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任務完了

娘、ナナイロは言った。


「明日、夜が明ける前に選ばれし者に会う。そして、七夜。そなたが、最後の大事を行のう。分かっておるな。」


ぼくは、娘、ナナイロの顔を見ずに(うなず)いた。


選ばれし者は、どこにいるのだろう。


探す方法はあるのかな。


娘、ナナイロがまた口を開いた。


「イワナの君よ。先に海に出て印の船を探し出すのだ。」


承知(しょうち)(いた)しやした!」


「この流れを行くうちに腹が満たされる。楽しい旅となろう。」


すると、二人の女の子が、再び水瓶(みずがめ)を持って立ち上がり、廊下を戻って行く。


ぼくも、その後について戻ろうとした。


「七夜、イワナの君を送り出したら、ここに来なさい。」


「はい。」


ぼくは、娘、ナナイロの声に気のない返事をした。


外に出ると二人の女の子は、白い(しし)の足元に水瓶を置いた。


すると、別の女の子が、小さな小さな魚や川に住む虫を竹ザルに入れて来て、水瓶の横を流れる清水に(はな)った。


小魚や虫たちは元気よく流れを下って行った。


「イワナの兄ちゃん、気を付けて。ぼくも後から行くよ。いよいよ最後の任務遂行(にんむすいこう)だね。」


ぼくは、水瓶の(ふち)に飛び乗って言った。


「おう!生きてこその物種(ものだね)だからな!ドジガラスも死ぬんじゃねえぞ! じゃ行くぜ!」


そう言ってイワナの兄ちゃんは、水瓶から()ね上がり、清水の流れに消えてしまった。


ぼくは、とうとう一人になった。


トボトボと、娘、ナナイロが待つ部屋に歩き始めたが、


長い長い廊下の右端から、転がり落ちても気付かないのでは、と思う位ぼくは自分を失っていた。


太陽は、夕焼けを残して姿を消そうとしている。


もう、首に下げた黄金の勾玉から、ナナイロが出てくることはないんだろう。


だってナナイロは、あの娘になってしまったのだから。


「どうしてナナイロはナナイロじゃなくなったの?」小さな声で黄金(こがね)の勾玉に話しかけた。


黄金の勾玉と海色の勾玉が、夕焼けを(うつ)して輝いている。


この夕焼けがぼくの見る最後の夕焼けでもいい。ナナイロがいない世界なんかいらない。


7色の勾玉を集め、それらの勾玉に封印された知恵と力と全てのものに注がれる愛を解き放ち、選ばれし者に(さず)ける!


早く、この任務を果たそう!


ぼくは、自分に言い聞かるように言った。


突き当たりの部屋に着いた時には、薄暗くなって、首にある勾玉がそれぞれ黄金色と青色に輝いているのだと分かった。


娘、ナナイロの前に立って「イワナの兄ちゃんは、出発しました。ぼくもあなたの勾玉を持って()ちます。」と言った。


娘、ナナイロの前に台が用意され、明かりが(とも)されていた。その明かりの真ん中に勾玉が置かれている。


ぼくは、近付いてしっかり見た。赤いのと、白いのと、緑色のと、黒色、透き通った薄紫(うすむらさき)色の勾玉だ。


みんな黄金の勾玉と同じ形で穴があった。


勾玉は、色々な糸が()り合わされた一本のキレイな(ひも)(つな)がっていて一つ一つの勾玉の間に結び目があった。


見ているうちに全部の勾玉の真ん中が光り始めた。


娘、ナナイロが「そなたの首にある勾玉を外し、ここに置きなさい。」と言った。


ぼくが、言われた通りに勾玉を置くと、


娘、ナナイロは、細くて白い指で海色の勾玉を持って、ぼくが拾って通した紐を外した。


そして、海色の勾玉にキレイな紐を通して他の勾玉と繋げ、同じように結び目を作った。


次に黄金の勾玉を取って紐を通し、紐の両端(りょうはじ)を持った。


そして、ぼくの前に(ひざ)をついて(かが)み込み、ぼくの首に紐を回してしっかりと結んだ。


勾玉は、ぼくの首で花びらが開いたように円になった。


7個も石が付いているのに軽い。まるで1つ1つが浮いているみたいだ。


ぼくは、初めて娘になったナナイロの顔を見た。


明かりの中で、ちょっとキツそうなキリッとした大きな目が、ぼくを見ている。


スッとした鼻。口の(はし)微笑(ほほえ)んでいる。


人が言うところの美人てのかな。


顔を見て、やっとぼくのモヤモヤが晴れて来た。


これで行ける!


ぼくの体に、力が戻ってきた。


「また、そうしてじっと見るのだな。(いと)おしいものよの。七夜。」


娘になったナナイロが言った。


「あの、ぼく、出発します。」(あわ)てて言うぼく。


「発つ前に食事を済ませるが良い。」


そう言うと娘、ナナイロは、廊下を歩き始めた。


廊下沿いにいくつも並んだ部屋の一つにぼくを案内して、また奥に戻って行った。


その部屋にいた女の子が、クルミや肉、リンゴ、ミカン、柿、小魚を茣蓙(ござ)の上に並べている。


「お食べなされ。」小さくかわいい声で言った。


ぼくは、頑張ったけど、やっぱり無理で、食べ散らかしてしまった。


「ごめんなさい。キレイに食べようと思ったのに・・・。」


「フフフッ」女の子は一丁前(いっちょまえ)に小さな袖で口を(かく)して笑った。


「いいのよ。私なんかいつも(こぼ)して叱られるの。頑張っても溢す時だってあるのよ!」


ぼくを(なぐさ)めているのか、自分を慰めているのか分からない言い方をした。


御馳走様(ごちそうさま)でした。では、これで失礼します。」


そして、白い獅の前に立った。


今度は、間違えようもなく、青白く光っている。


「行って、ぼくの役割を果たします。」ぼくは見上げて言った。


獅が(うなず)いたように見える。


ぼくは、力一杯飛び立った。


辺りは真っ暗で何も見えない。木とかにぶつからないように高い所を飛ぼう。


すると、ずっと前に黄金に光る小さな飛ぶものがいる。


ナナイロだ!


「ナナイロー!ナナイロー!」ぼくは、大声で叫んだ。


「・・・・・」ナナイロは、何も答えてくれなかった。


月が向こうの海を照らしている。


しばらく飛ぶと、海の上に来た。


ナナイロは西に向かった。


付いて行くと遠くで青い光が海から()ねている。イワナの兄ちゃんだ!。


ぼくは、スピードを上げ、イワナの兄ちゃんに近付いた。


「イワナの君!付けた印は見つかったか?」とナナイロ。


「へえ、見つかりやした。でかいフジツボを付けたから間違いございやせん。あれです!」


遠くに船の(あかり)が見える。


イワナの兄ちゃんとナナイロがそちらに向かう。


ぼくも付いて行く。


「この船の人々が眠ってしまうまで待つわ。七夜、落ちないようにね。」


ナナイロが、言った。


「落ちやしないよ!昨日の晩は(つな)が凍っていたから(すべ)ったんだよ!今日は平な所に降りるから。」


ぼくは、ふくれて言い返した。


そして、今度こそ静かに、灯りが届かない暗がりを見付けてそこに降りた。


船乗りたちは、(にぎ)やかく、楽しそうに歌ったり踊ったりしている。


珍しい踊り。持っているのは何?。


これから、ぼくが選ばれし者に会って、(すべ)()()げたら、その後はどうなるのだろう。


イワナの兄ちゃんと話せなくなっちゃうだろうな。


ナナイロとも、お別れになっちゃう。


3日前に一哉兄ちゃんが質屋の開店祝いに持って来た黄色の石。


黄金の勾玉の力だもんね。


選ばれし者に授けたら、ぼくには何も残らない。


ぼくは、選ばれし者じゃなくて、解き放つ者だってナナイロが言ってたし。


光る物は大好きだから、また光る石を集める旅に出ようかな。


泣かないで男らしくナナイロとさよならしないとな。


ぼくは、勾玉を見ながら考えていた。


「明日は京へ戻れるぞ!残してきた家族も案じておろう。夜明けと共に船を進めるから今日は早く休め。今日も1日ご苦労であった!」


と大きな声がした。


すると、人々はそれぞれビンやお皿などを持って、なおも賑々(にぎにぎ)しく船底に消えて行った。


シーンとなった甲板に一人誰か残っている。


見張りかな?この感じ、昨日の船と同じだ。


「あの者が選ばれし者だ。あの者の元に行って告げよ!時が来たのだ!」


ナナイロが、威厳を持って言った。


「はい!」


ぼくは飛び立って旋回し、甲板にいる人の足元に降りた。


見上げると、「アッ!田村麻呂(たむらまろ)さん!田村麻呂さんだ!あの、ぼくです!。七夜です。」


「わっ、七夜か! こんなに早くまた会えたのだな!」


「田村麻呂さん、昨日はごちそうさまでした。あの後、海色の勾玉を見つけることができました!」


「そうかー、良かったなー。報告に来てくれたのか。いいやつだ。七夜の首を見て全部揃ったのが分かったぞ。」


「あの、あの、田村麻呂さんが選ばれし者です!」


「なんと。なんと申した?」田村麻呂さんは聞き返した。


「田村麻呂さんが、選ばれし者です。」ぼくはゆっくり大きく口を開けて伝えた。


「そうなのだな。」田村麻呂さんが深く頷いた。


「ぼくは、勾玉に封印(ふういん)された知恵と力とすべての生けるものに注がれる愛を解き放ち、選ばれし者に授けるのです。


ぼくは、解き放つもの。知恵よ、力よ、愛よ、ここに集められた7色の勾玉の光が選ばれし者に向かって輝く時、放たれよ!知恵と力とすべての生けるものに注がれる愛を放て!」


途中からぼくの声はナナイロの声と重なった。


勾玉の輝きは、虹色になって、ぼくだけでなく、船全体、いや海も照らすほどになった。


凛々(りり)しい若者の顔もはっきり見える。


若者は(ひざまず)いた。


ぼくは、初めてナナイロと飛んだ時の強い圧を感じた。


だんだん圧が強くなる。これ以上強くなったら体が(こわ)れちゃうよ。


「ナナイロがいない世界なんかいらない、なんて(うそ)だよ!ナナイロ!ナナイロと生きたい!」


心の中で叫んだ。


勾玉の輝きは徐々に小さくなり、若者だけに向けられた。


そしてまた、ぼくの首で小さな光になった。


何もなかったように。


これで終わった!全て終わり。


ぼくは生きているのか?足もあるし羽も大丈夫だ。


繋がった勾玉を田村麻呂さんに渡してどこかに発とう。涙が出ないうちに。


ぼくは、紐に足をかけて勾玉を外そうとしたが、なかなかうまくいかなかない。


ぼくは、一生懸命、首から抜こうとしてバランスを(くず)し、ひっくり返った。


今度は、ひっくり返ったまま両足で抜こうと頑張ったけど抜けない。


「七夜!起きなさい。良いのだ。そのまま付けていなさい。」


ナナイロの声がした。


娘になったナナイロが、ぼくを見下ろしている。


「どうしてここに?」


「解き放つ時、我も共におると申したではないか。」


「あーそうか。こういうことか。」


跪いていた田村麻呂さんが立ち上がって言った。


「昨日から不思議なことばかり起きる。話ができるカラスに会ったり、今晩は、虹の輝きの中から別嬪(べっぴん)さんが現れる。そして、私に知恵と力と愛を授けてくださったのだ。」


「我の名はナナイロ。田村麻呂殿。そなたは(みかど)の命を立派に果たし、民を教え、苦しむ民を救う。そなたは、知恵と力とすべての生けるものに注がれる愛を受けた。

帝から、また民から尊敬され、頼られる。迷わず、(こころざし)(まっと)うするのだ。我はそなたと共にある。」


娘、ナナイロは、(おごそ)かに言った。


ぼくは、急にイワナの兄ちゃんの事が心配になって、話している二人をそのままにして飛び立った。


イワナの兄ちゃんも起きたことを見ていたようで、「終わったな!」と言った。


無事だった!良かった!と思いながら「うん。」と返事をした。


「カジカのおばあちゃんの言う通りだったな。

ドジガラスよう!カジカのおばあちゃんの所に行って報告してくんねえか?」


「いいよ!。ぼくは、これからどうしようと思っていたところだから。」と答えた。


「おれはよー!あの滝の仲間たちに戻るって約束しちまってよ。じき卵を産むのがいるから手伝うんだ。」


「へー!たっ卵!子孫繁栄ってやつ?イワナの兄ちゃんすごいね。それもカジカのおばあちゃんに伝えるよ。」


「あー!うんと、立派になったって言っといてくれよ!


ドジガラス!たまには、会いに来いよ。ざざ虫ご馳走するぜ!


あっと!それから七夜と交わした商談はチャラでいいぜ!うまい物、たらふく食ったからよ!」


そう続けてイワナの兄ちゃんは北に向かった。


「ありがとう!イワナの兄ちゃん!命の恩人(おんじん)。」


「あの者は、多くの生きる物から信頼され、知恵の(おきな)となり、(ぬし)となるであろう。」と言ったナナイロの言葉を思い出しながら、青い光が見えなくなるまで見送った。


ぼくが、田村麻呂さんとナナイロがいる船に戻ると、二人はまだ話していた。


二人共、打ち解けている様子。


静かに二人に近い船縁(ふなべり)に降りると、


「七夜!また会えて嬉しいぞ。今宵(こよい)もまた楽しく語ろう。」と田村麻呂さんが言った。


「はい。」ぼくは、そう言いながら娘、ナナイロの顔を見た。


ナナイロは、「この度のすべての働きに礼を言う。よくぞ果たした。あっぱれであった。

褒美(ほうび)として、そなたの首にある勾玉をそのまま掛けていることを許す。

そなたは、光る物が好きであろう。

新たに頼みがある。これから田村麻呂殿と旅に出るのだが、共に行ってはくれぬか?」

と優しく言った。


ぼくは、もう嬉しくて嬉しくて「はい。共に参ります。」と答え、飛び立って二人の周りを3周した。


田村麻呂さんはナナイロと京へ行き、北へ向かう旅に出た。


そして、ずっと北に向かう道中で民を助け、生活が苦しい人々にお米の作り方や蚕で絹を作ることなどを教えていた。


ぼくの仕事は質屋ではなくなった。


田村麻呂さんとナナイロが行こうとする先の道やそこに住む人々の事を調べて報告するのがぼくの新たな仕事。


娘になったナナイロにも慣れて話せるようになったし、田村麻呂さんは、ぼくと話すのが楽しいと言ってくれる。


ぼくの首にはナナイロの勾玉が輝いていた。



追記 カジカのおばあちゃんが、ぼくの話を聞いて「冥土(めいど)土産(みやげ)じゃ」と大いに喜んだ。


カジカのおばあちゃんと長い間話し込んでいつの間に当たりが暗くなっていた。少し眠くなったぼくは、河原に生えている大きな木の枝に掴まってすっかり眠ってしまった。


目が覚めるとキレイな青空が木々の間に広がっている。ぼくの目の前でヒモに通して枝にぶら下げたた黄色の勾玉が揺れていた。



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