60話―竜を屠るは英雄の誉れ
「や、やった……の?」
「……まだ分かりません。ごく僅かですが、まだ相手の生命反応があります。油断は出来ませんよ」
必殺の一撃が放たれ、ガズィーゴは光の中に呑まれた。濃い白煙が立ち昇り、相手の全身を覆い隠していたが、少しずつ晴れていき……瀕死の重傷を負ったガズィーゴが現れた。
「ぐ、が……。まだ、だ……」
「くっ、完全には仕留められませんでしたか……!」
ファティマの最大奥義を受けてなお、ガズィーゴは絶命していなかった。いくばくもない命を燃やし、執念で無理矢理身体を動かし前へ進む。
「我、は……悪食の、竜……ガズィ……ゴ……。こんな、ところで……敗れる、わけには……いか、ぬの……だ……」
「くっ、兵士たちよ、かかれ! 奴を倒すのだ!」
「無理です、隊長……奴を抑え込むのに魔力を使い果たして……まともに動けません……」
なおも動き続けるガズィーゴを止めようとする兵士たちだが、皆疲れ果て戦うことはほぼ不可能な状況にあった。ファティマも重傷を負い、動けるのはアゼルのみ。
そのアゼルも、持てる魔力の全てをファティマに注ぎ込んだため、新たにスケルトンを創り出す余力は残っていない。故に、少年が選んだ方法は一つだった。
「こうなったら……ぼく自身で、ガズィーゴを倒します! この凍骨の大斧で!」
「いけません、いくらなんでも危険過ぎます! アゼルさん、お戻りください!」
「ダメです、もしガズィーゴが兵士さんたちを食べて回復されたら、もう勝ち目はなくなってしまいます。皆を守るためにも……ぼくがやらなくちゃいけないんです!」
ファティマの制止を振り切り、アゼルは己の身体に鞭打って走り出す。すでに魔力は空っぽだったが、それでも闘志だけは尽きることがない。
「ぼくが力尽きる前に、お前を倒す! ガズィーゴ、覚悟!」
「貴様ァァ……どこまでも……目障りなァァァァ!!」
「これで終わりです! 戦技……アックスドライブ!」
走り寄ってくるアゼルに、ガズィーゴは最後の力を振り絞り腕を振り下ろす。よろめきながらも攻撃を避け、飛び上がったアゼルは全身に力を込め……今度こそ、トドメを刺した。
全身の骨を軋ませ、斧を振り抜きガズィーゴの首を一刀両断する。ファティマの攻撃で強度が失われた鱗は、今のアゼルでも容易く切り裂くことが出来た。
「バ……カ、な……」
「お前が喰らったセルトチュラと共に、地獄に墜ちろ!」
己の敗北を信じられず、目を見開いたままガズィーゴは完全に息絶えた。床に開いていた口も消え、ミルバレッジを包む結界も消え去り……静寂が戻る。
「や……やった。諸君! 我々は勝ったぞぉぉぉ!!」
「わあああぁぁぁ!!」
ガズィーゴの巨体が崩れ落ち、塵へ変わっていくのを見ながら兵士たちは歓声を上げる。アゼルとファティマのおかげで、イスタリアは救われたのだ。
「凄い、凄い! あんな大きな竜を倒しちゃうなんて!」
「まさか、あの男の子が噂の末裔様だとは……。ありがたや、ありがたや……」
博物館の中から戦いの様子を見守っていた市民たちも、勝利を喜びアゼルやファティマ、兵士たちを讃える。その最中、シャスティたちが戻ってきた。
「アゼル、大丈夫か!?」
「シャスティお姉ちゃん……。はい、ぼくは無事ですよ。ちょっと疲れちゃいましたけど」
「ああ、よかったですわ……。無事敵も倒せましたのね……って、あら? あのメイドさん、どこに行ってしまわせたのでしょう?」
アゼルの無事を確認し、ホッと胸を撫で下ろしていたアンジェリカは、ファティマがいなくなっていることに気が付いた。アゼルやソルディオも、周囲を見渡す。
「確かに、姿が見えぬな。特徴的な肌色をしているから、居ればすぐ分かるはずだが……」
「ファティマさん、大丈夫でしょうか……あんな酷い怪我をしているのに……」
腹を貫かれるという大怪我を負ったファティマを心配し、アゼルはそう呟く。その頃、街の外にある湖に、プカリと浮かぶモノがあった。
「おのれ……まさか我が敗れるとは。だが、奴にトドメを刺される前に心臓は逃がせた……。いずれ回復したら、復讐してやる……」
ガズィーゴは己の敗北を悟り、残った魔力を使い死の直前に心臓を分離、外へ逃がしていたのだ。このまま湖を漂い、安全圏に逃げようとするが……。
そこへ、羽ばたきの音と共に、一つの影が近付いてくる。現れたのは、新緑の翼を持つ、フクロウのような姿をした女の獣人であった。
「やっぱりねぇ。そんな腹積もりだろうと思っていたよ。外で待機していて正解だった」
「!? なんだ、貴様は! この魔力……あの青肌の仲間か!」
「そうさ。でも、名乗るつもりはないよ。手早く君を消さないといけないからね。じゃ、さようなら」
「グッ……ガアアアアァァ!!」
どこからともなく現れた巨大な両刃の斧を振り下ろし、女はガズィーゴの心臓を両断する。断末魔を残し、悪足掻きも虚しくガズィーゴは完全に消滅した。
「ファティマ、これで終わったよ。それにしても、だいぶ腕が落ちたねぇ。こんな見落としをするなんてさ」
「申し訳ありませんね、ミス・ダンスレイル。貴女が加勢してくれれば、もっと早く終わったのですがね」
滞空している女の側にワープホールが開き、そこからひょっこりとファティマが顔を覗かせる。腹の傷を押さえつつ、嫌みたっぷりにそう言い返す。
「いやね、私も最初は加勢しようと思っていたんだけどね……あの子、アゼルくんと言ったかな。彼を見ていると、私がいなくても勝てるような気がしたんだ」
「それで、静観に努めたと?」
「そうそう。ま、実際彼が見事このいびつな竜を倒したからね、私の予測は当たったよ。これにて、千変神サマのミッションもコンプリートさ」
「そうですね。ソウルユニゾレイターは、持ち主と共にこの竜に喰われ……ガズィーゴも死にました。もう、この大地でわたくしたちがすべきことはありません。帰りましょうか」
ファティマの言葉に頷き、フクロウの獣人はワープホールの中に入る。大地と大地を繋ぐ門が閉じていくなか、ファティマは搭を見ながらポソッと呟く。
「……さようなら。ミスター・アゼル。あなたのような誇り高き戦士と共に戦えたこと……わたくしは決して忘れませんから」
別れの言葉を残し、ワープホールが閉じた。そして、湖に静寂が戻った。
◇―――――――――――――――――――――◇
ミルバレッジでの戦いから、十日ほど経った頃。ヴェールハイム魔法学院での代理教師生活最後の日がやって来た。アゼルは校長室にて、親しくなった者たちと別れの言葉を交わす。
「ブヒッ、アゼルさん、この一ヶ月本当にありがとうございました。いろいろ問題もありましたが……こうして全て丸く収まったのも、あなたのおかげです」
「当学院の理事長として、私からも礼を言わせてもらおう。アゼル殿、本当にありがとう。感謝を込めて、報酬に色を付けておいた。これからの生活に役立ててくだされ」
「いえ、ぼくは自分に出来ることを精一杯やっただけですから。それに、この学院での生活……とっても、楽しかったです」
セルベルとラーブス理事長から感謝の言葉をかけられ、アゼルはそう返す。生徒や教師たちと過ごした日々は、アゼルにとって素晴らしい思い出となったようだ。
「また来てくれよなー! オレたち、いつでも歓迎するぞ!」
「するぞー!」
「ありがとうございます、キキル先生にロロム先生。それじゃあ、お元気で」
別れの言葉をかけ、アゼルは仲間が待つ校門へ向かう。その途中、生徒会のメンバーを引き連れたデューラがやって来た。手には小さな包みと、一枚の色紙を持っている。
「アゼル先生! よかった、間に合った」
「デューラさん……それに、生徒会の皆さんも。見送りに来てくれたんですか?」
「ええ。先生、これまで本当にありがとう。そして、ごめんなさい。あなたには、たくさん迷惑をかけてしまいました……」
そう言いながら、デューラたちは頭を下げる。そして、手に持っていた包みと色紙をアゼルに手渡す。
「各学年の代表生徒を集めて、感謝の寄せ書きを作りました。それと、料理研究会の子たちと作ったクッキーも……どうか、受け取ってください」
「わあ、ありがとうございます! この寄せ書き、一生の宝物にしますね!」
生徒たちからのプレゼントを受け取り、アゼルは嬉しそうに破顔する。そんなアゼルを見ながら、デューラは……。
「……アゼル先生。私、決めました。この学院を卒業したら、いつかあなたのようなネクロマンサーになると。もし、私がネクロマンサーになれたら……その時は、私を仲間にしてくれますか?」
顔を真っ赤にしながら、デューラはそう口にする。目を丸くしていたアゼルは、にっこり笑いながら嬉しそうに頷いた。
「はい! その時が来るのを、楽しみにしてますね!」
「ありがとうございます、アゼル先生。私、頑張りますから! 約束します、必ず……ネクロマンサーになるって!」
デューラと約束を交わし、別れた後アゼルはシャスティたちの元へ向かう。報酬の金貨が入った大きな袋を担いだシャスティとアンジェリカは、アゼルを見て手を振る。
「おせーぞ、アゼル。さあ、帰ろうぜ。アークティカによ」
「そうですね……って、ソルディオさんはどこに?」
「武者修行の旅に出ましたわ。アゼルさまによろしく、と言っていましたわよ」
「そうですか……最後にお話したかったのですけど、もういないなら仕方ありません。ぼくたちも、帰りましょう!」
アゼルたちは待機していた馬車に乗り込み、故郷へと帰っていく。イスタリアでの戦いは終わり……一つの物語が、幕を閉じた。
数多くの出会いと別れ、思い出を残して。




