68話―砂漠への旅立ち
リグロウを撃破し、ひとまず危機は去った。アゼルたちはゼヴァーにもらった転移石を使い、目的地へ転移しようとするが……。
「アゼルくん。少し、いいかな」
「? どうしたのですか、グランドマス……ター?」
突如、メルシルがアゼルに声をかけてきたかと思うと、不意に抱き締めてきたのだ。突然のことに、アゼルは戸惑ってしまう。
「すまない。先ほどの君の戦いを見ていたら、つい感極まってしまってね……。君の父上、イゴールとそっくりで……在りし日の彼を、思い出してしまったよ」
「グランドマスター……。ありがとう、というのは少し違うかもしれませんけど……ぼく、嬉しいです。お父さんに少しでも近付けているというのが、凄く」
「ああ。誇りを持ちなさい、アゼルくん。さ、もう行きなさい。君の無事を祈っているよ」
メルシルの言葉に頷いた後、アゼルは転移石を起動する。アゼル、シャスティ、アンジェリカの身体が光に包まれ、ゆっくりと透けていく。
そして、三人の視界が白く染まった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「報告致します、法王猊下。『シシスの薬箱』の隊長、リグロウの生命反応が消失しました。おそらく、例の末裔に返り討ちにされたものかと」
「使えぬ奴め! 全く、情けない。まあよい、そちらにはまた別の特務部隊を差し向ける。で、アストレアの動向は分かったのか?」
「いまだ不明です。すでに教国を脱出したことは分かっていますが、その後の足取りがぷっつり途絶えておりまして……」
「ええい、どいつもこいつも役立たずめが! チッ。もうよい、下がれ! お前たちは大至急、アストレアの足取りを追うのだ!」
激昂するゼルガトーレに平謝りしつつ、部下の司祭は聖刻の間を出ていった。不機嫌そうに椅子の肘掛けを指で叩いていると、背後から声が聞こえてくる。
「だいぶお怒りだな、ゼルガトーレのダンナ。あんま怒ると、寿命が縮むぜぇ~?」
「む……ゾダンか。お前たちの方は何か収穫があったか?」
「ああ。そりゃたっぷりあったぜ。オレたちの情報収集能力、舐めてもらっちゃ困るぜぇ」
錆び付いた鎧から不愉快な金属音を発しつつ、ゾダンはゼルガトーレの前に移動する。教会の使者や特務部隊と平行して、彼ら闇霊もアストレア捜索をしていたのだ。
「あのアストレアとかいう女はエルプトラ首長国に身を隠してやがるようだ。もっとも、あの国のどこにいるかまではまだ判明してねえがな。そっからはまだ調査中だ」
「いや、それが分かっただけでも朗報だ。礼を言うぞ、ゾダン。全く、教会の諜報部もお前たちを見習ってほしいものだ」
独自の情報網を持つ霊体派のネクロマンサーたちの手によってアストレアの潜伏先が判明し、ゼルガトーレは喜ぶ。が、ゾダンは浮かない顔をしていた。
調査を進めている途中で、何かよくないことが起こったらしい。
「喜んでばかりもいられねぇ。よりによって、あの国に暗域から大魔公が来てやがった。そいつに、同胞が十人ばかり返り討ちにされたぜ」
「……なんだと? まさかラ・グー様の同志か?」
「いーや、違ったよ。ヴェルダンディー……親創世六神派で知られる、面倒な奴だ」
ゾダンの報告に、ゼルガトーレは顔をしかめる。ヴェルダンディーの存在は、彼も知っていた。ガルファランの牙が崇めるラ・グーとは、敵対する間柄なのだから。
「チッ、そうであれば話は変わるな。一度大教祖様に御伺いをたてねばならぬ。我らの全戦力を投入しても、ヴェルダンディーは勝てる相手ではない」
「とりあえず、こっちもこっちで調査は継続するが……ま、のんびり待っててくれや。朗報をよ」
そう言い残すと、ゾダンは溶けるように己の影の中に消えていった。一人残ったゼルガトーレは、椅子から立ち上がりゆっくりと歩き出す。
大教祖ガルファランがいる、組織の総本山へ報告をしに行くためだ。独断で動くには、あまりにも相手が悪すぎる。そう考えてのことだった。
「全く、次から次へと問題ばかり……まあいい。我らにはまだいくらでも切れるカードがある。焦ることはない。じっくりと追い詰めてやる。末裔のガキも、アストレアも、な」
◇―――――――――――――――――――――◇
「着いた、な」
「そうみたいですね。うわっ、日差しがすごい……」
その頃、アゼルたちはエルプトラ首長国の北端、アークティカ帝国との国境の近くにある町、ゾーリートンにある公園に到着していた。大通りには露店が並び、活気のある声が響いている。
「わあ、みんな面白いかっこしてますね。頭に巻いてるのは……」
「あれはターバンと言いまして、砂漠の民が風に乗って飛んでくる砂から顔を守るために身に付けている民族衣装ですのよ」
「そうなんですね。アンジェリカさん、物知りなんですねぇ」
「おほほほ、左様ですわ。……それにしても、わたくしたちこれからどうすればよろしいのでしょうか」
アゼルに誉められ、有頂天になったのもつかの間、アンジェリカはポツリと呟く。ゼヴァーからエルプトラに行けと言われたはいいものの、そこからどうすればいいのか聞かされていない。
ゼヴァーの口振りから、この町にアストレアが潜伏しているとは到底考えられない。あまりにもアークティカに近すぎて、逃亡先としては不適格にも程があるからだ。
「どうしたもんかねぇ……ん? なんだ、おちび。迷子にでもなったのか?」
「……」
しばらくアゼルたちが悩んでいると、シャスティの修道服の裾を誰かが引っ張る。シャスティが下を見ると、小さな女の子がじっと見上げていた。
「……あなた、アークティカのシャスティさん?」
「んあ? そうだけど……なんでそんなことを聞く……って、なんだこれ? 手紙?」
無言でシャスティを見つめた後、女の子は唐突にそう質問を投げ掛ける。シャスティが答えると、女の子は懐から手紙を取り出し押し付けた。
「……わたしたよ。アストレアさまのおてがみ」
「え? お前、ちょっと待て!」
小さな声でそう呟くと、女の子は走り出し人混みに紛れ行方をくらませてしまう。アゼルたちと顔を見合わせた後、シャスティは手紙の封を切り、中の便箋を取り出す。
――シャスティへ。この手紙が無事、あなたに届いていればいいのですが。私は今、エルプトラ首長国のある場所に身を寄せています。その理由は、もうあなたも分かっていますね?――
「……この字、間違いねえな。アストレア様の手紙だ」
そう呟いた後、シャスティは手紙の続きを読みはじめる。
――法王がアゼルさんを神敵と認定し、是が非でも抹殺せんと動き出しています。同時に、私にも魔の手が迫っていると直感し、教国から脱出しましたが……法王の変心の理由に、一つ心当たりがあります――
「変心……一体、どうして法王さんはいきなりぼくを敵視しはじめたんでしょう……」
「さあなぁ。この手紙を読みゃ、分かるかもな」
そんなやり取りをしつつ、シャスティは手紙に目を通す。
――これは私の予想ですが、おそらく法王はガルファランの牙、もしくはソレに連なる組織と通じている可能性があります。そうでなければ、アゼルさんを狙う理由がありません。真相を暴くためにも、アゼルさん、私はあなたと会わねばなりません――
手紙に記されていたアストレアの推測に、アゼルはようやく合点がいった。法王がガルファランの牙に迎合し、協力関係にあるのならば、抹殺に意欲を出すのも頷ける。
――この手紙は、あらかじめ私の腹心の聖女見習いとゼヴァーで打ち合わせをし、ゾーリートンでシャスティの手に渡るよう手筈を整えてあります。ですが……万が一に備え、この手紙には私の居場所は記しません――
「ええっ!? それじゃあ結局、聖女長様の居場所は分からないじゃありませんの!」
「だーってろ、アンジェリカ。まだ続きがある」
――シャスティ。かつて貴女と二人で、この国を巡り修行の旅を行いましたね。貴女と共にたどった道のりに、私の居場所を示すヒントを残しました。それを頼りに、私の元へアゼルさんをお連れしてください。頼みましたよ、私の愛しい娘よ――
手紙はそこで終わっていた。アゼルたちがアストレアの居場所を見つけ出すには、シャスティの記憶を手がかりにするしかないらしい。
「へっ、上等だよ。アタシがあの人と旅した場所を忘れるわけねえだろっての。行こうぜアゼル。さっさとアストレア様と合流するんだ!」
「はい! 頼りにしてますね、シャスティお姉ちゃん!」
「ああ、任せな!」
砂漠の国で、聖女長を探すための旅が始まった。




