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それから、再び彼らは雑談の日々を過ごしていた。
しかしリョウタがいなくなった寂しさは残り。
あの騒がしい奴が一人減っただけで、こんなにも会話は静かになるのかと。
そんなことを考える度に、ユウは悲しい気持ちを抱くのだった。
嵐が過ぎ去って、しばらく経った頃。
あの少女が再び、雑木林にやってくるのが見えた。
「なんか、すごく久々に見た気がしますね」
「まあ、来る日は気まぐれっぽいしなあ」
マコトと二人、少女を見下ろしていると。
少女は何を思ったのか、ふいに顔を上に向け。じっと何かを見つめた。
なんとなく、ユウは彼女と、視線が合っている気がした。
「んー? 鳥さんかなあ?」
少女は何度か、上空に目をこらしたが。この辺りに鳥はいない。
疑問符を浮かべる少女とユウたちだったが。
少女は「まあいっか」と、考えることを放棄して、木の下に腰を下ろした。
ユウは、試しに少女をじっと見つめて、変数を確認してみた。
《UserNumber2022_10100》
少女とユウの変数は、識別番号らしき数字こそ違うものの、同じような羅列になっている。
一体どんな理由でこの番号なのかわからないが。
少なくとも『自力で行動できる生き物』の変数は、個体ごとに違うようだ。
鳥も、リスも、人間も。そして、自我を持つ枝たちも、個々の変数を持っている。
だが、落ちている枝や葉は、一つの変数にまとめられていた。
もっと細かく言えば、彼ら枝に生える葉の変数は、一つにまとめられている。
意識がなければ、個別の変数はないのだろうか。
共通点を見つければ見つけるほど、難解な変数に困惑気味のユウ。
そんな彼に、頭上を見上げる少女が声を掛けた。
「ねえ、話を聞いてくれる?」
一瞬、どきりとした。
周囲を見回し、少女が見つめる先の上空も見て。
それから、ユウは再び少女を見下ろして、問い返した。
「お、俺?」
だが少女は、ユウの問い掛けに返事をするわけでもなく。
いつものように独り言を続けた。
「師匠がね、今日はたるみすぎだって言うの。昨日はもっと力を抜けって言ってたくせにさ。酷くない?」
少女は不服そうな顔で、両足をパタパタと上下に揺らした。
その様子に、ユウは残念に思いながらも安堵のため息を吐く。
「そんなわけないか……」
だが、少女の青い瞳は明らかにユウへと向けられていた。
「でもね。最近、師匠が言うこともわかる気がしてきたの」
少女は跳ねるように立ち上がると、素早く拳を突き出す。
「適度に、力を抜いて……」
何度か拳を突き出した後、足が持ち上がり。
「大事なとこで、強く!」
凄まじい圧力を持った蹴りが、宙に放たれる。
それから少女は特訓するように、同じ動きを何度か繰り返した。
金色の髪が、ふわりと。蹴りをする度に舞い上がった。
何度も繰り返している内に、額に浮いた汗が飛び散り。
太陽の光を反射させて、輝いて見えた。
そんな時。ユウは彼女の発した言葉にも、変数が存在することに気付いた。
少女がなにかを言う度に、薄らと。変数らしき文字列が浮き出る。
「大事なとこで力がでなかったら、意味ないんだなって」
《UserNumber2022_10100_Talk = '大事なとこで力がでなかったら、意味ないんだなって'》
その変数は、今までと少し系統が違った。
まず、変数の扱っているものが数値ではなく、言葉であること。
次に、変数の中身がそのまま発言内容になっていること。
変数の中身は発言する度、変わっていること。
「……そろそろ帰ろっと」
少女は蹴りを止めると、一つ息を吐いてからまた見上げる。
「じゃ、またね」
少女はユウに向けて、無邪気な笑みを浮かべた。
いや、それはユウに向けられた笑みではない。そのはずだ。
なのに、目線は明らかに、ユウへと向けられていた。
少女が歩き去って行った後、マコトが言った。
「あいつ、ユウを見てたよな?」
期待してしまいそうな気持ちを押し殺して、ユウは苦笑気味に返した。
「そんな、まさか……偶然でしょう」
そうだ、そのはずだ。……そのはずだけれど。
ユウはつい先ほど見た、変数を思い出す。
これがあれば、いつか彼女と話ができる日も、来るかもしれない。