76話―アゼルとカイル
炎の壁に囲まれ、死の戦域と化した地下墓地で壮絶な戦いが幕を開けた。アゼルの呼び出した六体のスケルトンと、カイルの放つ八発の弾丸を切り刻みながら、ゾダンは笑う。
「クックッ、おもしれぇなぁ。二人がかりならオレに勝てると思ってるのか? そいつは無理だな、そうだろ皆!」
ゾダンは、自信の周りを浮遊する亡霊たちにそう声をかける。霊門ポケットによって呼び出された、かつてアゼルが倒した闇霊たち……。
ビアトリク、ビルギット、ラドゥーレ、マンドラン。四人の亡霊は何も話すことなく、ただひたすらにアゼルに向けて怨嗟の視線を向ける。
「チッ、霊門ポケットか……。ゾダンめ、よほどオレたちをここで仕留めたいらしいな」
「カイルさん、その霊門ポケットってなんです?」
「霊体派のネクロマンサーたちが作り出した、禁忌の魔道具さ。死した後、まだあの世に行けていない死者の魂を捕らえ、使役する力があるんだ」
突撃してくる亡霊たちを避けながら、アゼルはカイルに問う。返ってきた答えを聞き、不快感に顔をしかめる。かつての同志たちですら、道具に過ぎない。
そう主張しているように思えてならなかったのだ。
「……ゾダン。あなたは、いや……あなたたちは、死者をなんだと思っているのですか! 死してなお、彼を苦しめることに罪悪感を感じないのですか!」
「ハッハハハ!! こいつは傑作だ! オレたちネクロマンサーは死者を使役する存在だぜ? そんなことで心を痛めるわけねえだろ。そんな綺麗事ばかり言うから……操骨派は嫌われんだよ!」
アゼルの言葉にも全く動じず、ゾダンは得物を振り回し不可視の斬撃を乱れ撃つ。魔力の感知と己の直感、風を切る音以外に斬撃を避けるすべはない。
カイルはさりげなくアゼルが直撃を食らわないよう、弟の前に立ちゾダンと戦う。アゼルは空気を読み、亡霊の方へスケルトンを向かわせ同士討ちを起こさぬよう動く。
「つっ、このクソ斬撃めが……!」
「クハハハ、泣かせるねぇ。身を呈して弟を守ろうってか? ボロボロになってまぁ、ムダなことだな。オレがちょいと本気を出しゃ、二人纏めて両断出来るんだからよ!」
「そうなる前に、お前を倒すさ! バレットスキン……エクスプロージョン!」
爆発の魔力が込められた弾丸が放たれ、ゾダン目掛けて突き進んでいく。そのまま直撃するか……と思われたその時、ビルギットの亡霊が割り込んできた。
「クッ、亡霊が盾に……」
「ハッハッ、バカめ! 亡霊どもがいるうちは、オレに攻撃なんぞ当たらねえと思いな! ビルギット、そのまま弾丸を喰っちまえ!」
「オオオ……オォ……」
ゾダンの命令を受け、ビルギットの亡霊は口を開け飛来する弾丸を飲み込んでしまう。体内で爆発が起こり、激しい音が鳴るも無傷であった。
「おいおい、マジかよ……」
「残念だったなぁ。オレの指示が必要だが、亡霊どもは生前の能力を保持しているのさ。こんな風にな! ビアトリク、グリネッグドール!」
「この技は……まずいです! カイルさん、避けてください!」
アゼルがそう叫ぶも、カイルが避けるのよりも早くビアトリクの亡霊は手元に人形を呼び出し、光線を発射する。光線がカイルに向かって飛んでいくなか、アゼルは……。
「こうなったら……! ターン・ライフ……セルフフレア!」
「お前、何を!?」
このままではカイルが死ぬ。そう思ったアゼルの動きは早かった。かつて生前のビアトリクと対峙した時のように、己に蘇生の炎を宿す。
そして、カイルを庇い自ら光線を受けた。すかさずビアトリクの亡霊は人形の間接をねじり、アゼルを殺害する。
「あぐっ……。うう、まさかこんな死に方を二回も味わうとは思いませんでした……」
「くっ、このっ! アゼル、何でこんなことを! なんでわざわざオレを庇った!? オレを見捨てて、ビアトリクを倒すことも出来たのに!」
「自分でも、分かりません。ただ、あなたが死んでしまう、そう思ったら……自然と、身体が動いていました。だって……あなたは、ぼくの……最後の家族、ですから」
ビアトリクの亡霊にありったけの弾丸を叩き込み、消し飛ばしたカイルは生き返ったアゼルの元に駆け寄る。そう問いかけると、アゼルは微笑みながら答えた。
「お前……。こんなオレを、家族と呼んでくれるのか」
「クッハッハッ! いいねえいいねえ、この期に及んで仲良しこよしの家族ごっこかぁ? 素晴らしい茶番だな。いいぜ、少しだけ付き合ってやるよ。ここで死ぬんだ、最期の会話を楽しみな」
大爆笑しながら、ゾダンは亡霊たちを退かせる。自分が負けることはないのだという、傲慢さからくる余裕の態度を見せ付けながら床に座り込む。
「あなたがずっと、ぼくを見えない斬撃から守るために立ち回っていたのは分かっていました。……まだ、完全にあなたを許せてはいないけれど、ぼくを守りたいという想いは、伝わりました」
「アゼル……」
「だから……ぼくも、あなたを守ります。ぼくには、力がある。大切な人たちを守り、助けるための力が。だから、共に戦いましょう。互いに助け合い、支え合う。生き残るために!」
必死に自分を守ろうとするカイルを見て、アゼルの心の中にあったわだかまりは少しずつ消えはじめていた。斬撃を浴びて、傷だらけになった兄に手を差し伸べる。
力を合わせ、ゾダンと亡霊たちを打ち破るために。共に生きて仲間たちの元へ行くために。
「……ああ、分かった。オレたちの底力、ゾダンに見せ付けてやろう。自分の実力にあぐらをかいてる自信家を、叩き潰してやろうぜ!」
「はい!」
差し出された手を、カイルは掴む。もう二度と、この手を離さない。たった一人の家族を、失いたくない。そう決意を込めて。
「終わったか? クソみてぇな茶番はよ。んじゃ、そろそろ……死ねや。マンドラン、てめえの砂を操る力を見せてやりな!」
「オオオォォオォ……!」
マンドランの亡霊が呻き声をあげると、どこからともなく大量の砂が集まり、巨大な四足の竜の姿へ変わる。前足が振り上げられ、アゼルたちへ落とされる。
「グルアァァァ!!」
「兄弟仲良く、潰れちまいな!」
「そうはいきませんよ! サモン・スケルトンガーディアン!」
アゼルはすでに呼び出していたスケルトンたちを虚空に返し、すかさず大盾を装備した骨の守護者を創り出す。攻撃を受け止めさせ、踏みつけを防ぐ。
追撃が来る前に、アゼルに変わってカイルが反撃を叩き込む。
「こいつを食らいな! 戦技、セクステット・キャノン!」
「ギギ……グギャア!」
六発の弾丸が融合し、破壊力が桁違いに上昇した一撃が拳銃から放たれる。弾丸はいとも容易く砂の竜を貫き、そのまま天井に直撃する……かと思われた。
が、寸前で軌道が変わり、急カーブしてゾダンの近くに設置されていた霊門ポケットを粉々に破壊した。亡霊たちはもがき苦しみながら、消滅していった。
「……ほう、やるじゃねーか。茶番で気合いが入ったか?」
「茶番なんかじゃありません。ぼくたちは今ここから、家族の絆を取り戻す。あなたを倒してね!」
「ハッ、ほざくねぇ。亡霊どもを始末したところで、何も事態は好転しちゃいねえよ。オレには勝てない。絶対にな!」
そう叫ぶと、ゾダンはトマホークと大鉈を振るい不可視の斬撃を飛ばす。アゼルはスケルトンを操り、大盾で見えない攻撃を防いでみせた。
「その自信、さっきの鏡のように粉々に砕いてあげますよ。ぼくたちは、ここで立ち止まれない」
「ああ。見せてやるよ、ゾダン。オレとアゼル……カルカロフ兄弟の力を!」




