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枝転  作者: 深海
一章 枝の前世、前々世
4/13

4P

 そんなユウが『枝』になってから、一ヶ月ほどの日数が経過した。

 この地では、時間が静かに、穏やかに過ぎていた。


 日中、頭上から降り注ぐ太陽の光は白く。

 その光を枝から生える葉で遮り、黒い影の模様を草の生える地表に映す。

 ランダム性のある影の模様は、まるで万華鏡のようにきらめき。

 見ていて飽きがこなかった。



 しかし、そう思うのは彼だけのようで。マコトがつまらなそうに呟く。


「飛行機でもいいから、飛んでこないかねえ」


 そういえば。枝になってから、飛行機を見ていない。

 空を見上げて見つけるのは、様々な種類の鳥だけで。

 人工物が飛んでいるところは見たことがない。


 だが、この場所から動けない彼らは。

 たとえ飛行機が飛んでいたとしても。枝である以上、一生見られない可能性が高かった。


「風船とか、飛んできたらいいのになあ」


 リョウタも、空を見上げてぼやく。

 すると、ハセガワが思い出したように言った。


「何年も前に、風船が大量に飛んでいるのは見たぞ」

「マジ!? いいなあ」

「その時、どこかでトランペットの音も聞こえたな……何かのイベントがあったんだろう」



 ハセガワの話によると。

 風船には様々な色があり、風に乗って飛んできたと言う。

 その内のいくつかは途中で割れ、この雑木林に落ちてきたらしい。


「その風船のせいで、最終的に折れた枝も何本かあったらしいな」

「ひぇー……やっぱ風船、なくていいや。日光最高」


 折れる恐怖に怯えるリョウタ。

 ユウはまた、空を見上げた。



 雑木林の木漏れ日、木陰、梢のさざめき。

 この景色を、ユウはどこかで見た覚えがあった。

 しかし、覚えのあるその景色は、今よりずっと暗い色をしていた。


「……ずっと昔も、森の中にいた気がする」


 ユウが小さく言葉を口にすると、マコトが言った。


「それ、前々世じゃないか?」

「前々世?」

「人になる前のお前も、森の中にいたんじゃないのか?」


 言われてみれば。この場所に来た時は驚いた、けれど……。

 ユウは、まだ一ヶ月しか経っていないはずなのに、この環境に馴染んでいる自分がいることに気付いた。

 ハセガワも納得するように「なるほど」と言ってから、話しだす。


「人によっては、前世だけではなく、もっと前の人生を思い出すこともあるらしいぞ」

「まさか……前世人、前々世枝の、今世枝!?」


 驚き、大きな声を出すリョウタは、自分の発言がツボに入ったらしい。

 リョウタは数秒、笑うのを堪えていたが。

 結局吹き出すように笑いだして、周囲の冷めた視線を浴びているのだった。



「前々世も枝、か……」


 小さく呟き、ユウは自分の姿を見る。

 どこからどう見ても、ただの枝。

 葉はまだ一枚もないけれど、もう若芽がいくつかついていた。

 そんな自分の姿に、不思議と違和感を持たないのは、前々世の影響なのか。


「だからどうしたって感じだけどな」


 マコトに言われて、ユウも苦笑で返す。


「前世がどうだろうと。結局、今は枝なんですよね」

「そうそう。もしかしたら俺たちの前世も、何代か(さかのぼ)れば枝だったかもしれないし」


 マコトの言葉に、リョウタは再び吹き出し。ハセガワから笑いすぎだとたしなめられた。




 ユウが枝になって二ヶ月が経った頃。

 木漏れ日の模様と鳥のさえずり以外、代わり映えのないこの森に。

 一人の少女がやってきた。


 青い瞳に金色の短い髪を持つ、活発そうな少女は。

 木の近くまでくると、土や草の汚れなんて気にしない様子で地面に座った。


「珍しいですね、子供?」

「ああ、たまにくる子だな。いつもこの辺りまで来て、愚痴っている」

「愚痴?」


 マコトの説明にユウが疑問符を浮かべていると。少女は空を見上げてから、叫んだ。


「師匠の、バカー!」


 それから近くの樹木を、拳で殴りつけた。


「何が、まだまだじゃ、なのよー! アタシの、苦労を! バカにしやがってー!」

「おわっ! 今日は俺の木!?」


 母体の木が殴られる度に、リョウタが枝先を揺らす。


「やや、やめろって! 聞こえないだろうけどやめろ! この、暴力女ー!」


 揺れる度にリョウタが、枝にしか聞こえない声で叫ぶ。

 その声を聞いた他の枝たちは、リョウタが珍しく焦っている様子を見て笑っていた。


「痛みはないんだ、許してやれ」

「そうだけど! そうなんですけどお! 理不尽だー!」


 ハセガワの言葉に、リョウタが叫びながら答える。

 リョウタの悲鳴が、殴打される度に揺れて、妙な声質に変わり。

 その変わりようがおかしくて、ユウも思わず吹き出していた。



 聞けばこの少女は、昔からよく一人で雑木林にやってくるらしく。

 何か嫌なこと、不満なことがあれば。

 林の中で愚痴を叫び、発散させて帰って行くらしい。



「ストレス発散で木を殴るなんて……まったく、迷惑な話だぜ」


 殴り疲れたのか。

 肩で息をしながら座り込む少女を見下ろして、リョウタがあきれたようにため息を吐く。


 多くの枝が彼女の顔を知っているようで。

 誰もが、大声で誰かの愚痴を叫び続ける少女を眺め。

 そのやかましさをうっとうしく思っているのだった。



 他の枝と同じように少女を見下ろすユウは、疑問を口にする。


「やけに力の強そうな子ですね……普通じゃないですよ、あの怪力」


 少女は怒りの表情を滲ませたまま、近くの樹木を蹴り続けている。


 少女の蹴りは素早く、凄まじい威力を持っているようで。

 蹴りつけられた木が大きく振動し、数枚の葉を落としている様子が見て取れる。

 成人の男性でも、こんなにも力強い蹴りはなかなか出せないだろう。


「『道場』に通ってるらしいぜ」

「道場?」


 マコトが言うには、少女は格闘道場に通っており。

 学校に通っているはずの時間帯は日々、師匠と呼ぶ男と共に『特訓』をしているらしい。

 ちなみに年齢は、今年で十二歳なんだとか。



「異様な馬鹿力だよなあ……師匠って奴は見たことないけど、きっとムキムキだぜ?」


 リョウタはそう言い小さく笑ったが。

 母体の木が殴られた後は疲れてしまうのか、口数が少ないままだった。


「ハセガワさんから見ても、あれは異様だと思いますか?」


 ユウが尋ねると、太い枝のハセガワは「ああ」と短く答えてから、続けた。


「俺のいたところにも、あんな子供はいなかったな。成人なら殴り合ったこともあったが」

「うわあ……ハセガワさんって、武闘派だったんですね」

「……まあ、機械いじりは苦手だし。他に長所が無かったからな」


 ハセガワの話に、マコトとユウは畏怖の眼差しを向けるが。

 ハセガワ自身は「誰にだって、長所はあるだろう」と真面目な口ぶりで返すのみだった。



 それからしばらくして、少女はひとしきりストレスを発散し終えたのか。

 満足げな笑顔を浮かべて、雑木林から去っていく。


 突然やってきて、去っていった彼女の後ろ姿が見えなくなった頃。

 ユウはふと、呟いた。


「いいなあ」

「ん? 何が」


 呟きを聞きつけたマコトの疑問に、ユウは答える。


「自分の足で、こんなところまで来られるのが、(うらや)ましいなあって」


 少女を羨むユウに、マコトは苦笑気味に言った。


「しょうがないだろ、無理なものは無理なんだから。諦めろ」

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