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「ほら、これ! 先っぽのこれ! もう立派な葉っぱってことで良くないですか?」
リョウタが言っているのは、リョウタの枝先に生えた若葉のことだろう。
しかし若葉と言うにはまだ幼く、柔らかそうな葉っぱだ。
「立派、ではないんじゃ……」
「いーや! 立派な葉っぱですよ! だから俺は今年の仕事を果たしたってことで、良くないです?」
枝としての仕事はこなしたと主張するリョウタだが、マコトは首を振るように言う。
「まだ子供だろ、せめて五センチは大きくなってから言え」
「ええー! まだ働けって言うんですかあ!?」
「どうせ喋るだけだろ。……その点で言えば、お前が一番働いているよな?」
「でしょう!? こんなに一生懸命、働いてるのに……認められないなんて!」
楽しげに談笑する二人だったが。
そんな彼らを見下ろしていたハセガワが、強い口調で警告した。
「お前ら、今夜は覚悟しておけ」
「え? なんですか、急に」
ユウが問い返すと、ハセガワは言った。
「そろそろ、嵐が来る」
「そ、そうなんです?」
「ああ……多分、今までにない嵐が来る」
ハセガワの言った通り、その夜のうちに雨が降り出した。
はじめは小雨だったのだが。
時間が経つにつれて雨粒は大きくなり、強く枝葉を打ち付けるようになっていった。
「嵐って、こんなにハードだったんですね……!」
ユウが声を張って叫んだ時にはもう、周囲は大荒れの天気になっていた。
「俺も、こんな嵐は経験がない!」
「これが、地球温暖化の影響ってやつなんです!?」
「知るか!」
雨音に掻き消されないよう、必死に声を張り合う四人。
そうやって互いの生存を確認しながら、夜をなんとか越した。
しかし、周囲がやや明るくなってきても、嵐が収まる気配はなかった。
むしろ夜間よりも強い雨風が、枝たちを襲う。
「一体、いつまで続くんですかこれ!」
「知らん! いいから気ぃ張れ!」
マコトの返事を聞き、この強風はまだまだ続くかもしれないことを察したユウは、必死に横殴りの風に耐える。
この頃には、ユウも他の枝同様、なんとなく感じていた。
まだ枝になって一年も経たないユウと、同じ程度の太さしかないリョウタでは、もしかしたらこの強風で折れてしまうかもしれない。
ある程度枝が太くなっているハセガワとマコトは乗り切れるだろうが。
二人の持つ葉はこの嵐にすっかりしおれてしまい、ほとんどが吹き飛ばされていた。
「ユウ、リョウタ! 気合い入れろ、気合い!」
「そ、そんなこと言ったって……!」
マコトが普段と違う、強い口調で激励するが。
ユウとリョウタの消耗は激しいようだ。
特にリョウタは、風が吹き付けてくる度に枝の根元がきしむような音を立てており。
リョウタ自身、この日は口数が少なかった。
「リョウタ、大丈夫!?」
ユウが声を掛けるが、リョウタは返事の代わりに小さなうめき声を上げる。
それからしばらくの間、リョウタは強い雨風に耐えながら黙っていたが。
突如、大きな声で叫んだ。
「多分、最期になるかもだから、言うけどさあ!」
最期、という言葉に青ざめるユウたち。
そんな彼らに、リョウタは続ける。
「俺の好きな子! エミって言うんだ!」
「こ、こんな時に、何言い出してんだ!」
焦った声で、マコトも叫ぶ。ユウの中にも、焦燥感が浮かんだ。
そして気付く。リョウタの枝は、根元が少し裂けていた。
「エミって名前の通り、笑顔がかわいい子でさあ! あいつが俺に、にかって笑った時、どうしようもなく好きになっちゃったんだ! しかもこれ、俺の初恋なんだよ!」
リョウタがいつも話す、のろけ話とは違う。
それは、本気ではじめての恋を語る、男子高校生の言葉だった。
「リョウタ、わかったから! わかったから……」
今、折れないことにだけ集中して。
そう言おうとしたユウの言葉を遮るように。リョウタは叫び、言った。
「俺! 今度、エミに会ったら! 今までのこと謝って、それから、告白するんだ! だから、だからさ!」
リョウタの枝が、風に強くしなった。
「応援、してくれよな!!」
伸ばす腕があるのなら、彼を掴んでいたかった。
けれどユウにも、リョウタにも、腕は無い。
あるのは、木から生える一本の枝。
「リョウタ――」