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75話―兄弟の邂逅

「ぼくの、お兄、さん?」


「あなた、いきなり何を言い出しますの? 適当なことを行って、アゼルさまを混乱させないでくださいまし」


 突然自分が兄だと口走るカイルに、アゼルは戸惑いながら、アンジェリカは不信感をあらわにしながら声をかける。一方、事情を知るシャスティは沈黙を保つ。


「はは、まあ、そうだよな。証拠を見せないと、信じちゃもらえねえだろう。アゼル、これが……オレとお前が血の繋がった存在である証だ」


「え……!? そ、それは!?」


 苦笑しつつ、カイルは左目を覆う眼帯を外しゆっくりとまぶたを開く。そうしてあらわになったのは……アゼルと同じ、『凍骨の帝』ジェリドの末裔の証。


 ドクロが刻まれた紫色の瞳であった。それを見たアゼルとアンジェリカは、目を見開く。そんななか、シャスティがようやく口を開いた。


「フン、その瞳が本物かは分からねえなぁ。ちょいと魔法で細工すりゃ、誰でも再現出来るからな。アゼル、いくつか質問してみたらどうだ? 本物のアニキか確かめるためによ」


「え、あ、そうですね。それじゃあ、いくつか質問を……。カイルさん、もしあなたが本当にぼくの兄だと言うのなら……ぼくたちの家族について、間違わず言えますね?」


 アゼルがそう問うと、カイルは目を細め、どこか寂しそうな表情を浮かべる。そして、ポツポツと話し出した。


「ああ。父の名はイゴール、母の名はメリッサ。二人とも、高名な操骨派のネクロマンサーで……とても仲が良かった。いつも、互いをゴル、メリーと呼び合っていたっけな」


「他に……もっと、知っていることは、ありますか」


「……オヤジはいつも、お気に入りの肘掛け椅子に座ってパイプを吹かしてた。オフクロはそんなオヤジの隣で、叙事詩を読むのが好きだったなぁ……いつも必ず、『隻腕の竜騎士』を読んでた」


 カイルの答えを聞き、アゼルは確信した。目の前にいる青年こそが、自分が産まれる前に家を出ていった生き別れの兄だと。そんな少年の頬を、涙が伝って落ちる。


「本当に……本当に、兄さんなんですね? あなたが、ぼくの……」


「ああ。済まなかった、アゼル。お前をずっと……ぐふっ!?」


 カイルがアゼルの元に歩み寄ろうとした、その時。突如シャスティが歩き出し、カイルの顔面へ向かって勢いよく鉄拳を叩き付けたのだ。


 唖然としているアゼルやアンジェリカを横目に、シャスティは倒れ込んだカイルの胸ぐらを掴み無理やり引きずり上げる。彼女の目には、怒りの炎が燃えていた。


「……へぇ。十年以上も弟をほったらかしにしといて、たった一言謝ったくらいで済むと思ってんのか? だとしたら、おめでてぇ頭してんな」


「シャスティおね……」


 シャスティを止めようとするアゼルを、アンジェリカが手で制止する。シャスティのような実力行使にこそ出なかったものの、彼女もカイルに対して思うところがあるらしい。


 ディアナもアゼルの元に歩み寄り、そっと寄り添うように側に立つ。


「アタシらと出会うまで、アゼルがどれだけ苦しんできたと思ってる? 目のことで迫害されて、やっとこさ冒険者になったらなったで、今度は仲間に奴隷みたいに使われて、その挙げ句……」


「殺されかけた……。知ってる、全部、オレは知ってるよ。あんたたちのお仲間にも、今みたいに怒られたからな」


「あ? なんだ、お前もしかしてリリンに会ったのか。……あいつにも、殴られたのか?」


 鼻血を垂らしながらそう言うカイルに、シャスティは問いかける。カイルが頷くと、シャスティは胸ぐらを掴んでいた手を離し床に落とす。


「そっか。アイツも殴って、お前が全部知ってるってんなら、アタシはもう何も言わねえ。でも、お前を信用するつもりはない。信じて欲しかったら、行動で示せ。アゼルへの罪滅ぼしを」


「……分かってる。オレは、そのためにここに来たから」


「じゃあ……一つ、聞かせてください。お父さんは昔、あなたと喧嘩して、家を飛び出していった、そう言いました。どうして……あなたは、出ていったんですか」


 そこへ、アゼルが割り込んでくる。どうしても、彼は知りたかった。十三年前に起きた、不和の真実を。


「……昔、な。オレは、ネクロマンサーの未来について考えていた。オレたちネクロマンサーが、より発展し繁栄するために何をすればいいのかを」


「あら、それはそれは殊勝なことで。それで、あなたはどんな結論を出しましたの?」


「……当時、バカなガキだったオレは、霊体派の持つ力に可能性を見出だした。操骨派の持つスケルトンの技術と、霊体派の持つ力が合わされば……これまで誰も成し得なかったことが出来る。そう思ったんだ」


 毒を含んだ口調で尋ねるアンジェリカに、カイルは過去を悔やみながらそう答える。そんな彼に向かって、アゼルは呟く。


「それは……確かに、お父さんもお母さんも認めはしないと思います。霊体派のネクロマンサーたちは、忌むべき者たちなのですから」


「ああ。だが、当時のオレにはそんなことお構い無しだった。自分の考えが正しいということを証明したくて、オヤジと喧嘩して家を飛び出した。……本当に、バカなことをしたよ」


「そうだな、お前は大バカ者だ。オレたちを裏切ったせいで、ここで弟共々惨たらしく死ぬんだからよ」


 その時。地下墓地の入り口からおぞましい声が響く。それと同時に、アゼルの腰に下げられた黒ドクロの水晶がけたたましい叫び声をあげた。


『警告! 警告! 闇霊(ダークレイス)『八つ裂きの騎士』ゾダン接近! 警戒セヨ! 警戒セヨ!』


「嘘だろ……お前、どうやってオレの居場所を!?」


莫迦(バカ)め。言ったろ? 裏切りは許されない。例え大地の果てまで逃げようが、必ず追い詰めて殺す、と」


 錆び付いた鎧を軋ませながら、一人の男がゆっくりと歩いてくる。全身から放出される殺気に気圧されながらも、アゼルたちは身構える。


 男――ゾダンは兜のフェイスガードを上げ、カイルを見ながら邪悪な笑みを浮かべた。もう逃がさない。嗜虐的な光を宿す瞳が、言外にそう告げていた。


「ファインプレーだよ、カイル。お前とそこのガキの首を法王のところに持ってけば、あいつの苛立ちも収まるだろうよ」


「法王? まさか、あなたは……」


「お、これはこれは。はじめましてだな、ジェリドの末裔。ヴァシュゴルとセルトチュラが世話になったなあ。クッククク」


 そうのたまいつつ、ゾダンは腰から下げた大鉈とトマホークを引き抜く。くるくると得物を手で回しながら、アゼルに向かって話を続ける。


「お前には散々計画を狂わされたからなぁ。お前さえいなけりゃあ、今頃はアークティカもイスタリアも、牙の手で根絶されてたろうに」


「お前……まさか、ガルファランの牙の一員!?」


「正確には、協力者だな。他の奴らの中にゃ、牙の首領に心酔してる奴らもいるがねぇ。ま、そんなことはどうでもいいや。死ね、末裔」


「アゼル様、危ない!」


 冷徹な声でそう言い放つと、ゾダンは無造作に大鉈を振る。直後、ディアナがアゼルの元に駆け寄り、体当たりで地面に押し倒す。次の瞬間、アゼルの後方の壁に大きな裂傷が刻まれた。


「い、今のは……」


「ゾダンの技だ。奴は不可視の斬撃を飛ばすことが出来る。厄介極まりない野郎だ」


「ああ、その通りだ。なら、もう分かるだろカイル。お前たちは逃げられねえ、一人もな。ここでオレに、解体(バラ)されるんだよ!」


「全員、逃げろ!」


 カイルが叫んだ瞬間、ゾダンは滅茶苦茶に武器を振り回す。不可視の斬撃が乱れ飛び、墓石を両断し地下墓地の壁を切り刻む。


 アゼルはディアナに抱えられ、地下墓地じゅうを逃げ回る。その途中、斬撃が魔法陣にかすり、ヒビが入るのを目撃した。


「まずいです、あの魔法陣が壊れたらアストレアさんのところに行けません!」


「問題ありませんよ、アゼル様。私があの男を引き付けます。その隙に、あなたは仲間と共に魔法陣へ」


「いや、あんたはアゼルたちと一緒に行け! ゾダンは、オレが引き付ける! それが、今オレが出来る償いだ」


 魔法陣が壊れてしまえば、アストレアと合流することが難しくなってしまう。カイルは自ら地下墓地に残り、ゾダンを食い止めると言い出した。


「なら、アタシらは遠慮なく行かせてもらうぜ。今は何よりも、アストレア様との合流が最優先だからな。アゼル、アンジェリカ、行くぞ!」


「かしこまりましたわ!」


「ぼくは……」


 一目散に魔法陣へ向かうシャスティらとは異なり、アゼルは思い悩む。本当に、カイルだけに任せていいのか。もしゾダンを取り逃がせば、自分たちの居場所や目的が敵にバレてしまう。


 そうなる前に、協力してゾダンを倒す必要があるのではないかと、アゼルは考えたのだ。


「ハッ、雑魚どもに用はねえ。だが……末裔の兄弟だけは、絶対に逃がさねえ! 出でよ霊門ポケット!」


「何を……わあっ!?」


「これは……ぐっ、この、アゼル様を返しなさい!」


 ゾダンは懐から小さな鏡を取り出し、アゼルとディアナの方へ投げつける。すると、鏡が巨大化し、中からかつてアゼルと戦い敗れた霊体派の者たちの亡霊が出現した。


 亡霊たちはディアナからアゼルを引き剥がし、ゾダンの方へ連れていく。アゼルを取り戻そうとするディアナだったが、間髪入れずゾダンは炎の壁を作り出す。


「ムダだぜぇ、こいつらだけは逃がさない。ここで殺す。それがオレの仕事だからな」


「まずいな……この炎をなんとかしないと、魔法陣のところに行けやしねえ」


「……そう、ですね。カイルさん。こうなったら……」


 カイルと共に炎の壁の中に取り残されたアゼルは、向こう側にいるシャスティたちに向かって大声で叫ぶ。


「シャスティお姉ちゃん、アンジェリカさん、ディアナさん! 先に行ってください! ぼくたちは、ゾダンを倒してから向かいます!」


「……仕方ねえ、こうなっちまった以上そうするしかねえか。おい、カイル! 聞こえてるか! アゼルに傷負わせてみろ、もし無事に戻ってきてもアタシらが叩きのめすからな!」


「分かった。アゼルは、オレの命に代えても守る!」


「私からも、頼みますよ。あなたが死のうと私は構いませんが……アゼル様だけは、何があっても守りなさい」


 シャスティとディアナはそう言い残し、アンジェリカを連れて一足先に魔法陣を使って脱出した。残ったアゼルとカイルは、ゾダンと対峙する。


「やるぞ、アゼル。ゾダンを……倒す」


「はい。やりましょう、カイルさん」


「……さすがに、まだ兄さんとは呼べないか。それでもいい、だが……オレは必ず、お前を守る」


「ハッ、そりゃ無理だな。お前たちはここで死ぬ。その運命は変わらねえんだよ! さあ、殺し合いの始まりだ!」


 兄弟の戦いが今、始まる。

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― 新着の感想 ―
[一言] やはり冷ややかな目で見られたようだな。まあ、仕方なかろうさ……。 もしそれが間違いだと最初に気づいたら、道も違ったモノになるが、そうはならなかった。 だから、その話はおしまい!今はゾダンをぶ…
[一言] 橾骨派の技術に霊体派の力を足す(ーー;文字通りガキでも考え付きそうな安い計算だな( -д-) 源流が何処かは知らんが橾骨、霊体、屍、この三流派がどれだけ争いの歴史を重ねたか知らんとは言わさ…
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