69話―いざ、砂漠へ!
「よっし! 早速出発するぞ。ぐずぐずしちゃあいられねぇからな」
「はい! ……で、まずは何をするんですか?」
シャスティの言葉に力強く答えたものの、アゼルは砂漠を旅するための知識を持っていない。このまま何の準備もなく砂漠に出れば、あっという間に死ぬ。
そのくらいしか分かっていなかった。見事に出鼻を挫かれ、シャスティは思わずずっこけてしまう。
「まずはだな、砂漠の横断に精通したガイドを雇う。アタシらだけじゃ、砂漠を越えるのは無理だからな。後は、ありったけの水と食料……出来れば保存の利くやつを買う」
「なるほど、分かりました。じゃあ、ぼくとアンジェリカさんで買い出しに行ってきますね」
「いや、アタシも行くよ。この国の商人どもは、外国人だと分かるとえらいふっかけた値でモノを買わそうとすっからな。金はたんまりあるけど、無駄遣いは避けねえと」
そんなわけで、まずアゼルたちは旅に必要な物資を調達することとなった。ゾーリートンの市場で干し肉や乾パン、干しブドウなどの食料や、水がたっぷり入った革袋を購入する。
「買ったモンは全部アンジェリカのポーチに入れりゃいいだろ。なんでも好きなだけ、容量を気にせず入れられて、おまけに重さは増えない……便利なもんだよなぁ」
「ええ。お父様からいただいた、大切な魔法のポーチですわ。とっても希少なマジックアイテムですのよ?」
市場での買い物を終えたアゼルたちは、シャスティに連れられて続いて町の中央にある観光案内所へ向かう。ここで、砂漠のプロフェッショナルを雇うのだ。
案内所に入ると、ドアの上の方についている呼び鈴が鳴る。受け付けの奥で書き仕事をしていた従業員が音に気付き、アゼルたちの方へやって来た。
「いらっしゃ~い。異国の方ですね~。今日はどんなご用ですか~?」
「アタシら、こっから南西にあるバラザットの町に行きてえんだよ。そこまで案内してくれるヤツを雇いたい」
「バラザット、ですか~。いいところですよ~、あの町は。オアシスの近くにあって、大きなお風呂屋さんがあるんですよ~。皆さん、観光ですか~?」
「まあ、そんなもんだな」
「なるほど~。かしこまりましたぁ~、少々お待ちを~」
おっとりした口調でやり取りをした後、従業員は奥に戻り資料をあさりはじめる。しばらくして、いくつかの紙束を持って受け付けに戻ってきた。
「お待たせしましたぁ~。今の時期は砂嵐もなく、絶好の旅日和なので依頼を受けたいガイドさんがいっぱいいますよ~。私としては、この人をオススメします~」
「ふーん、どれどれ……おっ、こいつは……」
「どうしたんですか? お姉ちゃん」
「ああ、このツィンブルってガイド、昔アタシとアストレア様が修行の旅をしてる時に雇ってたんだよ。なっつかしいなー、まだガイドやってんのか」
どうやら、従業員が提示したガイドの中にシャスティの知り合いがいたらしい。
「あら~、お知り合いなんですね~。ツィンブルさんは砂漠ガイドを十八年されている大ベテランですから~、実力は保証しますよ~」
「こっちとしても、見ず知らずのガイドよりは顔見知りの方が気が楽だし……アゼル、アンジェリカ。ツィンブルさんに頼んでもいいか?」
「はい、ぼくはそれでも大丈夫ですよ」
「わたくしも異存はありませんわ」
ガイドの件はシャスティに一任するつもりでいたアゼルとアンジェリカは異論を挟まず、賛成の意を示す。話がまとまり、早速従業員はツィンブルに連絡を取る。
懐から連絡用の魔法石を取り出し、件のガイドへ仕事の依頼を行う。
「もしもし~、ツィンブルさんですか~?」
『おう、なんだ? 仕事の依頼か?』
「はい~、ツィンブルさんに~、バラザットまでのガイドを依頼したいというお客様が来ておりまして~。頼めますか~?」
『バラザットか……久しくあっちの方には行ってないな。いいぜ、俺が引き受ける。今からそっちに行くから、依頼人に待ってもらっててくれ』
「はーい、かしこまりました~」
連絡を終え、従業員はアゼルたちにツィンブルが依頼を引き受けてくれたことと、今から観光案内所に来ることを伝える。ガイドが到着するまでの間、三人は待合室でのんびりする。
「それにしても、よかったですね。こんなに早くガイドが見つかって」
「ああ。ツィンブルさんはすげえんだよ。砂漠に住むギュールウォームっーでけぇイモムシの魔物がいるんだけどよ、そいつをたった一人で狩っちまうんだぜ」
「ギュールウォーム……お父様から聞いたことがありますわ。なんでも、馬十頭を一呑み出来るほど、巨体な魔物だとか……」
「ふええ……そのツィンブルさんって人、本当に凄いんですね」
「ああ。見た目はちっとイカついが、気が優しくて力持ち……って言葉がピッタリ合う人さ。……お、来たみたいだな」
ツィンブルについてシャスティが話していると、足音が近付いてくる。そして、二メートルはゆうに越えるであろう、筋骨隆々な男が入ってきた。
砂色の服とターバンを身に付け、背中に巨大なサーベルを背負った男……ツィンブルはシャスティに気付くと嬉しそうな表情を浮かべる。
「ああ、あんたは八年前の! 久しぶりだなぁ、元気にしてたかい?」
「よう、ツィンブルさん。またよろしく頼むよ。こっちのおちびがアゼル。で、こっちのがアンジェリカ。今回の旅の仲間だ」
「アゼルと申します。あなたがツィンブルさんですね、よろしくお願いします」
「ああ、よろしくな。こんなちっこいのに砂漠を旅しようって気概、気に入った。そっちの嬢ちゃんも、仲良くやろうな」
「ええ。道中、よろしくお願いしますわ」
大柄な体格には似合わない人懐っこい笑みを浮かべながら、ツィンブルはそう口にする。うんうんと頷いた後、従業員の方へ顔を向けた。
「俺の方はもう準備が手来てる。いつでも発てるぜ」
「分かりました~。では、こちらの方で手続きはしておきますね~。あ、そうそう。最近、バラザット方面の砂漠でよく分からない目撃情報があるんですが……」
「ああ、俺も聞いた。例のランタン頭の妖怪だろ?」
「よ、妖怪ですか?」
ツィンブルたちの話に、アゼルは思わず質問を投げ掛ける。そんな少年に、ツィンブルは腕を組みつつ答える。
「ああ。ここ数日、砂漠のあちこちでヘンな目撃情報が出てるんだよ。ランタンの頭をした、燕尾服の妖怪が出るって。まあ、今のところ危害を加えられた、って話はないが……」
「ランタン頭の妖怪……どこかで聞いたことがあるような気がしますわね……」
「ま、砂漠は広い。そうそう出会うこともないだろうさ。仮に出会っても、まあなんとかなるだろう。じゃあ、そろそろ出かけるとするか。準備は出来てるかい?」
首を傾げるアンジェリカをよそに、ツィンブルは呑気にそう口にする。そして、用意はいいかとアゼルたちに問いかけた。
「はい、ぼくたちは大丈夫です。水と食料は、全部アンジェリカさんの魔法のポーチの中にしまってありますから」
「ほう、用意のいいことだ。んじゃ、行こうか。ラクダの乗り方をレクチャーしなきゃならんから、まずは乗り場に行くぞ」
「ああ。よろしくな、ツィンブルさん」
ツィンブルはアゼルたちを連れ、町の外れにあるラクダの待機所へ向かう。そこでラクダの乗り方をアゼルたちに教え、指導をする。
「わっとと……ラクダさんって、凄く前後に揺れるんですね」
「ああ。ラクダは立ち上がる時、必ず後ろ足から上げる。それさえ覚えれば、そうそう振り落とされるこたぁないさ。みんな、もう大丈夫かな? さあ、出発だ!」
総勢八頭のラクダと共に、アゼル一行はゾーリートンを出立する。目指すは、オアシスの町バラザットだ。
「わわっ、揺れる揺れる……」
「ら、ラクダって馬とはだいぶ揺れ方が違いますのね……うぷっ、あらかじめ吐き気止めを飲んでおけばよかったですわ……」
この時、アゼルはまだ知らなかった。砂漠の旅をするなかで、新たなる出会い……そして、愛しい仲間との再会が待っていることを。




