断罪前夜「攻略対象者に私の推しがいないので」戦略的撤退をした悪役令嬢は謎のアイテム売りにもう一度恋をする
★やブクマ、誤字報告ありがとうございます!
「――――はっ?!」
真夜中にフッカフカのベッドで、目が覚める。さっきまで、煎餅布団に寝ていたのに。
心臓が嫌な音を立てている。どうして思い出したのか。今になって……。
「おかしな話……私が悪役令嬢のティアナなんて」
自分が公爵令嬢であることは理解している。
寝るまでの、忙しい王妃教育の日々も。学園では常に首席。魔法だって誰より努力して習得した。
「可愛いげがない」だの「お高く留まってる」だの人に何と言われても、公爵令嬢として気高く生きてきたことも。
ああ、主にそれ言ってきたの婚約者の王太子だったわ。サイテー!!
ここが乙女ゲームの世界であること、明日の卒業パーティーで断罪されてしまうこともすっかり思い出した。
たった一つの理由のために、すべてのルートをクリアしているこの世界。
「恋も愛も、貴族の責務に比べれば小さなものだと信じていたのに」
私の記憶が教えてくれる。価値観はそれだけではないのだと。
自分には王妃になるしか価値がないわけではないのだと。
でも、なによりも私が言いたいことは一つ。
「このゲームの攻略対象に私の推しはいないのよ!!」
ベッドから勢いよく起き上がった私は、急いでお忍び用のワンピースに着替えた。
宝石類は足がつくだろう。とはいえ、公爵令嬢の自分は現金の持ち合わせはない。
ああ、もう少しだけ早く思い出せていたなら、準備だってできたのに。
でも、それも気づかないまま明日を迎えてしまうことに比べたら、些細なことに違いない。
愛用の杖を掴むと、いざという時に設けられている家族しか知らない抜け道から外に出る。
王太子を愛しているならいざ知らず、あんなサイテー男に未練は全くない。
それなら、断罪されるとわかっていて、卒業パーティーに参加するなんて誰がするんだ。
私が攻略対象に推しがいないにも関わらず、すべてのルートをクリアしてまでこのゲームに執着していたただ一つの理由。
「あの人に会いたい……!」
攻略対象者ではない、私の唯一の推し。
そのためには、悪役令嬢なんてやってられない。
私は夜の街を駆け出した。
✳︎ ✳︎ ✳︎
数か月後、髪を切って男装をした私は、ティオと名乗って冒険者として活動していた。
この世界は、RPGの要素を取り入れている。敵のいる場所も、効率的なレベル上げやアイテム収集がすべて頭に入っている私にとっては、冒険者として生きていくのはヌルゲーだった。
まあ、もちろん何度も危ない目にあったけど、闇魔法を使って何とか乗り切った。
公爵令嬢が居なくなったことは、かなりの大事件になったけれど。それも、一月ほどで最近は噂に上らなくなっていた。
公爵家も王太子が断罪の準備をしていたという情報を得たのだろう。
醜聞を恐れたのか、逃げ出した私の事を本気で探そうとはしていないようだ。
「今日は、満月の夜にしか咲かない月写しの花を探しに行こう」
私は主に採取メインに活動している。悪役令嬢として攻撃魔法も得意なのだが、珍しい闇魔法なんてバンバン打ってしまったら目立ってしまう。
「それに……」
きっとこの世界のどこかにいる。このゲームにおける私の推しは謎のアイテム売りなのだ。
どうして推しのいない乙女ゲームを全ルートクリアしたのかって、それは謎のアイテム売りに会いかったから。
そもそも、あまり乙女ゲームというものに興味がなかった私。
妹が招待特典が欲しいというから、仕方なくチュートリアルクリアまでプレイしたその先で運命の推しと出会ったのだ。
攻略に必要な、どこで手に入れたかわからない謎アイテムを売る、正体不明のレーゼ様。
その謎アイテムを集めていれば、いつか会えるのではないか。そんな期待があったから冒険者として今に至る。
レーゼ様が取り扱う商品は、すべて頭に入っている。もちろんそれらの商品は、高難易度だが自分で手に入れることも可能だった。
謎のアイテム売りが、どこから現れるのかという情報はどこにもない。もしかしたら、その謎が少しは明かされるのではないか。攻略の先にまた会えるのではないかという希望だけで全ルートクリアしてしまった。
自分でもばからしいと思わなくもない。
公爵令嬢の立場を使えば、断罪前夜ならまだ起死回生の策もあったのかもしれない。
そんなことを考えているうちに目的地にたどり着く。
月写しの花の群生地。普段はただの草生い茂る荒地だが、満月の今夜だけは白銀の月のような輝きをした花が咲き誇る。
この花は何かの調合材料になるはずだ。でも、そこは今すぐには思い出せそうになかった。
「きれい。これだけでも外の世界に出た甲斐があったかも」
後悔なんて必要ない。
私はこの世界の悪役令嬢になりたいわけじゃない。
私は、古びたどこにでもありそうな革袋を取り出す。
最近手に入れた袋は、ただの袋ではなく時間を止める効果がある。これがないと、摘んだそばから月写しの花は光を失ってしまう。
これを買うのはとても高かった。今まで荒稼ぎした分ほとんどすべてを支払ってしまった。
それでも、レーゼ様が取り扱っていた商品はすべて手に入れたかった。
絶対にコンプリートするのが私にとって人生第二の目標になっている。
「どこにいるんだろう。レーゼ様……」
「おい、お前」
振り返ると、黒い髪と瞳の日本人顔に近い顔立ちの男性が立っていた。
「え?!」
そこには、あんなに会いたかった人がいた。
「あれれ、夢を見ているのかな」
「夢じゃないだろ」
でも、なんだかレーゼ様は険しい顔をしている。初対面の印象最悪というやつなのかもしれない。
「なんでお前、俺の名前を知っているんだ。それに最近、秘匿度の高いアイテムを集めてる冒険者ってお前だろ?」
不信感をあらわにした表情。あんなに会いたかったのに、初対面からそんなに怪しまれてしまうなんてひどい話だ。
仕方がないので私はごまかすことにした。
「あの、レーゼは僕の友人の名前です。あなた、レーゼって名前なのですか?」
「うっ?!」
少したじろいだ顔も、ゲームでは聞くことができなかったその声も、私にとってはすごい価値を持っていて。
ごめんなさい。嘘をつきました。レーゼ様の事、ずっと前から知っていました。
やっと会えたあなたを、けして逃したくなくて。
「僕はティオです。良かったら少しお話ししませんか?」
私は、渾身の気合を込めてレーゼ様に笑いかけた。
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それから、黙ったままのレーゼ様と月写しの花を摘んだ。
「なんでついてくるんだよ」
「方向が同じだけじゃないですか?」
レーゼ様が再び沈黙してしまう。怪しすぎる言い訳だったのかもしれない。
私に対する不信感が増してしまったようだ。
「ち……お前がバカなこと言ってるから、囲まれたじゃないか」
耳を澄ますと、枝を折る音が複数聞こえてきた。
「オーク……」
「まあ、俺たちは男だ。適当に撒けば逃げ切れるだろ。さあ、先に逃げろよ」
残念ながら、私が逃げてもオークは全てこちらについてくるだろう。
私は、こんな格好していても女なのだ。オークの嗅覚は恰好だけではごまかせないに違いない。
「そうですね……先に逃げさせてもらいます。レーゼ様、どうかご無事で」
「え……お前なんでそんな顔してる?」
なぜかレーゼ様が、呆然としている。でも、ここに二人でいたら一緒に襲われてしまうだろう。
そんなことは私の望みではない。
大好きな人を巻き込んでしまうくらいなら。
「また、いつか会えますか」
「は?だから何でそんな顔してるんだよ。俺がある程度は食い止めてやるからさっさと逃げろ」
初対面の不審な相手にさえ、こんなにも優しいレーゼ様。
予想以上に素敵だった。会えてうれしかった。
うまくこの状況を乗り越えられたら、またお会いしたい。
私は、覚悟を決めると坂道を駆け出した。オークたちの足音が後ろからついてくる。
この足音、五体くらいか。それなら闇魔法を使えばきっと何とかなるはず。
「お、おい!お前!!」
遠く後ろからレーゼ様の声が聞こえる。この声を絶対忘れない。
オークは全部、私が引き受けるから無事に帰ってください。
走って走って。でも、オークのほうがもちろん足が速い。
「闇の調一」
足止めだけならこれで十分なはず。
相手の視界を闇で覆い、身動きをとれなくする闇魔法。
それなのに、その中の一体だけが闇の霧を抜けてこちらに向かってくる。
どうも、一体上位種が紛れ込んでいたようだ。
ああ、本当に運の無い。どうして、こんな運命なのだろうか。
「闇の調二」
闇でできた矢が相手に向かって飛んでいく。
公爵家令嬢で闇魔法が使えると言っても、所詮はお嬢様のお遊びだ。
本気で鍛え始めてから、まだ数カ月しかたっていない。上位種に通用するだろうか。
案の定、黒い矢はハイオークには効かずに簡単にはじかれてしまう。
ハイオークが近づいてくる。その目は完全に私を弱い獲物だと侮っていた。
この後にどんな目に合うのかなんて、冒険者をしていれば自然と耳にする。
あまりの恐怖に思わず目を瞑ってしまったその時、すぐ横から声が聞こえた。
「何してるんだよ。早く手をつかめ!そのまま目を瞑っていろよ?!」
私は目を瞑ったまま、自分の手に触れた大きな手を握りしめた。
「これでも、くらえ!」
ハイオークに向かって投げられたそれは、閃光弾だった。
目を瞑っていてもまばゆく世界が光ったのがわかる。
「何ぼんやりしてる。この馬鹿!逃げるぞ」
手を引かれて私は走り出す。レーゼ様が、私の手を引いて坂を下っていく。
死の間際に長年の願望が、映し出されているのだろうか。
逃げ延びて、街にたどり着いた時には二人とも汗だくだった。
どうも夢ではなかったようだ。
信じられない思いで、レーゼ様の顔を見つめる。
助けに……来てくれた?
「あの、レーゼ様」
「お前……バカなのか?!女だったことに気づかなかったのは悪いけど、あのまま逃げたら全部のオークがお前を追うだろ?!」
おお?!それを狙ってやったなんて言ったら、もっと怒られそうな剣幕じゃないですか。
「もしかして、俺を……逃がそうとしたのか」
「あ、はは。そんなわけないじゃないですか。あまりに怖くて置いて逃げちゃってごめんなさい」
「――――うそだな」
「え?」
「そうやって逃げるやつが、あんな顔するわけがない」
うわああ。どこまで私の心を捕らえてしまったら気がすむんですかこの人?!
実物が妄想していたよりずっとカッコいいってあり得るんですか?!
「はぁ……。こうやってよく見れば、どう見ても女じゃないか。そんなんで良く今まで無事だったな」
色気のある溜息。ずっと夢見ていた。
もしも本当に目の前にレーゼ様がいたならばどんな風にしゃべるのだろうと。
「なんで、初対面の人間を助けようとした?」
初対面だけど、初対面じゃないんです。そんなことは言えなくて。かわりに口をついて出たのは、あまり可愛げのない一言だった。
「レーゼ様だって、初対面なのに私のために時間稼ぎしようとしてくれたじゃないですか」
「は?お前みたいなチビ置いて、俺だけ逃げるとかできないだろ?」
チビ……。たしかに男性と思えば小さいかもしれないが、私はごく平均身長だ。
「私、これでも来月で18歳になるんですよ」
「え?3歳しか違わないのかよ……うそだろ」
確かに、残念ながら胸の薄い華奢な私は、男装すると実際よりも断然幼く見えるらしい。
冒険者のおじさま方や受付のお姉さんたちには心配されて、良くして頂いている。
「……お前これからどうするんだ。家に帰るのか」
「帰る家はないので宿屋に帰ります」
「は?そんな危ない生活しているのか?なんだか世間知らずな感じだし、今までよく無事だったな」
今まで、まったく危険な目に合わなかったわけじゃない。
そのたびに、闇魔法でうまく逃げ延びてきただけだ。
「これからも、続けていくつもりですよ」
もしも、レーゼ様にまた会えるかもしれないなら、私はたぶん喜んでこの生活を続けるのだろう。
「そういえば、さっきの答え聞いてなかったな。なんで俺を助けようとした」
そうですね。初対面の人を助けようとしたわけじゃないんです。
そんな良い人じゃない自覚はありますよ私。
レーゼ様だから助けたかったんです。だからたぶん答えは一つしかない。
「あなたに一目ぼれしてしまったから」
「は……?」
見る間に赤くなったレーゼ様の顔。そんな顔を私がさせているのだとしたら、とてもうれしい。
きれいなドレスを着ているわけでもない、男装してほこりにまみれた私に、そんなこと言われても迷惑だと思うけど。
その顔が見られただけで、もう胸がいっぱいです。
「……一目ぼれなんてそういうの、すぐ信じるなんて平和ボケしたバカのすることだと思っていたのに」
「レーゼ様?」
「お前の顔見ていたら信じたくなるから不思議だな」
レーゼ様が、私の目の前に手を差しのべる。それは、ゲームの中では描かれていなかった、大きな男の人の手だった。
「とりあえず、お前はアイテム集めの才能はありそうだからな。しばらく一緒にパーティーを組んでやってもいい」
レーゼ様はなぜか頬が少し赤い。こんな一面があることが見られただけでも十分すぎるくらい幸せなのに。パーティーを組んでもらえるなんて夢ではないのだろうか。
「あの、私……訳アリで」
「冒険者っていうのは大概そうだろ。こんな訳アリのアイテムばかり集めてる俺もはっきり言って超一流の訳アリだ」
レーゼ様が、そんな仕事をしている理由がやっぱりあるんですね!
少しの好奇心が芽を出す。困ったことにレーゼ様の事なら全部知りたい。
「追手が来るかもしれないから迷惑かけてしまいます」
「……大方、逃げ出してきたどこかのお貴族様だろ?」
なんでわかってしまうんだろう?私は瞳を見開いてレーゼ様を見つめる。
「うわ。半分冗談だったのにその顔まじか。ていうことは、つい最近話題になっていた失踪した公爵令嬢かよあんた……」
どうしよう。隠せばよかったのにしっかり顔に出てしまっていたらしい。
「そうです……だから訳アリだと」
もう十分じゃないだろうか。レーゼ様にお会いできて、しかもこんなに会話までして。一生分の運をたぶん使い切ってしまった。
でも、もっと声を聴いていたい。
その顔を瞳をずっと見ていたい。
そばにいられたらそれだけで。
困ったものだ。こんな風に自分がなってしまうなんて記憶がない間は予想だってしなかった。
公爵令嬢として過ごしていた時には、愛や恋なんて価値がないものだと信じていたというのに。
前世の自分も、推しに入れ込んでいる以外、恋なんて知らなかったというのに。
「あの、パーティー組もうって言ってもらえて、本当にうれしかったです」
だめだ、これで満足しなければ、たぶん際限なく欲してしまうに違いない。
レーゼ様のすべて。どんどん好きになってくばかりで、それが怖い。
レーゼ様から離れなければ。このままでは迷惑をかけてしまう。
「まてよ」
腕を掴まれた。そこから熱が広がっていく。
「まだ、本当の名前聞いていなかったな」
「ティアナです……今はただの」
「こっちを向けよ」
だめ。今は泣いてしまっているから。
それなのに、レーゼ様は無理に私を自分の方に向けてしまう。
「弱ったな……なんでお前そんなに」
レーゼ様が私の手を強く引いた。
「俺は訳アリのアイテムばかり集めているけど、その中でもお前は一番だな。さ、帰るぞ」
「え……?」
「ティアナみたいな危なっかしいやつを、あんな宿屋なんて安全じゃない場所に戻せるか。ただし覚悟しておけよ?」
名前を呼んでもらえた。
それだけで、もう人生の運すべて使い切ってしまっているんじゃないかと思うほどうれしくて。
口から心臓が飛び出すんじゃないかってぐらい、高鳴ってしまっている。
手をつながれたまま、私はあんなにもあこがれていたレーゼ様の後ろを歩いていく。
たぶん、本格的に恋に落ちてしまったことだけを自覚して。
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