91話―不穏なる六神会談
数多の大地の遥か天上にある、神々が住まう世界。そこにある神殿に創世六神が集い、とある会議を行っていた。円卓を、七人の男女が囲んでいる。
「……ではこれより、ギール=セレンドラクを護神大地へ復帰させるか否かについて諸君らの賛否を問わせてもらう。まずは……創命神アルトメリク、君から意見を聞かせてもらおうか」
青色のローブを着た青年はそう言うと、自身の左隣に座っている緑色のローブを身に付けた女性に声をかける。女性……創命神アルトメリクは、頷いた後微笑みながら答えた。
「はい。わたしは今回の議題……賛成の意を表明します。元々、あの大地に生命の炎を授けた身。正式に守護することが出来るならば、これほど嬉しいことはありません」
「ああ、そうだったな。千年前だったか……君が独断で炎を授けたのは。まあ、君なら賛成するだろうとは思っていたよ。では次、千変神ファルティール、意見を聞かせてくれ」
ニコニコ笑っているアルトメリクを見ながら、青年……時空神バリアスはメモを取る。続いて、アルトメリクの左隣に座っている女神に声がかけられた。
真っ赤なドレスを身に付け、これまた目を引く真っ赤な口紅が鮮やかな女性は興味なさそうにぼーっとしていた。それでもちゃんと話は聞いていたようで、すぐに答える。
「んー、しょーじき言ってどーでもいいかなー。面白いことが起きるならどっちでもいい、って感じー? みたいなー」
「ファルティール、どっちでもいいでは困る。賛成か反対か、明確に意見をだな……」
「あーはいはい、わーったわーった。じゃ、あたしはムーテューラちゃんと同じ意見でいいでーす。ねームーテューラちゃん、いけ……ね、寝てる」
「くかー……すぴー……むにゃむにゃ……」
神聖な会議の真っ最中だというのに、ムーテューラは椅子にもたれかかり爆睡していた。気配を消す魔法を使ってまで堂々と爆睡する姿は、逆に威風堂々としている。
「……起こせ、ファルティール。方法は任せた」
「ほいほーい。あらよっと!」
「ふぉぼっ!?」
ファルティールは容赦なくムーテューラの喉にチョップを叩き込む。ぐっすり寝ていたところを起こされ、情けない声を漏らしつつ闇寧神は起床した。
バリアスは頭を抱え、アルトメリクは困ったように笑い、ファルティールはため息をつく。残りの三人も、白い目でムーテューラを見ている。
「神聖な会議の真っ最中だというのに、堂々と居眠りするとは見上げた根性だな、ムーテューラ。まあいい、説教は後だ。今回の議題、お前の意見を聞かせてもらう」
「ヴぇほっ、えーとなんだっけ……あー、例の大地をまた格上げするかしないかってやつ? あーしは賛成、大賛成! うん」
「……はぁ。まあいい、この時点で反対はなし……と。では続いて、光明神ディトスよ。君の意見を聞かせてくれ」
そっと懐から頭痛薬と胃痛薬を取り出し、一息で飲んだ後バリアスはため息をつく。どうやら、ファルティールとムーテューラの問題児コンビ相手に精神を磨耗したらしい。
続いて話を振られた老人……光明神ディトスは、着ている黄色いコートのしわを伸ばしつつのんびりした口調で意見を述べる。
「ふむ。わしも賛成じゃのう。この千年……これまでの大地の歴史では考えられなかった事が多く起きておる。大地の民が、己の力で闇の眷属と渡り合う。実に喜ばしい成長ではないか。のう?」
「いいえ、私はそうは思いません。むしろ、これは由々しき事態だと考えています」
ディトスが己の意見を口にすると、左隣に座っていた年若い青年が即座に反論する。純白の鎧を着込んだ、生真面目そうな顔つきの青年は早口に持論を述べた。
「そもそも。我々創世六神は常に完璧な大地の運営を行わねばならない。一度廃棄を決定し、実行した大地をまた保護する? そのような行い、断じて許さない! そもそも、何故いまだアルトメリクとムーテューラが神位を剥奪されていないのだ!」
「はあ? なんであーしらに飛び火するわけ?」
「決まっているだろう! 貴様もアルトメリクも、いや、先代の審判神も! 独断で大地の民に力を貸し、増長を招いた。本来ならば、即刻事象の地平送りにすべき大罪だぞ!」
「あ゛? カルーゾ、てめぇ先輩への口の利き方には気ぃつけろよ。ひねり潰されてえのか? 青二才が」
闇寧神ムーテューラと審判神カルーゾか睨み合いを始め、一触即発の空気が流れる。神々の間に緊張感が走るなか、バリアスが場を収めようと試みる。
「落ち着くのだ、カルーゾ、ムーテューラ。確かに、彼女らの行いは問題ではある。だが、その行いが結果として良い方向に転んだのだ。それに、今はそれについて話す時では……」
「うるさい! 一度決められた大地の廃棄を覆すなど、神々の完璧さを損なう愚かな行いだ! むしろ、かの大地は我々にとっての害悪ではないか! いずれ必ず、神殺しの力に目覚めるぞ。そうなる前に滅ぼすべきだ!」
「お待ちなさい、カルーゾ。これまで、大地の民は闇の眷属たちに攻撃された場合、為すすべなく滅ぼされるのが普通でした。でも、それが変わりつつある。新たな希望が、芽吹き始めているのですよ」
早口で捲し立てるカルーゾに、アルトメリクは努めて冷静に声をかけ諭す。そんな彼女を嘲笑いながら、カルーゾはフンと鼻を鳴らした。
「希望? 何を寝ぼけたことを。そも、大地は我らの生命の源たるクリアクリスタルを産出させるために創り出したものだ。闇の眷属に滅ぼされようがどうでもよい。また新たに創ればいいのだから」
「そのサイクルを、わたしたちは何億年にも渡って続けてきました。大地を創っては闇の眷属に奪われ、また創っては奪い合い……でも、それではいけない……わたしはそう考えています」
「そうだ。我ら神とて完璧ではない。我らだけでは、暗域の躍進を止められぬ。大地の民の力も必要なのだ。ならば、彼らの力を借りる対価に、我々は加護を……」
バリアスも加わり、どうにかして年若い新任の神を説得しようとする。しかし、カルーゾは聞く耳を持たず、不愉快そうに顔を歪め席を立ってしまう。
「もういい、話し合ってもムダだ。私は決して認めんぞ、今の軟弱な方針を。神とは、被造物を完璧に管理し、奴隷としなければならぬ。それが出来ぬなら……こちらにも考えがある」
「待つのじゃ、カルーゾ。お主、まさかとは思うが……わしらを裏切るつもりではあるまいな?」
「流石に、それはあたしも看破出来ないなー。そこんとこどーなのさ、カルーゾ」
「……さあね。少なくとも、この議題に関してはもう、私は貴方がたと話し合うつもりはない。とだけ言っておきましょう。では、これで」
ディトスとファルティールに咎められたカルーゾは、そう言い残し会議の間を去っていった。バリアスは深いため息をついた後、これまで沈黙を保っていた七人目の人物に声をかける。
「……メルナーデ。もしものときに備えて、何人か観察記録官をカルーゾと彼の伴神たちの監視に充てよ。そして……万が一彼が離反した時は、例の魔神たちに要請をかけるのだ」
「かしこまりました、バリアス様。ですが、魔神たちも闇の眷属との戦いで多忙を極めています。何人が協力する時間を確保出来るか……」
「そんなら、あーしの方で斧と盾の方には声かけとくからー。カルーゾ、あの様子だとギール=セレンドラクに殴り込みしかねないしー。止めないとまずいっしょ?」
「ええ、そうですね、ムーテューラ様。万全の態勢を整えなければなりませんね……。では、私はこれで」
メルナーデと呼ばれた女性は、そう口にした後会議の間を去っていった。他の神々も姿を消し、バリアスだけが残った。
カルーゾのあまりにも過激な態度と言動に、彼は嫌な予感を覚えていた。何か、事件が起こる。直感がそう告げていた。
「……何事も起こらなければよいのだが……そうはいくまい。私の方も、有事に備えなければな……」
小さな声で、バリアスはそう呟いた。
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「フン。くだらない。廃棄された大地をあらかじめ全て滅ぼしておかないから、こんな事態になるのだ。腹立たしい……実に腹立たしいぞ!」
「まあまあ、落ち着いてくださいよカルーゾ様。で? そこまでご立腹ってことは、実行するんで? 例の……『堕天』計画を」
自身の住む宮殿に帰ったカルーゾは、己の意見に賛同する数人の補佐役……伴神を集めていた。その内の一人に尋ねられると、すぐに頷いた。
「ああ。もはや創世六神にかつての完璧さはない。天の世界を捨て、我らは地に降り立つ。そして、全ての大地を滅ぼし理をリセットする。お前たちも、来るだろう?」
「当然ですとも。我ら四人はあなたの補佐たる伴神。あなたの意思に従いましょう。他の二人も、ね」
「ならば、早速かかるぞ。すでに協力してくれる大魔公は見つけてある。神と魔で手を結び……不完全な世界に、裁きを下すのだ」
カルーゾはそう口にすると、神とは思えない邪悪な笑みを浮かべる。ガルファランの牙を滅ぼしたアゼルたちの元に、新たな脅威が現れようとしていた。




