9話―サロン『黒骨の館』へ
翌日。少し遅い時間に起きたアゼルは、リリンを起こし身支度を整える。今後起こるであろうガルファランの牙との戦いに備え、アゼルはある場所へ向かう。
「アゼルよ、どこに行くのだ? こんな裏路地など、立ち寄ってもおもしろくあるまいに」
「この先に、行かなくちゃならないところがあるんです。グリニオさんたちと一緒にいた時は、絶対に近寄らせてもらえなかったんですけど……えっと、確かここに……あ、あった」
不思議そうにしているリリンを連れ、アゼルはペネッタの町の奥にある裏路地を進む。すると、白い文字で『ミス・レギーの店』と看板に記された寂れたパブがあった。
何年も建て替えをしていないだろうおんぼろな外観と、時間が時間とはいえあまりにも静かな店内の様子に、リリンは不安そうな視線をアゼルに投げ掛ける。
「……アゼルよ。本当にここが目的地なのか?」
「はい。小さい頃、お父さんがよく言ってたんです。もし、屍術を扱うための触媒をなくしたり壊したりしたら、ミス・レギーの店に行けって」
そう言うと、アゼルは店内に入っていく。一人にするわけにもいかず、リリンも彼に続いて店の中に足を踏み入れる。店の中では、チョビヒゲを生やしたバーテンがグラスを磨いていた。
「……いらっしゃい。ご注文は?」
「茜色の星が照らしたものを」
無愛想にそう言うバーテンに、アゼルはとんちんかんな答えを返す。直後、バーテンの様子が変わった。
「……一つ質問を失礼。明日の月は何色ですかな?」
「透き通った、血のような赤です」
「いやはや、これは驚いた。そんな古い合言葉を知っている人がまだいたとは……。ようこそ、我ら操骨派の同志よ。さ、こちらへどうぞ」
そう言うと、バーテンはグラスを棚に起き、クイッと捻る。すると、店の入り口から見て左手側にあるワイン棚がスライドし、隠し通路が現れた。
何がどうなっているのか理解出来ず、唖然としているリリンにアゼルが声をかける。
「これでよし、っと。行きましょう、お姉ちゃん」
「いやいやいや! 行くって、どこにだ? 私にも分かるように説明してくれ」
「あ、ごめんなさい……すっかり忘れてました。今からぼくたちが行くのは……ネクロマンサーのサロンです」
「ネクロマンサーの、サロン?」
おうむ返しにそう問うリリンに、直接見た方が早いとアゼルが告げる。バーテンが一礼するなか、二人は隠し通路の先にある魔法陣に乗り、別の場所へ転移する。
「なんだ? この広い部屋は」
「ここは、ぼくたち操骨派のネクロマンサーたちが集まって情報交換をしたり交流するためのサロン……『黒骨の館』です。お父さんから聞いただけで、来るのははじめてですけど……」
アゼルの言葉通り、広い部屋の中にはネクロマンサーと思わしき数十人の男女が、それぞれグループを作り会話に花を咲かせていた。
リリンがぽかんとしていると、二人の元に杖をつきながら黒い服を着た老婆が歩いてきた。老婆はメガネを押し上げつつ、アゼルに声をかける。
「いらっしゃい、若きネクロマンサーさん。今日はどのようなご用件かしら」
「えっと……タリスマンを失くしちゃったので、新しいものを作ってもらいたくて……」
「あらあら、それは大変ねぇ。タリスマンはわたしたち操骨派のネクロマンサーにとって、命と同じくらい大切なものだもの。分かったわ、ちょっとここで待っててね」
そう言うと、老婆は近くにあった通路へ姿を消した。彼女を待つ間、リリンは疑問をアゼルに投げ掛ける。
「アゼルよ、先ほどから言っている操骨派とはなんのことだ? それと、そのタリスマンとやらはなんの意味があるんだ?」
「それじゃあ、一つずつ答えますね。操骨派というのは、三つあるネクロマンサーの派閥の一つです。自分の魔力を使って、スケルトンを創り出して使役する人たちのことを指します」
――ネクロマンサーには、それぞれ理念の異なる三つの派閥が存在する。一つ目が、アゼルが属する操骨派。その名の通り、スケルトンを操る者たちの総称だ。
二つ目の派閥が、死体そのものを使役する屍肉派と呼ばれる者たち。彼らは操骨派と違い、人や魔物の死体を直接操り屍術を行使するため、多くの国や組織から異端と認定されている。
「ふむ……屍肉派か。かなり物騒な名称だ」
「屍肉派の人たちは、平気で墓を荒らしたり遺体を弄んで死者の名誉を汚したりしますから……ぼくたち操骨派からも、よく思われてないんです。このサロンにも、出入り禁止になっていますし」
「ほう、つまりはろくでもない連中の集まりということか。あまり関わりたくないものだ。……で、三つ目の派閥は?」
「三つ目の派閥は……霊体派と呼ばれてる人たちのことなんですけど……その……」
ネクロマンサー最後の派閥、霊体派……アゼル曰く、彼らは屍肉派とは比べ物にならないほど、さらに凶悪で厄介極まりない存在だと言う。
「霊体派のネクロマンサーたちは、禁忌である肉体と魂の乖離を行って、自分自身を闇の霊魂……ダークレイスとして使役し、他者に危害を加えることを至上の喜びにする危険な人たちです」
「……肉体から魂を引き剥がす? そんなことが出来るというのか?」
「ええ。彼らは平然とやってのけますよ。歪みに歪んだ、己の悪意を表出するための手段としてね」
いつの間にか戻ってきていた老婆が、アゼルの代わりにリリンに答える。老婆に案内され、二人は広間を出て通路を進む。
その間にも、老婆は霊体派について説明を続ける。
「霊体派は、自分以外の者を殺したくて殺したくて仕方のない者たちが最後に行き着く、業の果ての存在。本当に、おぞましいものですよ」
「聞くだけで気分が悪くなる……。かような奴らと相対するなど、まっぴらごめんだな」
「気を付けなされ。霊体派の連中は、ダンジョンに潜み獲物が現れるのを虎視眈々と待っている者ばかりですから……。さて、着きましたよ、坊っちゃん」
しばらく通路を歩いていると、突き当たりに扉が現れる。扉を開いて中に入ると、無数のお守りが壁にかけられ飾られていた。
お守りの中心に嵌め込まれた宝石がキラキラと輝き、薄暗い室内を神秘的な光で包む込む光景はとても幻想的であった。
「綺麗なものだ。これが、タリスマンとやらか」
「はい。ぼくたち操骨派のネクロマンサーは、このタリスマンを触媒にしないと、人型のスケルトンしか創り出せないんですよ。ガルファランの牙と戦うには、もっと力が必要ですから……ここで、タリスマンを新調しておきたいのです」
うっとりとした目でお守り……タリスマンを眺めるリリンに、アゼルはそう答える。彼の言葉に、ふとリリンは気付く。アゼルはずっと、人のカタチをしたスケルトンしか呼び出していないことに。
「心ゆくまで、お好きなものをお選びください。では、わたしはこれで」
老婆は一礼し、部屋を出ていった。アゼルは部屋の中を何度も回り、タリスマンを眺める。しばらくして、中心にアメジストが嵌め込まれた、円い金色のタリスマンを手に取った。
「アゼルよ、それにするのか?」
「はい。このタリスマンから、強い力を感じるんです。これがあればきっと、ガルファランの牙とも互角に戦えるはず……」
アゼルはタリスマンの裏に取り付けられたピンを使い、ローブの胸元に留める。目的を果たした二人はサロンを後にし、ペネッタの町へ戻っていった。
冒険者ギルドへ向かおうとした次の瞬間、緊急事態を告げる鐘の音が町じゅうに響き渡る。
「この音……! 一体なにが……」
「アゼル、上を見よ! ワイバーンの群れだ!」
リリンが指差す方を見ると、上空を無数のワイバーンが飛び交っていた。空から炎のブレスを放ち、町を火の海にするつもりのようだ。
「大変……! 早く追い払わないと! 早速、タリスマンの出番のようですね……。お姉ちゃん、行きましょう!」
「うむ、任せろ!」
二人は路地裏を飛び出し、町の広場へ向かう。逃げ惑う住民たちの間をすり抜け、アゼルは広場にてタリスマンに宿る魔力を解き放つ。
「屍術……サモン・ボーンバード!」
「おお、骨の飛竜か! これならば、対抗出来よう」
人々が避難し、人っ子一人いなくなった広場にて、アゼルは人が三人は乗れるほど大きな骨の怪鳥を創り出す。リリンと共に背中に跨がり、大空へ舞い上がる。
ワイバーンの群れを追い払うために。
「町の外で、他の冒険者さんたちがワイバーンを撃ち落とす準備をしているはずです。まずは、ワイバーンたちを町の外へ誘導します!」
「心得た。さあ、私たちの力、見せてやろう!」
「はい!」
骨の怪鳥を駈り、アゼルはリリンと共にワイバーンの群れに突撃する。その裏で、ガルファランの牙の計画が進んでいるとも知らずに。