恐竜と武士
この物語はフィクションであり、実在の人物、団体、事件等とは、一切、関係ありません。
かつて、この地球上に恐竜と言われる爬虫類がいた。かつて、この地球上に武士と言われる人間がいた。彼らは似ている。どこがと言うと、両者とも、もはや、現代には、生息していない。しかし、現代人は、その片鱗から、かつて、存在した彼らのことを、知っている。現代では、ともに、滅亡した存在である彼らには会えない。しかし、どのような存在だったかを想像することはできる。
上野国の寺田宗右衛門は、山奥で一抱えもある卵を見つけた。宗右衛門は、山家の生まれだが、このような大きな卵は、見たことがなかった。余りのめずらしさに、家へ持って帰り、馬小屋の藁の中に寝かせておいた。寺田家は、鎌倉以来の御家人ではあったが、それは、今の世にあっては、何も意味することはなく、生活の困窮から、馬を売りに出してより、新しい馬を買うこともできずにいた。
家には、年老いた母がいる。宗右衛門一人くらいならば、城下に行って、戦に出れば、暮らして行くことはできるだろうが、老いた母の世話をしながら、戦に出ることはできそうになかった。それに、近頃は、世の中が平和になり、戦をすることもなくなった。それでも、何とか、貧しいながらも、山で採れた物を食い、市で交換して、日々を暮らしていた。
ひと月も経ち、宗右衛門は、卵のことをすっかり忘れていた。それでも、思い出して、様子を見に行くと、卵の殻を破って、蜥蜴が出て来た。
「蜥蜴の卵だか。」
宗右衛門は、その通常よりは大きなめずらしい蜥蜴を両手で抱え上げてみた。
「キイ。キイ。」
「きいきい鳴く故、きいと呼ぶか。」
きいは、宗右衛門を親とでも思ったのか、仕切りに後を追いかけて来た。宗右衛門は、きいを特に構ってやれることもなく、馬小屋を巣にして、庭に放しておいたが、きいは、蛇や小鳥を捕まえて食べていた。
一年もすると、きいは、どんどん大きくなって、宗右衛門の背丈の半分程の大きさに成長していた。きいの体には、羽毛が生えてきたので、宗右衛門は、きいは、蜥蜴ではなくて、鳥の仲間だったのだろうと思うようになった。
宗右衛門が山に入ると、きいも付いて来る。そして、いつの間にか、宗右衛門よりも、先に進み、雉や狸やらを捕って、口に咥えて、宗右衛門の所に持って来る。それは、多いときには、半日で、雉を十羽も捕ることがある。それら、きいが捕って来た鳥や獣を、宗右衛門は、里の市で交換し、粟や豆にして、山の家に持って帰って来る。きいがいることで、宗右衛門と母親の暮らしは、幾分か豊かになった気がした。
「ほう、ほう。」
きいが宗右衛門の背丈程になった頃、宗右衛門は、鞍と手綱を作って、きいに乗ってみることにした。
「きい、きい。」
宗右衛門を背中に乗せながら、きいは、2本足でひょこひょこと歩く。
「ほう、ほう。」
「きい、きい。」
最初は、乗りづらかったが、慣れてくると、上手く乗ることができた。
そのようなことをして過ごしている時、突然、山が煙を上げて、天から灰が降って来た。
「山が焼けた。」
山の焼け出しのことは、古老の言い伝えで聞いたことがある。やがて、宗右衛門の家の周りに、茶碗程の石が降って来た。
「おっかあ。逃げんべ。」
宗右衛門は、母親を背負い逃げた。だが、後ろからは、木々が煙を上げながら、何かが追って来ていた。それが、何かは宗右衛門には分からない。しかし、それに飲み込まれてはいけないということは分かった。
「きい、きい。」
「きい。おっかあを乗せてやってくれ。」
「きい、きい。」
母親を乗せた後も、きいは、宗右衛門の袖口を引っ張っていた。
「この子は、あんたにも乗れって言ってるみたいだよ。」
「だがな…。」
大人2人が乗れる程ではないように見えたが、それでも、きいは、宗右衛門を引っ張って、離さないので、宗右衛門は、なすがままに、きいの背中にしがみついた。
宗右衛門と母親を乗せた、きいは、山野を駆けた。動物の勘で、安全な所が分かるのか、きいは、小高い丘の上の社のある場所に、2人を連れて行った。
「火の海だあ…。」
丘の下を赤い火の海が木々を飲み込みながら、降りて行った。その後も、山は、煙を吐き続けていた。
山に焼け出された後の宗右衛門たちが、どうなったかは分からない。おそらく、彼らは、山を離れたか、山に留まったかのどちらかであるだろうが、どちらかと言えば、筆者は、宗右衛門と母親と、きいは、山の御釜から少し離れた、山の中腹で、仲良く2人と1匹で暮らしたのではないかと思う。
きいが、何者で、どこから来たのか、泰平の世に山奥で暮らす寺田宗右衛門が、武士と呼べるのかどうかは、定かではない。然れど、彼らは、ともに助け合い、家族として暮らした。地球上では、決して見ることができないその光景の中の彼らは、この物語の中で、皆が、幸せに暮らしていったのだと思う。




