43話―授業再開……?
翌日の朝。ある程度回復したアゼルは、早速復帰して教師の仕事を再開する。左腕をアームホルダーで固定し、あまり肩に負担がかからないようにされていた。
先日出来なかった七年生の授業をするべく、アゼルは付き添いのリリンと共にDクラスへと向かう。校舎の中はすっかり元通りになっており、戦いの痕跡は残っていない。
「すっかり綺麗になりましたね、校舎の中。あちこち汚れていたのに」
「大規模な清掃魔法を使える者がいるそうだ。ま、そうでもなければこんな広い建物内の掃除などやってられまいて。……っと、ついたぞ、アゼル」
「そうみたいですね。よーし、昨日授業が出来なかった分、頑張りますよ!」
気合いを入れて、アゼルは教室の扉を開け中に入る。一年生とは違い、七年生たちは自分の席につき、静かにアゼルが来るのを待っていた。
授業の始まりを告げる鐘の音が鳴り響くと、一人の男子生徒が号令をかける。
「きりーつ! 気を付け! 礼!」
「よろしくお願いしまーす!」
始業の挨拶をした後、生徒たちは席に座る。アゼルは教卓の中にしまってあったクラス名簿を引っ張り出し、欠席者がいないかチェックを行う。
「えーと、みんないるみたいですね。それじゃあ早速、昨日出来なかったネクロマンサー学科の授業を始めます! では、着替えて体育館に行きましょう!」
「はーい」
一年生に負けず劣らず、元気に返事をする生徒たち。彼らが体操服に着替えた後、アゼルは体育館へ彼らを連れていく。座学をすると思っていた生徒たちは、不思議がっている。
「体育館だなんて、一体何をするんだろう」
「一年生の時みたいに、スケルトンでチャンバラでもするのかもしれないぞ。俺たち、自分のタリスマンはもうあるし」
「うーん、でももう私たちそんな歳じゃないし……楽しそうだけれど」
思い思いにそんな雑談をしながら、生徒たちはアゼルの後ろについて体育館へ向かう。生徒たちを並べ、アゼルは本日の授業についての説明を始めた。
「えー、今日の授業では、皆さんのネクロマンサーとしての力を見せてもらいます。まずは五人一組になってください」
「分かりましたー」
アゼルの指示の元、生徒たちは仲の良い友だちとグループを組む。しばらくして、アゼルは八体のスケルトンを創り出しつつ、リリンにある頼み事をする。
「リリンお姉ちゃん、体育館の床にサークルを八つ描いてください。なるべく大きいのを」
「分かった、任せておけ。ハッ!」
リリンは丸い魔法のロープを作り出し、体育館のあちこちへバラ撒く。準備が終わった後、アゼルは八体のスケルトンをそれぞれのサークルへ配備する。
サークルに囲まれた床には、AからHまでの文字が浮かび上がる。授業を円滑に進めるための、ちょっとしたリリンの気遣いのようだ。
「今日の授業は至ってシンプルです。終わりの鐘がなるまでの間に、ぼくが操るスケルトンを皆さんが操るスケルトンで倒してもらいます」
「ええっ!? せ、先生のスケルトンを倒す!?」
アゼルの言葉に、生徒たちはどよめく。七年生とはいえ、彼らの実力は骨に毛が生えた程度しかなく、とてもではないがアゼルには敵わない。
……一対一であれば。
「あはは、大丈夫ですよ。五人一組になってもらったのは、実力の差を埋めるためです。ぼくのスケルトンをサークルの外へ押し出すか、バラバラに出来れば皆さんの勝ち。簡単でしょう?」
「なるほど、一人じゃ勝てなくても……」
「みんなで力を合わせれば、先生のスケルトンに勝てるかも!」
一人ひとりは新米以下のぺーぺーでも、五人集まれば対抗出来る可能性が見えてくる。何より、アゼルと生徒たちでは勝利するための前提条件が違う。
生徒たちは自分のスケルトンの操作にだけ集中すればいいが、アゼルは同時に八体のスケルトンを操らねばならないのだ。並大抵の集中力では、すぐ総崩れになる。
「授業が終わるまでぼくのスケルトンがサークルの中に残っているか、皆さんのスケルトンを全滅させたらぼくの勝ちです。両方のスケルトンが残ってたら、引き分けになります」
「ちなみに、負けた奴らには宿題が出るぞ。スケルトンをどう動かせばよかったのか、分析してレポート四枚を書いて週明けまでに提出してもらう」
「ええーー!?」
意地の悪い笑みを浮かべつつ、リリンはそう口にする。明日からの二日間は、授業のない安息日なのだ。せっかくの安息日をレポートの作成に費やすのは、誰だってごめんである。
絶対に負けられないと、生徒たちは闘志を燃やす。レポートを書きたくないのは勿論だが、アゼルに勝てれば他のクラスの友人や下級生に自慢出来るという野心もあった。
「よーし、やってやろうぜみんな! アゼル先生のスケルトンを倒して、楽しい週末を過ごすんだ!」
「ええ、やるわよ! 先生に勝ったら、みんなに自慢出来るしね!」
「足引っ張らねえようにしねえといけねえな、こりゃ!」
わいわい騒ぎながら、生徒たちの各々スケルトンを創り出す。が、アゼルのモノに比べれば、骨の形はイビツで動きもどこかぎこちない。
余裕たっぷりにバレエを踊っているアゼルのスケルトンたちに比べれば、まさに月とスッポン、ワイバーンと大トカゲ。勝敗は目に見えていた。
(この戦い、始める前から勝負あったな。浮かれているせいで、相手の観察もろくすっぽしておらん。これが実戦なら、もう死んでいるぞ、こやつら)
自分たちが負けるとは微塵も思っていない生徒たちに呆れながら、リリンは心の中でそんなことを呟く。彼女の心など全く知らず、生徒たちはそれぞれが決めたサークルへ向かう。
「準備はいいですね? それでは、はじめ!」
アゼルがそう叫ぶと、リリンが持ってきたホイッスルを吹く。真っ先に動いたのは、Cサークルを選んだ生徒たちだ。
「先手必勝だぁ! お前ら、いくぞぉ!」
「おおー!」
「やっちゃえー!」
粗末な魔力の棒を持ったスケルトンたちは、ヨタヨタと歩きながらアゼルのスケルトンを取り囲む。五人で相手を包囲し、逃げ場をなくすのはいい判断であったが……。
「遅いですね、そんなのんびりしていたらぼくには勝てませんよ? それっ!」
「わっ、はやっ!?」
「ああっ、私のスケルトンが!」
無抵抗でやられてあげるほど、アゼルは甘くない。スケルトンを操り、華麗な回し蹴りで生徒たちの操るスケルトンを粉砕し、一気に全滅させてしまった。
口をあんぐり開け、唖然としている生徒たちの元に歩き寄り、アゼルはアドバイスを投げ掛ける。
「相手を甘く見たり自分たちの実力を過信していると、今のようになってしまいますよ。いつどんな時も気を抜かず、相手を囲んだら素早く仕留めましょうね」
「はい、分かりました……」
「うう、全くいいとこなかった……」
Cサークルの生徒たちはがっくりと項垂れ、体育館の隅で他の友人たちの戦いを見学する。彼らにアドバイスしていたにも関わらず、他のサークルのスケルトンは誰も倒されていない。
「ちょっとぉ、全然攻撃当たんないんだけど!? こっちの方全然見てないのに、なんでここまで操れ……ああっ、やられちゃった!」
「やべえぞ、先生のスケルトン速いだけじゃなくてめちゃくちゃ硬い! さっきから数十回は殴ってるのに、ヒビ一つ入らな……げっ、逆にやられた!」
他のサークルでも、散々な有り様であった。八体もスケルトンを操っているのに、どれも動きに乱れがなく、的確に生徒たちのスケルトンを戦闘不能に追い込んでいく。
運よく攻撃を当てられても、そもそもの耐久力があまりにも桁違い過ぎてまともにダメージを与えることすら出来ていなかった。それだけ、アゼルと生徒たちの実力に差があるのだ。
「強いって聞いてはいたけど、ここまでだなんて……」
「昨日のことといい、やっぱりアゼル先生って凄いんだなぁ……。もう、あと一組しか残ってないよ」
改めてアゼルの実力を思い知らされた生徒たちは、彼への尊敬の念を強める。最後に残ったBサークルの生徒たちも、すでに四人が敗れ残りは一人となっていた。
「なかなか粘りますね。動きも他の子たちと比べて機敏ですし、引き際も心得てます。感心感心」
「そう言ってもらえて光栄です、先生! なにしろ、ウチはネクロマンサーの家系ですから! まだまだ粘りますよ!」
「すげえ、シャナールの奴アゼル先生相手に戦えてるぞ!」
「いいぞーシャナール! 俺たちの仇を討ってくれー!」
どうやら、骨のある生徒が一人いたようだ。シャナールと呼ばれた男子生徒は、声援を受けて一気に反撃に転じ、アゼルのスケルトンへ猛攻を加える。
「はっ! やっ! たぁっ! どうですか先生、僕のスケルトンは!」
「とても筋がいいですよ、流石ネクロマンサーの家系なだけあります。でも……まだまだ、注意力が散漫なところがありますね!」
「へぁっ!? ず、頭上を飛び越えたぁ!?」
アゼルはスケルトンを操り、相手の攻撃の手が緩んだ隙を突いて跳躍させる。相手のスケルトンの頭上を飛び越えつつ、身体を捻って一撃を叩き込みサークルから吹き飛ばした。
「ああ……負け、ちゃった……」
「扱いに習熟すれば、今のようなアクロバットな動きをスケルトンに行わせることも出来ます。次はそこのところも留意して、もう一度たたか……むっ!」
シャナールのスケルトンを打ち破り、そう解説していたアゼルは、体育館の外から人の気配が近付いてくるのに気付いた。直後、体育館の扉が吹き飛び……。
「ハーッハッハ! ここにいたのか、随分探したぞ! 校舎じゅう見回ったが、意味なかったな! まあそれもよし!」
「あなた……何者なんですか?」
「俺か? 俺の名はソルディオ! 偉大なる聖戦の四王が一人、『太陽王』ギャリオン! ……のようになりたい男だ!」
「……ああ、また変な人が……」
ドギツイオレンジ色のマントをひるがえしつつ、バケツ型の兜を被った男はそう叫ぶ。またしても新たな波乱がやってきたことを悟り、アゼルは小さくため息をついた。




