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ボキリ、音が聞こえた。それだけだった。
瞬く間も与えずに、枝は風にさらわれる。
リョウタがいた場所には、もう何も無い。
快活だった彼の声は、もうどこからも聞こえない。
「嘘だ……」
呟いてから、ユウは堪らず叫んだ。
「嘘だろ、リョウタ!!」
「振り返るな!」
マコトは言う、今は振り返るべき時ではないと。
リョウタが折れた今、自分まで折れるわけにはいかない。
ユウは黙って、前を向く。
涙は流せなかったけれど。
悲しみがユウに、今までに無い力を与えてくれている気がした。
もしも、この世界が『ゲーム』だったなら、どんなに単純だっただろう。
値が0になったら折れる設定の組み込まれた『体力』を表す数値が存在していて。
その数値が見えたなら、その数値を『改ざん』できたなら。
体力を増加させることができたなら。
そうしたら、リョウタは折れずに済んだのに。
瞬間。ユウの視界に、今まで見えていなかった、何かが見えた。
横に伸びる、色のついた四角形。
それは、見える範囲にある枝……ハセガワとマコト、そしてユウの近くに浮かんでいた。
「なんだ、これ……」
横に伸びている四角形は、よくよく見れば、何かの残量を表す際に使われる『ゲージ』の役割を持っているのか。
色のついた四角形の長さが、少しずつ減っていた。
減るスピードは、ユウが一番速く進んでいた。
ゲージの残量も、ユウが一番少ない。
まさか、これは……体力ゲージ?
「ユウ、どうした!?」
マコトの問い掛けにも気付かずに。ユウは自身の、体力ゲージをじっと見つめる。
すると、次第に謎の文字列が浮かんできた。
《UserNumber0_22_HP》
一見すると、まったく意味がわからない文字だが。
こんな文字の書き方を、ユウは見た覚えがあった。
この文字は、ゲームを作る際に用いる『変数』の名前に似ていた。
変数というのは、つまり。
「データを、記憶している箱……」
ユウの目の前に黒く、薄い。紙のような板が現れる。
板にはすでに白い文字が刻まれており。
先ほど、ユウの体力ゲージに浮かんでいた文字列が表示されていた。
まるでそれは、黒背景に白字で文字を打ち込める、アプリ画面のようだ。
「テキストエディターに近いな……」
ユウは一人、呟きながらその画面を見つめる。
板は、続く言葉を待つように。白い縦棒を点滅させていた。
それ以外、何も起きない現状。
少しして、ユウはこの黒い板が求めていることに、気が付いた。
「コマンド入力を、待ってるのか?」
先ほど現れた文字列、変数の中身は、おそらくユウの傍に浮かぶ体力ゲージと連動している。
中身はおそらく数値だろう。
今、表示されている体力ゲージの、正確な値。
もし、この数値に手を加えられるのなら。
ユウが変数の中身を書き換える想像すると、板にも想像していた文字が書き込まれた。
【UserNumber0_22_HP + 10000】
しかし一秒も経たずに、白い縦棒が勝手に下へとずれ。
改行されたのだろうか、とユウが思っている間に、赤字で『ERROR』と表示された。
単に数字を足すだけでは、手を加えられないようだ。
「くそ、そこまで単純じゃないか……」
ユウは悔しげに呟いてから、地上に視線を落とす。
少しして、気付く。地上に落ちている『何か』にも、変数があることに。
《ItemNumber8_4》
《ItemNumber8_5》
あまりにも雨風が強く。何の変数か、はっきりと見えない。
これらの変数にも、数値が入っているのだろうか?
もし、入っているなら。
ユウは再び、黒い板に向き直る。
【UserNumber0_22_HP + ItemNumber8_4】