72話―紳士との語らい
マンドラン一味を撃破した後、アゼルたちは諸々と処理をしてから改めて野営を行う。シャスティとアンジェリカは、砂まみれになってしまった夕食を作り直す。
「はあ、せっかくアゼルさまのために腕によりをかけて作りましたのに。あのネクロマンサーたち、許せませんわ」
「ま、全員死んだしもういいだろ。ダメになっちまったもんは仕方ねぇ、また作り直せばいいさ。……ところで、アゼルはどこいった?」
シチューを作っていたシャスティは、ふとアゼルの姿が見当たらないことに気付く。そんな彼女に、テントに異常がないかを調べていたツィンブルが声をかけた。
「ああ、坊やならあのランタン頭と一緒に散歩に行くと言っていたよ」
「そっか。まあ、メシが出来れば匂いを嗅ぎ付けて帰ってくるだろ」
先の戦いでヴェルダンディーに敵意はないと判断したシャスティは、そう答えた後調味料を鍋に入れ、味見を行う。そんな彼女らから少し離れた砂丘に、アゼルたちはいた。
満月が昇る砂漠の夜空の元、アゼルとヴェルダンディーは仲良く地べたに座って語らいを楽しむ。
「……ほう。苦労をしていたのだなぁ、貴君は。それだけ辛い思いを味わいながらも、真っ直ぐな心を失わぬとは。いやはや、我輩感心しましたぞ」
「いえ、そんな……別に、凄いことではないと思いますよ?」
「いやいや、そんなことありませんぞ。人は、環境によって容易に歪んでしまうもの。貴君の境遇を鑑みればこそ、その心の強さを讃えずにはいられぬのだ」
アゼルの過去を聞いたヴェルダンディーは、そう称賛の言葉をかける。かつてグリニオたちが行った残酷な仕打ちの数々にも屈せず、純真さを失わなかったことに感銘を覚えたらしい。
真正面から誉められることにいまだに馴れていないアゼルは、気恥ずかしくなり話題を反らそうとする。今度は、逆にヴェルダンディーに質問を行う。
「そういえば、ヴェルダンディーさんはぼくたちの住んでる大地以外にも行ったことがあるんですか?」
「無論、何千回とありますな。命ある者が暮らす大地を攻め滅ぼすことは、ポリシーに反する故しませぬが……偵察目的で入り込むことは茶飯事。ま、我輩から危害を加えることはありませんな、基本は」
「そうなんですね……なんだか、意外です。魔の貴族って、ラ・グーみたいな非道な侵略者しかいない、と思ってましたから」
紳士の言葉に、アゼルはそう口にする。炎の聖戦に関する数々の逸話では、ラ・グーの卑劣さや邪悪さがこれでもかと強調されており、魔の貴族は皆卑劣な輩なのだと思っていたのだ。
「ああ、あやつですか。確かに、ラ・グーは我ら直系の闇の眷属の中でも特に卑劣な者。我が主やかつての友グランザームも、皆嫌っている」
「そ、そうなんですね……。それにしても、ヴェルダンディーさんのお友達って、ちょっと想像つかないですね……」
「まあ、それも仕方なきこと。大地の民にとって、そも我らは不倶戴天の宿敵ですからな。互いの事を知ろうとする土壌が、そもそも育ちませんから」
そんな語らいをしているうちに、テントの方から美味しそうな匂いが漂ってくる。どうやら、夕飯が出来上がったようだ。
「おや、そろそろ夕餉の時間ですな。一旦戻るとしましょう」
「そうですね。お腹空いちゃいましたし」
二人はシャスティたちの元に戻り、鍋を囲んでシチューを食べる……が。
「なぁ、ランタンさんよ。そもそもあんたメシ食えるのか?」
「確かに。失礼ながら、食事を摂れるようには見えないが……」
「あいや、問題ありませぬ。こうやってほら、ランタンの前の部分を開ければ……」
真っ当な疑問を口にするシャスティとツィンブルにそう答えつつ、ヴェルダンディーは自身のランタンの前面に付いている小さなつまみを指で挟む。
キィッ、とドアのように開けると、シャスティからシチューの入ったお椀を受け取る。そして、ランタンの中で燃える炎に向かってシチューを流し込んだ。
「ほっほ、これは美味。暗域の宮廷料理も美味ではあるが、やはり我輩は大地の民の作る料理の方が好きですな」
「お、おう……ありがとよ。しかし、なんつーか……」
「凄まじい光景ですわね。夢でも見ているのかと錯覚してしまいそうですわ……」
奇妙奇天烈な方法でシチューを食べる(?)ヴェルダンディーを見て、シャスティとアンジェリカは唖然としながらそう呟く。まあ、無理のないことだが。
それでも、次第に馴れてきたらしくシャスティたちもヴェルダンディーに質問を浴びせる。それに対し、紳士は嫌な顔一つせずに――そもそも嫌な顔を出来るのかは不明だが――答える。
「なあ、魔の貴族ってどんくらいいるんだ? 流石におっさんとラ・グーだけじゃあねえんだろ?」
「ふむ、そうですな。流石の我輩も、正確な数は計りかねますなぁ。何しろ、直系非直系を問わず日々増えておりますので。少なくとも、三千はゆうに越えるでしょうな」
「さ、三千……ラ・グーみてぇなのがそんなにいるのかよ……」
「まあ、大魔公といえども完全な一枚岩ではありませんがね。我輩やその主のように大地に友好的な者もいれば、かつての我が友のように敵対的な者もいますから」
「……そういえば、さっき言ってたグランザームって人が、ヴェルダンディーさんのお友達なんですか?」
シャスティの問いへの答えから、ふと疑問を抱いたアゼルが疑問を投げ掛ける。すると、ヴェルダンディーの炎が青から緑へと変わった。
「……ええ。我輩やその主の良き理解者でもありましたよ、彼は。己より強き者と戦うことに喜びを見出だす、根っからの武人気質なお方であった」
「あの、無礼を承知でお尋ねしますが。その方は、すでに鬼籍に入られていらっしゃいますの?」
アンジェリカが問うと、ヴェルダンディーは頷く。そして、昔を懐かしむかのように語り始めた。
「今よりちょうど千年前、とある大地に住まう者たちの手で討たれた、と。そう主より聞かされた。我輩も主も、あの時ばかりは仰天したものだ。暗域でも上位五指に入る実力者が、敗れたのだから」
「……それは、辛いですね」
「なに、切った張った、殺した殺されたは世の習い。確かに、友を失ったことは悲しいが、それ以上に……我輩は興味が湧いた。グランザームを屠ったのが、何者だったのか」
「で、誰だったんだよ、あんたの友人を倒したのは」
シャスティがそう言うと、紳士はランタンの蓋を閉じ、天を仰ぎながら答える。
「……ベルドールの七魔神と呼ばれる者たちだった。我が友を滅ぼしたのはな。我輩も挑んでみたのだが……いやぁ、なんとも素晴らしい手練れたちだった!」
「へ? お、怒ったり憎んだりはしなかったんですか?」
「確かに、最初はそのような感情があったが……実際に顔を合わせて人柄を知った時にはもう、そのような感情は消えていた。貴君らにも紹介したいくらいだよ」
「は、はあ……」
ヴェルダンディー自身は特に怨みの感情を抱いてはおらず、それどころか彼らと懇意にしているらしい。一通り話をした後、夕食を終えアゼルたちは翌日に備え眠ることにした。
「我輩が見張りをしているから、安心して眠るといい。砂漠を旅する者たちの朝は早いと聞くからな」
「済まんな。だが、お前さんは寝なくていいのか?」
「はっはっはっ、心配ご無用。我輩は闇の眷属、一晩寝なくとも問題はない」
「そうか、ありがとうよ。では、その好意を受け取っておく」
最後まで起きていたツィンブルはそう礼を言いアゼルが寝ているテントに入る。翌朝、真っ先に目が覚めたアゼルが外に出ると、紳士の姿はなかった。
「あれ? ヴェルダンディーさん、どこ行っちゃったんだろ……ん、これは……手紙?」
キョロキョロと周囲を見渡していたアゼルは、テントの入り口のところに封筒が置いてあるのを見つける。封を破ると、中にはアゼル宛ての手紙が封入されていた。
『アゼルへ。申し訳ないのだが、我輩の主より呼び出しがかかった。朝日が昇ったら、すぐに暗域へ戻らねばならぬ。故に、この手紙と贈り物を残しておく。貴君らの旅の安全を祈っているよ。よき旅を!』
「そっか、ヴェルダンディーさん帰っちゃったのかぁ。贈り物……多分、これかな?」
そう呟きながら、アゼルは手紙と共に封筒に入れられていたモノを取り出す。紅い宝玉が嵌め込まれ、蝶をモチーフにした美しいブローチだった。
「いい人だったなぁ。また会えたらいいな」
そう呟き、アゼルはツィンブルを起こしにテントへ戻るのだった。




