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少女をはじめて見掛けた日から。
ユウは、雑木林の外にあるだろう『世界』に興味を持った。
この場所から、雑木林の外は見えない。
近くにどんな町があるのかわからないし、そもそも近くに町があるのかすらも知らない。
いつか、自分の力で外の世界を見ることができたら。
そんなふうに夢見ることを。ユウは、友人となれた枝たちに話せなかった。
夢を語ったところで、叶わぬ夢であることはこの場の誰もがわかっており。
叶う見込みのない夢を抱くことは、つらいことでもあったから。
少女を知った後も、彼女は度々、雑木林にやってきた。
少女が来る時は、いつも道場から帰る途中の時間帯のようだ。
午後の、日が陰りだす時間より少し前にやってきては、愚痴とストレスを樹木に叩きつけて帰って行く。
少女が来るのは毎日のことではないし、やってくる場所もまちまちだ。
それでもユウは、彼女がやってくる日を心待ちにしているのだった。
「ユウさん! ユウさんはAIの女性、恋愛対象になりますか!?」
ある日。突然リョウタが尋ねてきた言葉に、ユウは疑問符を浮かべた。
ここのところ、互いの趣味趣向が合うためか。
リョウタはユウを慕いはじめ、今ではしつこく話し掛けてくるようになっていた。
もっとも、リョウタの本質が変わったわけではない。
ユウにとって苦手なタイプの人であることもまた、変わっていなかった。
それなのにユウは、ここ数日リョウタの突拍子もない話を聞くばかりだった。
リョウタほど、話題のレパートリーが豊富なわけではない、という事情もあったが。
何より、自分から話すことよりもリョウタが大げさに言うことを、話半分に聞いているだけの方が気楽だった。
「AI? ……人工知能ってこと?」
「そう! ロボットですよ、ロボット!」
嬉々として話すリョウタだが、突飛すぎて意味がわからない。
ユウは、リョウタから細かく聞いていき、話の脈絡を大体理解してから言った。
「ロボットと恋愛するゲームが昔あって、実際にそんなロボットがいたらどう思うか、ってことを聞いているんですね?」
「そう! さすがユウさん、話をまとめるのが上手い!」
なるほど、と理解を示しながら。
もっとわかりやすく聞いてほしいと思いつつ、短く息を吐くユウ。
マコトも同じことを思ったのか、小さくため息を吐いていた。
「恋人になったとき、何を求めるかにもよるとは思いますけど……意思疎通ができるのなら、恋愛対象になるかな」
「マジ? セックスできないんだよ?」
リョウタのオブラートに包まない物言いに苦笑しつつも、ユウは続ける。
「俺は、傍にいてくれるなら……ロボットでもいいかな」
リョウタは「そうなのー?」と、少々納得いかない様子だったが。
マコトには共感できるところがあったようで、うんうんと何度か頷いてから言った。
「いつも傍にいてくれる人って稀少だからな。俺だったら、むしろロボットの方がいいな」
「お肌がカッチカチでも?」
「お前は性欲の塊なのか?」
冷ややかに言うマコトだが、リョウタはさほど気にする様子もなく。
案の定、開き直って「好きな子とセックスしたいじゃん!」と叫びだした。
だが、もしも。AIのロボットを愛することができたとして。
ロボットは自分を愛してはくれないだろうな、とユウは思った。
機械の中身を知っているユウには。
ロボットも恋をするかもしれない、なんて夢物語は、抱けなかった。
数日後。
その日はまだ昼間だというのに、薄暗かった。
空には分厚い雲が浮かび、風もなんだか湿っぽい。
「そろそろ、雨が降るな」
ハセガワの言葉を聞いたユウは、前世……人だった頃の梅雨時、部屋全体が湿っていたことを思い出す。
前世のユウは、梅雨になると毎年、窓のふちにやってくるカタツムリを眺めてはタブレット端末で撮影する趣味もあった。
ユウの家では、不思議なことに毎年、窓辺にカタツムリがやってくる。
それを知っているのは、おそらくユウだけだっただろう。
母親にも話したことはなく、SNSに投稿したこともない。
ユウはそこまで考えると、無性にあのカタツムリを見たくなった。
カタツムリの写真はすべて、自分のパソコンの中に取り込んでいた。
もしも、パソコンがまだ残っていたなら。あのフォルダーの中に……。
「ユウさん、どうしたんですか?」
下に生えるリョウタが心配そうに声を掛けると、ユウの意識が空想から戻ってくる。
「ご、ごめん、なに?」
「なにぼーっとしてるんですか! 俺の話を聞いてくださいよー」
騒々しいリョウタの声に苦笑しながら、ユウはリョウタの話に集中した。