流れ月
「わぁ、今日はたくさん流れ星も落ちているし、まんまるお月さまも浮かんでいるし、いい月見日和だなぁ」
森の広場に集まった、たくさんのぽんぽこたぬきたちが、夜空を見あげて笑っています。今日はぽんぽこたぬきたちの、お月見のお祭りなのです。うかれて踊りだすたぬきたちもいます。大人のたぬきも、子だぬきたちも、みんなでワイワイ騒いでいます。ですが、ワイワイ騒いでいるのは、お空の上でも……。
「わたしはこれから、砂漠の国へ行くのよ。人間たちが、『ピラミッド』って呼んでる建物があるの」
「ぼくは斜めに建ってる塔がある国へ行くよ。『イタリア』っていうんだって」
「おれなんか、木がいっぱい生えてるところへ行くんだぜ。『ジャングル』っていって、いろんな動物が住んでるんだってよ」
お空の上で、これから流れ星となって旅をする星たちが、ワイワイ話し合っていました。みんなとても楽しそうです。ただ一人、というかただ一つの星をのぞいて……。
「流れ星たちは、いいなぁ……。いろんな国に旅行に行けるなんて。わたしなんか、ずっと空の上でみんなを照らしているのにいそがしくって、少しも楽しくないわ」
ため息をついたのは、なんと空の上に浮かんでいる、あのまんまるのお月さまだったのです。お月さまは、夜空を照らさないといけないので、流れ星たちのように、地上をゆっくり見てまわることなどできないのです。それなのに、流れ星たちは、お月さまのことなど気にもせずに、あれやこれやとおしゃべりしています。
「どうしてよ! わたしもみんなと同じ星なのに、わたしだけずっとみんなを照らして、のけ者にされて……」
むくれるお月さまでしたが、それでも流れ星たちは気づいていません。自分は夜空を、ずっと優しく照らし続けていたのに、流れ星たちはみんな好き勝手に騒いでいるのです。お月さまは、だんだんと腹が立ってきました。そして、ついに……。
「もうっ! こうなったらわたしだって!」
それまで夜空に浮かんでいたお月さまが、ビュンっとすべって地平線の向こう側へと行ってしまったから、さぁ大変です。さっきまでワイワイ騒いでいた流れ星たちも、大あわて。
「あれあれっ? お月さまが、どこかに行っちゃったよ!」
「大変! お月さまがいないと、わたしたちだけじゃ夜空を照らせないわ!」
「そうなったら、ぼくたちが流れていっても、地上が真っ暗でなんにも見えなくなっちゃうじゃないか!」
さっきまでの、楽しいおしゃべりはどこへやら、みんなおろおろしながら夜空をうろうろ。でも、驚いたのは流れ星たちだけではありませんでした。
「あれあれっ? お月さまがなくなっちゃったぞ!」
森の広場でお月見していた、ぽんぽこたぬきたちが、大あわてで夜空を見あげます。さっきまで優しく照らしていたお月さまが、どこにも見当たりません。さっきまでは、月明かりでみんなの顔がよく見えていたのに、今はもう自分の鼻先ですら見えません。ぽんぽこたぬきたちはおろおろ、うろうろ。子だぬきたちは、しまいにはワンワン泣き出してしまいました。
「お月さまー! お願いだから、出てきてよぉ!」
お空の上も、お空の下も、おろおろうろうろ、大騒ぎになっていますが、お月さまはちっとも気にせず、自由にいろんな国を流れていきます。
「あれが、流れ星たちがいっていた、ピラミッドってやつね。あ、あっちには、かたむいてる塔があるわ。街の明かりもきれいで、人がいっぱいいる。すごいわねぇ」
普段は夜空を照らすのにいそがしくって、じっくり見ることもできない地上を、お月さまはものめずらしげにながめていきます。と、そうしてずっとすべっているうちに、だんだんとまぶしくて目がくらんできたのです。
「どうしてかしら、なんだかすごくまぶしいわ。流れ星たちが、いっぱい集まったようなすごい光……」
お月さまが流れていく先に、真っ赤に燃える丸いものが見えてきました。お月さまの顔も、だんだんと真っ赤に染まっていきます。
「あぁ、なんて素敵なのかしら……」
うっとりとそれをながめて、もう少し近づこうとしたそのときです。
「あっ、見つけた! お月さま!」
流れ星の声が聞こえてきて、お月さまは流れるのをやめました。
「……なんの用よ?」
ぶすっとした声で、お月さまが流れ星にたずねます。と、流れ星は、きらきらと光をこぼし始めたのです。これにはお月さまも驚いてしまいました。
「どうしたの? ……もしかして、泣いているの?」
「うん……。お月さま、ごめんなさい。わたしたち、みんなお月さまのことを考えてなくて、自分たちばっかり楽しんでたわ。お月さまが照らしてくれているから、わたしたちは旅行できていたのに……」
お月さまのそばへ、いくつもいくつも、流れ星がやってきました。みんな同じように、きらきらと光をこぼしています。
「お月さま、ごめんなさい。お月さまだけのけ者にして……。これからは、ぼくたちが見てきた景色を、お月さまにお話するよ」
「だからお願い、夜空へ戻って」
「さっき地上を見ていたけど、みんな心配そうだったよ。ぽんぽこたぬきたちなんか、みんなでワンワン泣いていて……」
それを聞いたお月さまからも、きらきらと光がこぼれていきました。真っ赤に染まっていた光が、だんだんといつもの優しい銀の光に変わっていきます。
「わたし、みんなのこと考えていなかったわ。自分だけがさびしい、自分だけがのけ者って、そればっかり考えて……。わたしのほうこそ、ごめんなさい」
お月さまが、スーッと流れて暗い夜空を照らしていきます。そのうしろを、流れ星たちもスーッとついていきました。そのうしろすがたを、燃えるような朝日が見守っていました。
「よかったよかった、お月さまがいなくなったときにはどうなることかって思ったけど、無事に帰ってきてくれて、お祭りも終わって……」
夜通し踊って、ぐっすり眠ったぽんぽこたぬきたちは、お日さまが真上に昇りきったころに、ようやく起きてのびをしました。お月さまがいなくなって、おろおろうろうろしているうちに、お月さまがスーッと流れてきたのです。ぽんぽこたぬきたちは、大喜びでお祭りを再開したのです。
「でも、いったいどうしてお月さまが流れていったんだろう? まさか、お日さままで流れていったりは、しないよね……」
ぽんぽこたぬきの一匹が、心配そうにつぶやきました。それを聞いた他のぽんぽこたぬきたちは、おかしそうに笑います。
「まさか。きっとあれは、お月さまが流れ星のまねをしただけだろう。お日さまはそんなことしないよ」
「そっか、そりゃそうだよな」
ぽんぽこたぬきたちの笑い声が、アハハとよく晴れた空にひびきわたります。その空の上の、お日さまは……。
「はぁ……。さっき見た、あの銀色に輝く美しい星は、いったいなんていうんだろう? 普通の星なら、ぼくの光で見えなくなるのに、あのかたはぼくの光で、とても美しく輝いていた。あぁ、もう一度会いたい! ……ぼくも、流れ星たちのように、空を流れてあのかたを探してみようかな」
お日さまがわずかに動いたのに、ぽんぽこたぬきたちは気づきませんでした。
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