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上に生える枝。マコトが最初に説明してくれたことは、二つある。
まず、自分たちは枝である以上、どこにも行けないこと。
手足がない上に、母体である木に生える枝は、自分の力ではどこにも行けないし。
たとえ枝が折れ、木から離れたところで歩けるわけでもない。
しかも折れた枝は、次第に生命力を失い。最終的に死を迎えると言う。
だからと言って、自ら折れることもできない。
「折れたとしても、今の俺たちに痛覚だけはないみたいだから。そこだけは安心しろ」
マコトはそう言って励ますが。
枝になったばかりの彼には、折れたら死ぬ、ということしか伝わらなかった。
次に、枝としての生き方。
枝は日々、成長すること以外何もできない。
だが『良い成長』ができなければ、害虫に蝕まれ、病気にかかることもあるとか。
「良い成長ができる枝は、お喋りな奴が多いって話だ。だから俺たちは毎日、飽きるまで喋り続けることにしている」
良い成長をした枝は葉をつけ、光合成することで母体の木に生命エネルギーを送ることができる。
そのため、葉のない枝の第一目標は、葉をつけることだった。
「葉のないお前が今、こうして生きているのも。母体の木からエネルギーを受け取ってるからだぜ」
「じゃあ、母体のエネルギーが尽きたら……?」
「母体ごと折れて死ぬ。だからお前も、葉をつけられるようにがんばれよ」
恐怖に顔が引きつった気がしたが。今の彼にはもう、表情筋すらないのだった。
「とまあ、これが俺たちの基本的な生き方だ。何か質問はあるか?」
そう問われ、はじめは何も思いつかなかった彼だが。
少し考えると、一つだけ質問が思い浮かび。恐る恐る、尋ねた。
「枝って、寿命は何年とかあるんですか?」
「んー、人それぞれだな。嵐の日に折れる奴もいれば、百年近く生きてる枝もいるらしいぞ?」
すると、下に生える枝。リョウタがまた吹き出して言った。
「もう人じゃないのに、人それぞれ!」
「なんだよ、枝それぞれって言えばよかったか?」
「わっはっは! それいいですねー!」
爆笑しているリョウタを見て。
この枝とは仲良くできなさそうだ、と。彼は心の中で少し思った。
こうして彼。ユウは突然、枝として生きることになった。
枝として日々、日光を求めて少しずつ成長していく中。
仲間として話し掛けてきてくれる枝は三本だけだった。
だが、他にも元人間だった枝が何本も生えており。
聞き耳を立てると、それぞれでコミュニティを築いていることがわかった。
ただ、どのコミュニティも、他のコミュニティと仲良くしているわけではなさそうだ。
疑問に思ったユウが尋ねると、マコトはこう答えた。
「誰も、人の多いコミュニティを望んでいないんだ。場所が遠いと声も届かないしな」
人の多いコミュニティを、望まない。
めまいを起こすほどに満員電車が苦痛だったユウにも、心当たりがあることだった。
また、枝になったばかりのユウは、自分の死因を何一つ覚えていなかった。
しかしマコトが言うには、自分が死んだこともわからないまま枝になった奴もまれにおり。
特別おかしなことではないらしい。
その更に上まで伸びる太い枝、ハセガワの情報では。
枝に生まれ変わった者のほとんどが、前世。
つまり人であった頃に、ろくな生き方をしてこなかったという話だ。
「俺は組の抗争が原因で死んだが、生前は人殺しもやってのけた。それでもこうして、他の枝と普通に話ができる分、マシな地獄に行き着いたと思ったな……」
しみじみと語るハセガワの人生は、枝になりたてのユウとは真逆と思えるほどにハードなものだった。
暴力団組織に属し、組織の存続や威厳を保つために行動し、組織のために死んだ。
ハセガワの語る前世は暗い話が多かったが。
彼の発する言葉の全てに、信頼できる重みがあった。
マコトも、ハセガワほどではないにしろ壮絶な人生だった。
大学生の頃に受けた逆恨みが原因で、顔の半分を薬液で焼かれ。
犯人が捕まった後、顔にできた醜い傷跡が原因で接客業を辞めさせられた。
それきり部屋にこもって、最終的に首を吊って死んだと言う。
「もう二度と、恋も仕事もできないと思って、首を吊ったんだ。今なら、そんなことないだろうって思うんだけどな」
前世の出来事を話したマコトは、過去を懐かしむように小さく笑った。
そんな二本の枝と違って。リョウタは少々、頭がおかしかった。
彼は高校生時代に亡くなったらしいが。
その原因が、いじめていた女子生徒に刺されたからだった。
しかもいじめのきっかけは、リョウタがその女子生徒に恋をして。
ちょっかいを出したことが原因のようだ。
「まさか好きな子に刺されるとは思ってなかったけど……殺すまでずっと俺のこと考えてたんじゃないかって思ったら、やば、超嬉しい! って思っちゃってさあ」
リョウタは、まるでのろけ話を聞かせるかのように笑っていたが。
それを聞く他の枝たちは、あきれを通り越して諦観の眼差しを向けるのみだった。