられる次元をゆうに越している。
ダラダラと徒歩。
死神が笑い、鎌を振り落とした。
男は路上で、ケチャップどっぷりのミートソーススパゲッティ。タバスコ入り。
車に、身体的にも精神的にも、惹かれたのだ。
蝿が群がり、男の人肉を喰らった。
自信作




