第2話 祖父の隠れ家
石畳の廊下を進むとろうそくの明かりがついた部屋に出た。
「こちらでは電気は使えませんので、暗いですがご容赦下さい。窓も無い部屋ですので………」
野元さんは申し訳なさそうにしていたが、確かにろうそくの明かりで照らされた部屋は少し薄暗い印象だったが、言うほど暗いとも感じなかった。
部屋自体はきれいに掃除されており、部屋の角には棚なども置いてあり、ある程度の生活感が感じられた。
「今お茶をお入れ致します」
ノマドさんがパチンと指を鳴らすとポットが宙を舞い、棚から出てきたティーカップにお茶を注ぐとティーセットがテーブルに並んだ。
────魔法だ!
でも、ここまでの出来事でなんか色々麻痺してしまっていて、僕自身はそんなに驚かなかった。
僕はノマドさんに勧められるままに席に座った。
「改めまして、お久しぶりです、輝お坊ちゃん」
ノマドさんは席には座らず、僕の斜め前の辺りに立つと深々と礼をした。
「ちょ、ちょっと待ってくださいノマドさん、僕みたいな子供にそんな…」
僕は恐縮して席を立った。
「いえ、良いのです坊っちゃん。私は光一郎様より輝お坊ちゃんを支えるように、と仰せつかっております」
ノマドさんは僕にもう一度席を勧める。
「ノマドさん、いくつかの質問をしてもいいですか?」
「はい、私が存じ上げている事でしたらば」
「まず、ノマドさんの本当の姿は今の姿ですか?お爺さんの姿ですか?それともまた違う姿ですか?」
「それにつきましては、以前坊っちゃんに説明した昔話にも出てきました話ですがが、お忘れですか?お忘れならばもう一度お話ししますが………」
「ノマドさんごめんなさい、昔聞いたおとぎ話は全て覚えているわけではないんだ。大まかには覚えているけれども…」
────当時は子供過ぎたんだ。
でも、当時聞いたおとぎ話は、ファンタジーだと思って聞いてたから、もう一度現状把握のために聞いておきたいなと思った。
野元さんの話してくれた昔話は、事実に基づいた昔話だったのだと今はなんとなく実感しているけれども。
「───まず、私の姿は今の姿と思っていただいていいと思います。年老いた野元の姿は光一郎様に合わせて少しづつ変えていった姿でございます。私は本来は一場所に留まることをしない放浪者ノマドにございます。歳をとらぬ我が一場所に留まる事は悲劇しか生みませぬ。光一郎様と同じ時を過ごすための苦肉の策でございました………」
ノマドさんは一瞬悲しそうな目をしたが、僕の方を見ると話を続けた。
「光一郎様は私と共に生きるために隠遁生活をお選び下さいました」
「また、私のためにどこかにあると言う放浪者の国をずっと探し続けて下さりました。放浪者の国を見つけた暁には、隠遁生活をやめて町に降りて娘や孫と同じ家で住もうか、などと仰っていました」
「しかし、実現することはありませんでした。私のために、申し訳ございません」
「そうだったんだ…」
過去に母はなんとか山奥に住む祖父を自分の住む近くに住まわせようと画策したことがあった。
同居が嫌なら近くの賃貸などに住むことを勧めたのだけど、頑として首を縦に振らなかった。
母は祖父に嫌われたのかなどと落ち込んだ事もあった。
信じてもらえないかもしれないが、いつかそんな話を母に出来ることがくるだろうか…。
そんなことを考えてしまった。
ぐぅ──────。
お昼に食べた菓子パンとコーヒー位しか腹に入っていなかったため、腹が大きな音で鳴った。
「これは気が利きませんでした。粗末なものしかお出しできませんが、何か食事をおつくりします」
ノマドさんは棚からジャガイモを取りだし、器用にナイフで皮を剥き始めた。
「ジャガイモなんかは魔法では剥けないんですか?さっきお茶を煎れた様に………」
「私が未熟なせいもありますが、魔法も万能ではありません。ジャガイモの皮剥きには様々な要素があります。大きさ、形が様々なため、一つ一つイモの回転とナイフの角度をコントロールする必要があります。また、芽の部分を取り除く必要もあるため、更に気を使います。そう考えたら普通に手とナイフで皮剥きした方が早いし、楽なのです」
「もし魔法で簡単にジャガイモの皮が剥けるとしたら、大量のマッシュポテトが食べられるのですけども…」
「ノマドさんはマッシュポテトが好きなの?」
「お恥ずかしながら…」
本当に恥ずかしかったのか、少しノマドさんは赤くなった。
そんな話をしながらもノマドさんは調理を進め、剥き終えたジャガイモを空中に浮いた鍋に放り込んだ。
宙に浮いた鍋が同じく宙に浮いた炎の塊の上に漂う。
棚からは見たこともない大きなベーコンの塊が。
ベーコンの塊に複数のナイフが襲いかかる。
細切れになったベーコンを宙に浮いた皿が受ける。
「ベーコンを切るだけなら出来るんですよ。」
そう言いながらも料理はどんどん完成していく。
部屋中を鍋や包丁、食材が行き交う。
テーブルの上の皿にはマッシュポテトとベーコンやタマネギを和えたサラダ、そこにはグレイビーソースが添えられ、炙られた厚切りの肉とペンネが最後に盛り付けられた。
「美味しそう!」
「お口に合うかどうか…」
いや、これが不味いわけない!
食べる前からもう美味しいのがわかる。
「いただきます!」
まず、マッシュポテトを頬張る。
「─────う、うまい!」
その他の料理もホントにおいしい!
保存食として貯蔵してあった材料がほとんどだったとおもうのだけど、物凄くおいしい!
3つ星レストランとか行ったことないけど、多分負けてないと思う。
僕はよく分からない状況ながら、思いがけずに祖父の隠れ家で豪華な食事をいただいたのだった。