81話―決戦、開幕
二日後の早朝、バルジャットはアゼルを擁立し、神聖アルトメリク教国への宣戦を布告した。ディアナが集めた、教会とガルファランの牙の癒着に関する情報を大義名分に掲げて。
「我が精強なるエルプトラの戦士たちよ! 今こそ時は満ちた。数百年に渡る我らとかの教会らとの対立の歴史に、とうとう終止符を打つ時が来た!」
宮殿のバルコニーにて、バルジャットは軍に所属する者たちや民衆に向けて演説を行う。首長の側には、万が一の事態に備えてアゼルたちが待機している。
「かの者たちは、この大地の宿敵たる邪悪な組織、ガルファランの牙と手を組み、英雄の末裔……アゼル・カルカロフの名を貶め、命を奪おうと画策している! そんな愛無き行い、断じて許すことは出来ぬ!」
「おおー!」
「そうだそうだー!!」
演説を聞いていた者たちは、みなバルジャットの言葉に賛成の意を示す。数百年に渡り教国と敵対してきたということもあり、誰一人として戦争に否を唱える者はいない。
異教徒の排斥や教化の名目の元に度々国境を犯し、略奪や虐殺を行う教会に対する恨みの念は、部外者であるアゼルたちが想像するよりずっと強いのだ。
「恐れるな、愛の戦士たちよ! 大義は我らにあり! さあ、進軍を開始するのだ!」
「おおーー!!」
こうして、最高潮に士気が高まったエルプトラ軍は神聖アルトメリク教国への進軍を開始した。マフドラジム家自慢の、ワイバーンを駆る竜騎士とアサシンたち。
彼らと共に進むのは、アゼル率いるスケルトンの軍団。覇骸装ガルガゾルテによって増幅した魔力により、百体を越える骸の軍団が誕生した。
「ひゃー、空から見るとすんげえもんだな。こんなにスケルトン出せるの、この時代じゃアゼルくらいなもんだろ」
「たぶん、そうだと思います。とは言ってもまあ、歩く、走る、剣を振る……それくらいの単純な動作しか出来ませんけどね。何せ、この数ですから」
ボーンバードの背に乗り、上空から進軍するアゼルは、同乗しているシャスティにそう答える。流石のアゼルも、百体を越えるスケルトン全てに精密な動きをさせることは出来ない。
無理にそんなことをすれば、瞬く間に魔力切れに陥り、最悪精神も焼き切れて廃人になりかねないからだ。とは言え、数の暴力で押し通せるのは戦争を行う上で有利ではあるが。
「アゼル殿! 我々はこのまま北西に進み、一気に国境を越えることとなる! まずは、教国が擁する要塞都市、デイルシュルナを陥落させますぞ!」
「分かりました! なら、砂漠を進むスケルトンたちの行軍速度を上げますね。今日じゅうにデイルシュルナを落としてしまいましょう!」
軍旗が取り付けられた、一際大きなワイバーンに乗ったバルジャットがアゼルの元に近寄り、進軍ルートについて説明をする。
デイルシュルナは教国の心臓、命都ヴィアカンザを守るための最重要拠点の一つ。そこを落としてしまえば、南部からの侵攻を阻むすべはない。
「頼もしい限りですな! このままワイバーンをかっ飛ばせば、夕方にはデイルシュルナにたどり着けましょう。夜になるのを待ち、総攻撃を仕掛けるとしましょうかな!」
「ええ。その方がよろしいかと。三百年前のことで恐縮ですが、あの街は夜に衛兵の交代があります。今もその習慣が変わっていなければ、交代の瞬間を狙えますから」
「わっ!? びっくりした……ディアナさん、空を飛べるんですか?」
「ええ。何故飛べるのかは……まあ、後でお話しますよ」
アゼルとバルジャットが話していると、不意にディアナがにゅっと生えてきた。生身で空を飛ぶという、前代未聞の行いに興味津々なアゼルに、ディアナは微笑みながらそう答える。
「確かに、その隙を突ければ迅速に制圧が出来ましょう。こちらは竜騎士とアサシン合わせて三千。そこにアゼル殿のスケルトンが加われば……よほどのことがない限り、敗北はないでしょうな」
「ええ。とは言え、油断は禁物です。今こうしている間にも、きっと裏でガルファランの牙が動いているはずですから。気を引き締めて行きましょう」
「だな。アゼルの言う通りだぜ」
そんな会話をしながら、一行は猛スピードで砂漠を北上する。決戦の時まで、残り数時間を切っていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「ほ、法王猊下! 大変です、大変なことが起こりました! エルプトラ首長国が、我々に対し宣戦を!」
「そんなこと、とうに知っている。いちいち騒ぐな、全く」
一方、命都ヴィアカンザにある創命大神殿に座する法王ゼルガトーレの元にも、エルプトラ首長国による宣戦布告の知らせが届いていた。
しかし、ゼルガトーレと彼に従う枢機卿たちは、全く動じていなかった。その落ち着き払った姿に、報告をしに来た神官は逆に戸惑ってしまう。
「で、ですが……」
「問題はない。奴らの最初の狙いは、十中八九デイルシュルナだろう。あそこを落とせば、もう進軍を止めるものはないからな」
「ならば、至急部隊を派遣しなければ……」
「問題はない。すでに枢機卿を一人派遣してある。奴がいれば、デイルシュルナは安泰だ」
その言葉を受け、神官は気付く。九人いるはずの枢機卿のうち一人が、欠席していることに。
「そういうわけだ、お前が気に病むことは一つもない。下がれ、私はこれより命都防衛のプランを練らねばならぬのでな」
「か、かしこまりました……」
そう言うと、神官は退室していく。彼は気が動転しており、最後まで気が付いていなかった。枢機卿がみな、生気のない青白い顔をしていたことに。
「クックックッ。枢機卿どもはすでに、我が分身として改造済み……一人いるだけで、千の軍隊に匹敵する。どれほどの数で攻めてこようとも、全て返り討ちにするだけだ」
不敵な笑みを浮かべ、ゼルガトーレはそう呟くのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
一方、アゼルたちは半日かけて国境を超え、前哨戦の舞台であるデイルシュルナ近郊の森の中で野営の準備を行っていた。ディアナが偵察に出ている間、戦いに向け身体を休息を取る。
「もう夕方、ですか。後二、三時間もすればデイルシュルナ陥落のための戦いが始まるんですね」
「ええ、そうなりますわね。ふふ、腕が鳴りますわ。わたくしの勇姿を、アゼルさまにたっぷりと見せて差し上げましょう」
「はい、期待していますよ、アンジェリカさん」
森の外れにて、街の監視をしていたアゼルとアンジェリカはそんな会話を行う。その時、偵察を終えたディアナがにょきっと地面から生えてくる。
「お待たせしました。情報を集めたところ、やはりまだ夜間の衛兵交代の習慣は残っているようです」
「ヒッ!? こ、これは……心臓に悪いですわ。ディアナさん、やめてくださいませ……」
「あら、すみません。緊張を解そうと思ったのですが」
ぎょっとするアンジェリカに、ディアナはニッコリ微笑みながら謝る。いたずらが成功した子どものような、それはそれは無邪気な微笑みであった。
「ついでに、街の地下に広がっている脱出用の隠し通路についても調べてきました。もし城壁を破壊出来なかった場合は、地下から侵入してもよいでしょうね」
「わあ、地図まで描いてきてくれるなんて……ディアナさん、ありがとうございます」
「いえ。これも全て、私の宿願を為すため。そのためならば、どんな努力も惜しみません」
街の構造や隠し通路について記された地図を受け取り、アゼルはお礼を述べる。そんなアゼルに、ディアナはあっけらかんとした様子で答えた。
「さあ、テントに戻りましょう。もう少しで、出撃となります。それまでに、少しでも英気を養わねば」
「そうですね。今回、ぼくが先鋒を務めるので、体調を万全な状態にしておかないといけないですし」
「ふふ、期待されていますわね、アゼルさま」
そんなやり取りの後、三人は仮設拠点に戻り襲撃作戦の最後の打ち合わせを行う。まずはアゼル率いるスケルトンの軍団が攻撃を仕掛け、敵の注意を引き付ける。
その際に、竜騎士たちは守りが手薄になった箇所へ回り込んで攻撃を仕掛け、アサシンたちは地下通路から街へ侵入する。上手く城壁を破壊出来れば、そのままアゼルたちが雪崩れ込む。
という作戦で纏まった。
「おや、もう夜になりましたな。そろそろ、出陣せねばなりますまい」
「すっかり話し込んでしまいましたね……。それじゃあ、行ってきます。ぼくたちの力を、見せて差し上げます!」
「これは頼もしい限りだ。……ああ、そうそう。いくら怨敵とはいえども、罪なき民間人を虐殺したり、略奪をしてはなりませんぞ。愛の無い行いは、ワタシの好まぬところですので」
「分かりました。肝に銘じておきます」
バルジャットと別れたアゼルは、天幕の外で待機していたシャスティたちと合流し森を出る。闇夜に煌めく白銀の城壁を遠目に見ながら、アゼルは覇骸装の力を解き放つ。
「……チェンジ、射骸装モード! さあ、スケルトンたち! 進軍開始です!」
力強い号令の元、スケルトンの群れは行軍を始めた。こうして、初戦の火蓋は切って落とされた。後の世で『デイルシュルナの戦い』と呼ばれる攻城戦の幕が、上がった。




