78話―聖女長との再会
ゾダンをどうにか封印したアゼルとカイルは、魔法陣に乗ってシャスティたちを追う。転送が終わると、二人はどこかの宮殿らしき場所の一室に到着した。
部屋の窓からは、屋根も壁も白く染められた家々と、街のあちこちを流れる水路が遠くに見える。アゼルが周囲を見渡していると、部屋の扉が開きシャスティが入ってきた。
「やっと来たか! いつ来るかやきもきしてたんだ。あんちくしょうは無事倒せたか?」
「実は……」
無事仲間と合流できたことに安堵しつつ、アゼルは戦いの顛末を伝える。ゾダンを倒すことは出来なかったものの、封印することに成功したと聞きシャスティは頷く。
「なるほど。ま、そいつがもう何も出来ねえなら問題はないな。あの魔法陣ももう、アストレア様が壊すだろうし。んじゃ、早速だけど行くか」
「はい!」
「なら、オレも行くぜ」
「いや、あんたはここで待ってろ。元霊体派のお前を、アストレア様に会わせるのは危険だからな。それに、アタシ自身あんたを信用出来ない」
シャスティはアゼルに着いていこうとするカイルに冷たく言い放ち、そのまま部屋を出ようとする。そんな彼女の腕を掴み、アゼルは毅然とした態度で声をかけた。
「いえ、大丈夫ですよシャスティお姉ちゃん。カイルさんは……兄さんは、信用出来ます。それは、ぼくが保証しますから」
「ふーん……ま、武器をとりあげときゃ問題はないか。カイル、物騒なモン持ってるなら全部アタシに寄越せ。謁見が終わるまで預かる」
「分かった。それでオレも同行出来るなら、お前に預けよう」
そう言うと、カイルは両腰に装備したホルスターから拳銃を引き抜き、暴発防止のため安全装置をロックしてからシャスティに渡す。
まさか自分に武器を渡すとは思っていなかったシャスティは目を丸くするも、すぐに気を取り直し二丁の拳銃を受け取った。そして、顎で部屋の出口を示す。
「んじゃ、コイツは預かっとく。さ、行こう。アストレア様が今か今かと待ってるからな」
「はい、分かりました。いよいよ、合流できるんですね……」
艱難辛苦の果てに、ようやくアストレアと対面出来るとあってアゼルの身体に自然と気合いが入る。シャスティに案内され、宮殿の中を進んでいく。
廊下はガラス張りになっており、足の下すぐを清らかな水が流れていくのを見て、アゼルはポツリと呟いた。
「珍しいですね、宮殿の中まで水路があるなんて」
「ああ、なんたってこの国は砂漠だらけだろ? 水は命より大切なモンだからなぁ、それを好きなだけ使えるっていう自分の権力を、アピールしてるのさ」
「へぇー……そうなんですね……」
そんな会話をしつつ、三人は目的の部屋に向かう。しばらくして、アストレアの待つ客室に到着した。
「ここだ。この部屋でアストレア様とアンジェリカがお前を待ってる」
「よーし、では入りま……」
「ウェェェェェルカァァァァム!!! よくぞ来た、異国の客人よォォォォォ!!!! さあ、ワタシの熱い歓迎のハグを受け取ってくれぇぇぇ!!!!!」
部屋に入ろうとしたアゼルがドアノブを掴んだ、次の瞬間。勢いよく扉が開き、ふくよかな腹を持つひげもじゃの男が現れ熱烈なハグをしてきた。
突然の事態にアゼルはフリーズしてしまい、為すがままにされてしまう。一足早く我に返ったカイルは、慌てて謎の男からアゼルを奪い返す。
「コラ、いきなり何をしやがる! アゼルがビックリしてるだろうが!」
「おお、すまんすまん。いやなに、北の英雄が来ると聞いていてもたってもいられなくてな。愛を込めた歓迎を……」
「はいはい、分かった分かった。今回は許すけど、次やったら怒るからな。あ、言い忘れてたけど、このおっさんがエルプトラの元首、バルジャット・マフドラジムだ。覚えときなアゼル」
「え、あ、はい。よろしく……お願いします」
さらりとそう告げるシャスティと、ニコニコ笑っているバルジャットを交互に見ながらアゼルは困惑気味に挨拶をする。その後、今度こそアゼルは部屋の中に入る。
「おじゃましまーす……」
「ようこそ、アゼルさん。あなたとこうして直に顔を合わせる日が来るのを、私はずっと……心待ちにしていました」
部屋の中に、彼女はいた。藍色の修道服に身を包んだ、創命教会のもう一人のトップ。聖女長アストレアは、柔らかな笑みを浮かべアゼルの元に歩み寄る。
部屋の奥には、アストレアの護衛たる数人の聖女と、アンジェリカが立っている。何人かは窓の外を見張っており、怪しい者がいないか確かめていた。
「ぼくの方こそ、こうしてお会い出来て嬉しく思います。無事に合流出来て、本当に……よかった」
「はい。早速ですが、本題に入りましょう。あなたが来るまでの間、我々は独自に教会の調査を行い……その結果、仮説が正しかったことが分かりました」
そう言うと、アストレアは一人の聖女を呼び、紙の束を受け取る。教会に間者を送り込み、密かに集めた情報がビッシリと書き込まれているのだ。
「つまり、法王は……」
「はい。法王ゼルガトーレは、ガルファランの牙と繋がっています。いや、繋がっているなどという、生ぬるい関係ではありません。彼は……」
「牙の最高幹部、その最後の一人です。まあ、私からすればただの雑魚ですが、ね」
その時、どこからともなく壁をすり抜けてディアナが部屋の中に入ってきた。それを見た聖女たちは、一斉にメイスを取り出し構える。
「ディアナさん、その情報……本当ですか?」
「はい。私はこの三百年……ずっと創命教会を監視していました。ジェリド様に仕えながら……ずっと、ずっと。復讐を果たす機会を得るために」
「ふく、しゅう? それは、どういう意味ですか?」
「……そうですね。アゼル様には、まだ話していませんでしたから……この機会に、話しておきましょう。私と、教会の因縁を」
イマイチ話が呑み込めないアゼルを見ながら、ディアナはそう口にし……顔に着けていた仮面を外した。その下に隠されていた酷い傷痕を見て、アゼルは言葉を失う。
シャスティやアンジェリカ、カイルらも同様に息を呑み、何も言えなくなってしまう。そんな彼らを見ながら、ディアナは話し出す。己の過去を。
「……三百年前。まだ聖堂騎士団は存在せず、人々は闇霊の猛威に晒されながら恐怖に満ちた日々を生きていました。そんな中、時の法王は状況を打破せんと動き出したのです」
「動き、出した?」
「はい。闇霊は、肉体と魂を分離し、擬似的な不死を体現する者たち。ならば、霊魂へ与えたダメージを、肉体に伝播させられるようになれば……法王はそう考えました」
アゼルの問いに答えつつ、ディアナは話を続ける。が、その顔には、徐々に苦悶と怒りの色が浮かびはじめていた。
「……そして、時の法王は、長い思索の末、とうとうその技術を編み出し……聖堂騎士団を組織しました。その初代団長に選ばれたのが……当時、聖女長だった私です」
「え……えええええ!? ディアナさんって、聖女さんだったんですか!?」
「おいおい、ちょっと待てよ! そんな記録、教会には残ってないぞ!?」
ディアナの言葉にアゼルは驚き、シャスティは新たな疑問を提示する。すると、それまで黙っていたアストレアが口を開いた。
「それは当然ですよ、シャスティ。何故なら……ディアナ様の記録は、完全に抹消されたのです。忘却の刑にかけられて、ね」
「なっ!? それってつまり、教会にとって都合が悪いから消された、ってことですか!? アストレア様!」
「……そうだ。私は消されたのさ。存在を、人としての尊厳を、愛しい家族を……何もかもすべてを、教会に」
凄まじい憎しみの宿った声で、ディアナはそう話す。あまりにもおぞましい声色に、その場にいた全員の背筋が凍り付く。沈黙が場を支配するなか、アンジェリカが恐る恐る問いかける。
「あの……その、忘却の刑というものはどのようなものなのでしょうか?」
「……まあ、簡単に言えば教会にとって都合の悪い者を極悪人にでっち上げ、あらゆる記録や歴史から抹消するための刑罰ですね。対象になった者は、一族郎党全員根絶やしにされます」
「根絶やし!? なんと、いかんいかんぞ! そんな愛のない行い、なんと野蛮な!」
「……そんな野蛮な行いに、私は全てを奪われたのですよ、バルジャット王。これから行う教会との戦いに向けて……詳しく話しておきましょうか。私の過去を、ね」
そう言うと、ディアナは語りはじめた。遥か昔、創命教会から受けた、あまりにも惨たらしい仕打ちを。聖堂騎士としての栄光と、その後に待ち受ける悲劇を。




