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73話―歩み寄る者たち

 ヴェルダンディーと別れてから数日、アゼルたちは順調に砂漠を進む。途中、ゾーリートンへ向かう商隊に会ったり、盗賊団と戦ったりしながら、ようやく目的地にたどり着いた。


「あー、やっと着いたな。ここまで長かったぜ」


「そうですわね……もう、しばらくは砂漠に入りたくありませんわぁ……うう、身体じゅう砂だらけですわ」


 バラザットの入り口にあるラクダたちを専用の待機所に預け、市街地へ入る。街は大きな湖を囲むように作られており、複雑に張り巡らされた橋で各地区が結ばれているのだ。


「ありがとうございました、ツィンブルさん。おかげで、アレ以来大きなトラブルもなく到着出来ました」


「ああ、無事バラザットまで来られてよかったよ。坊やたちとの旅、なかなか楽しかった」


「こちらこそ楽しかったです。それじゃあ、代金をお支払しますね」


 アゼルはポーチから金貨を八枚取り出し、バラザットまでの案内をしてくれた報酬としてツィンブルに差し出す。それを見て、ツィンブルは目を丸くする。


「ん? おいおい、三枚多いぞ。ゾーリートンからバラザットまで、金貨五枚の契約だったろ?」


「いえ、いいんです。ぼくたちからの感謝の気持ちですから。これで、帰りに美味しいものでも食べてください」


「……そうか。そこまで言ってくれるなら、ありがたくこのお金はもらっておくよ。俺はしばらくこの街に滞在してるから、ゾーリートンに帰る時は声をかけてくれよな。また送ってやるから」


 そう言葉を交わした後、ツィンブルは市街地の方へと消えていった。ここからようやく、アストレアの居場所を掴むための探索が始まるのだ。


「で、バラザットに来たのはいいですけれど、どうやってアストレアさんの手がかりを探すのですか?」


「ああ、心当たりがいくつかある。昔……八年前に修行の旅に来た時、アタシらはこの街を拠点にしてた。その過程で、二人しか知らない秘密の場所をいくつか……ま、とりあえずそこを当たる」


 ラクダの待機所を出た一行は、街に向かいながらそんな会話を行う。いつまた、リグロウやマンドラン一味のような刺客に襲われるか分からない。


 出来る限り早く手がかりを見つけ出し、アストレアと合流したいアゼルだが……。


「あの……手がかりの捜索もですが、まずは長旅の汚れを落としたいですわ。もう全身、砂やらラクダのよだれやらで汚くて汚くて……」


「あー……確かにそうですね。旅の途中、お風呂なんて入れませんでしたし」


 そこへアンジェリカが待ったをかける。三人とも、数日に及ぶ砂漠の旅でかなり汚れてしまっており、このまま市街地に入れば白い目で見られることは確実と言えた。


「しゃあねえな。確か、この街にゃでけえ風呂屋があったな。一旦そこで綺麗さっぱりリフレッシュするか。それに……」


「それに?」


「アゼルの服も、だいぶボロボロになってきたし。新しく何か買った方がいいなと思ってよ」


 シャスティの言う通り、アゼルの来ているローブはすりきれ、ボロボロになってしまっていた。しかし、それでもアゼルにはこのローブを手放したくない事情がある。


 この服は、今は亡き両親が残してくれた、唯一の形見なのだ。


「……確かに、ボロボロですけど……でも、このローブは……お父さんとお母さんの、形見ですから……」


「あー……難しいとこだよな。ま、服のことは置いといて……まずは風呂だ! さ、早いとこ汗流すぞ!」


 悲しそうに顔を歪めるアゼルを見て、これ以上話を進めるのはまずいと判断したシャスティはそう口にする。


(親の形見、か。それを捨てちまえなんて酷なこと、流石に言えねえしなぁ。とは言え、いつまでもボロ着させるわけにもいかねえし……はぁ、こんな時リリンがいりゃあ上手いこと説得出来るんだろうがなぁ)


 そんなことをぼんやり考えながら、シャスティはため息をつくのだった。



◇―――――――――――――――――――――◇



「う、ぐう……」


「つ、強い……この、男……」


「やれやれ、教会の特務部隊とやらはこの程度か。歯応えのない相手だ」


 同時刻、エルプトラ北西にある街ウィンバーの近くにある洞窟にて、激しい戦いが行われ……決着がついていた。倒れ伏す男たちを見下ろし、カイルはやれやれと首を振る。


 男たちは一人を除き皆息絶えており、最後の一人ももはや虫の息となっていた。


「何だっけ、創命教会第五特務部隊……『ズィルバの蟻地獄』っつったか。てんで弱いな、相手にもなりゃしない」


「貴様……一体、何者だ? 何故我らの正体を知っている……」


「正体どころか、目的も全部知ってるよ。アゼルを殺すつもりなんだろ? 悪いが、そうはさせない。あいつは、オレの唯一の肉親……そして、罪滅ぼしをしなくちゃならない相手だからな」


 リボルバー銃の弾倉(シリンダー)に魔力で作った弾を込めながら、カイルはそう口にする。それを聞いた特務部隊の生き残りは、納得がいったように薄笑いを浮かべた。


「なるほど、お前が……ゾダンの話していた、霊体派の裏切り者、か」


「ああ。オレはアゼルを探しこの国に来た。幸い、()()()が情報通でね。こうして、お前たちの企みも事前に潰せた」


 カイルの言った通り、特務部隊『ズィルバの蟻地獄』の面々はアゼルを自分たちの元におびき寄せるための作戦を決行しようとしていた。


 ウィンバーの街を占領し、人々を人質にしてアゼルを自分たちの元に誘導しようとしていたのだが……その企みは、カイルと彼に協力する()()()()によって未然に防がれた。


「協力者、だと……」


「ああ。お前たち教会を、大層恨んでいるみたいだ。何をやらかしたのかは知らないが……ま、どうせロクなことじゃないだろ。なあ、ディアナさんよ」


 洞窟の入り口の方へ振り返りながら、カイルは外にいる人物に声をかける。現れたのは……かつてジェリドの従者としてアゼルとまみえた女騎士、ディアナだった。


「やはり、今も昔も……教会は変わらない。表では創命神の加護による救済を謳いながら、裏ではこのようなことを平然と行う。やはり、教会は滅ぼさねば」


「お前、は……何者だ? 我らへの侮辱は、許されることでは……」


「ああ、やはり今の教会は私のことを覚えてはいないか。だが、私のことは知らずともこの言葉は知っているはず。忘却(ダムナティオ)の刑(・メモリアエ)という言葉を」


 その言葉に、男は息を飲む。忘却(ダムナティオ)の刑(・メモリアエ)。それは、教会の暗部を知る人物が反逆した時、存在を抹消するために行われる刑罰のことだ。


「なん、だと!? 貴様は、まさか!」


「ようやく思い出しましたか? ならば死になさい。かつて私が受けた屈辱に等しき苦痛を味わいながら、ね。我が呪鎚の威力、その身で知るといい」


 無慈悲にそう言い放ち、ディアナは相手の頭を鉄槌でカチ割りトドメを刺した。恐ろしいことに、頭を砕かれても男はまだ生きていた。


 武器が持つ呪いの力によって、即死することは出来ない。激しい苦痛のなかで、何日も、いや、何十日も苦しみながら生きねばならないのだ。


「ぐっがあああ! 頭が、頭があああ! 殺せ、殺してくれぇぇぇ!! 一思いに、死なせてくれぇぇぇ!!」


「なりません。アゼル様に仇なそうとした事を後悔しながら……たっぷり苦しんで死ね。ああ、言っておきますけど自殺は出来ませんから。そういう呪いですので」


 そう言いながら、追い討ちと言わんばかりにディアナは男の四肢も砕く。そして、もう興味はないとばかりに洞窟の外へ向かって歩き出す。


「行きますよ、カイル。早くアゼル様と合流せねばなりません。ジェリド様から託された、あの方のための聖なる衣をお渡しせねばなりませんから」


「ああ、分かった。……しかし、本当にこの国にいるんだろうな、アゼルは。これで骨折り損のくたびれ儲けに終わったら、泣いちまうぜオレは」


「問題はありません。ジェリド様の眷属たる私には分かるのですよ。アゼル様の居場所がね。ここから南東……かなり離れた場所に気配を感じます」


「ふーん……。南東っつうと、バラザット辺りか。まずはあの街に行って、情報集めするかな。んじゃ、サクッとショートカットしますかね」


 そう言うと、カイルは二丁の拳銃のうち一丁を自分に、もう一丁をディアナに向ける。弾丸に込めた魔力を調整し、テレポートの魔法の力を付与する。


「じゃ、行くぜ。バレットスキン……テレポート!」


 弾丸が放たれ、二人の身体に着弾するのと同時に転送が始まった。オアシスの街バラザットへと、二人はテレポートしたのだ。壊れたように何度も繰り返し呟く、特務部隊の男を残して。


「誰、か、ころ、シテ。オレ、を……」


 アゼルとカイル、分かたれた運命を歩んできた二人の兄弟の再会の時が、少しずつ近付いてきていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 忘去の刑?Σ(゜Д゜ υ)単純に親類縁者抹殺なら話が早いが流石に大規模術式の世界改編で居なかった事にされるのは一宗教勢力ではあり得んからな (。-ω-) 一体どれだけ骸を重ね命を踏みにじって…
[一言] ディアナ……お前は一体…… 両親が遺したローブか……それを修繕できりゃいいけど……
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