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41話―闇霊『人喰い鬼』ビルギット

 猛吹雪が吹き荒れる迷宮の中を、ムルが駆け抜けていく。複雑怪奇につながる廊下と教室を進み、ビルギットの匂いをたどっていく最中、敵の分身たちが襲ってくる。


「ここから先には! 進ませねえ!」


「派手なお出迎えですね。なら、迎え撃つまでです! てやああっ!」


「うぐおあっ!」


 五人掛かりで襲ってきたビルギットの分身たちを、アゼルは凍骨の大斧を横薙ぎして一気に撃滅する。長い柄と巨大な斧刃による圧巻のリーチの前には、闇霊(ダークレイス)とはいえ為すすべもないようだ。


「す、すごい……一撃で五人を倒すなんて……」


『小娘よ、この機会によく目に焼き付けておくことだ。霊獣をも従える、英雄の力量というものをな。……っと、匂いが濃くなってきた。アゼル、もうすぐ敵のいる場所に着くぞ』


「分かりました。油断せずに行きましょう!」


 道を阻む者は全て打ち倒し、後は二人の闇霊(ダークレイス)、『人喰い鬼』ビルギットと『迷宮の奇術師』ラドゥーレを撃破するのみ。しばらく廊下を進み、扉を体当たりで破ると……。


「ここは……屋上?」


『そのようだな。匂いがさらに濃くなった。恐らくここに……』


「待ってたぜ、お前らが来るのをな! 挨拶代わりだ、これでも食らえ!」


 たどり着いたのは、授業棟の屋上だった。敵の姿を探していると、突如頭上からビルギットの声が響く。大口を開け、虎と鬼を混ぜたような半人半獣の姿になり、先制攻撃をしてきた。


 ムルは素早いサイドステップでビルギットの攻撃を避け、屋上の端へ逃れる。すると、落下防止用のフェンスが飴細工のように折れ曲がり、ムルの身体に纏わりつく。


『む、これは!』


「よく来たじゃないか、歓迎するよ。寒くて寒くて死にそうだったけれどもね! 動きは止めた、やりなビルギット!」


「任せとけぇ! タイガーファング!」


 空間に切れ目が開き、中から燕尾服を着た女――ラドゥーレが現れる。ムルの動きを封じ、アゼルたちを一網打尽にしようと狙っていたのだ。


 ビルギットは鋭い牙が生えた口を大きく開け、アゼルの喉笛を喰いちぎらんと飛びかかったいく。フェンスからの脱出が間に合わないと判断し、ムルは叫ぶ。


『アゼル、我を踏み台にして跳べ!』


「はい! てやあっ!」


「きゃあっ!」


 アゼルはデューラの腕を掴み、ムルの背中を蹴って跳ぶ。一旦ムルを守護霊の指輪に戻しつつ、ビルギットの頭上をすれ違いながら屋上の床に着地する。


「チッ、逃げやがったか! だが、オイラはしつこいぞ? 次は避けられまい!」


「逃げることなど許さないさ、ビルギット。私の迷宮空間(メイズディメンション)にいる限りね! ディメンション・コントロール!」


 フェンスを利用してバウンドし、勢いを強めて突進してくるビルギットに加え、アゼルたちがいる床の周囲がせり上がり、天井付きの壁となって逃げ道を塞ぐ。


 このままでは相手から逃げられず、鋭い牙の餌食になると思われたが……。


「逃げる? そんな必要はありませんよ。二人纏めて倒すつもりですからね! サモン・スケルトンガーディアン!」


「む? 面白い、こんな骨噛み砕いてやる!」


 逃げ道がなくなったのを逆手に取り、アゼルはスケルトンガーディアンを創り出して唯一の出入り口を塞ぎ、ビルギットの攻撃を防いだ。これで、しばらくは時間を稼げるだろう。


「さて、今のうちに……ラドゥーレを倒すための準備をするとしますか」


「で、でもどうやって倒すのです? 相手の意のままに空間を操られたら攻撃も当てられ……あっ、か、壁が!」


 不敵な笑みを浮かべながら守護霊の指輪に魔力を込めるアゼルに、デューラは心配そうにそう声をかける。その時、アゼルたちを閉じ込めているドームが少しずつ縮み始めた。


 ビルギットが手こずっているのを見たラドゥーレが、このままアゼルたちを圧殺しようと行動を開始したのだ。それでもなお、アゼルは慌てない。


「アゼルさん、このままじゃ私たち潰されてしまいます!」


「大丈夫、まだ慌てる時間じゃありません。この指輪には、ムルさん以外にも魔力を込めてある人がいます。その人たちを……今です、それっ!」


 恐怖と不安を煽るかのように、ゆっくりと迫ってくる壁と天井にデューラが怯えるなか、アゼルは冷静に魔力をたどりラドゥーレの位置を探る。


 相手の居場所を探り当てた直後、アゼルは守護霊の指輪に込められた二つの魔力を解き放ち、分身を呼び寄せる。リリンとシャスティ、二人の分身を。


「ふふふ、今頃泣きわめいているだろうね。少しずつ壁が迫ってくるんだものねぇ? さあ、ここから一気に加速して圧殺してやろう」


『ほう、誰が誰を圧殺するというのだ?』


「それは勿論、この私ラドゥ……待て、貴様何も……ぐふっ!?」


 屋上の隅に設置された給水塔の上に座り、ドームをゆっくりと縮めていたラドゥーレは突如背後から聞こえた声に驚き振り返る。その直後、みぞおちを殴られ吹き飛ぶ。


『フン、よからぬことを企んだものだ。だが、それももう終わりだ。守護霊(ガーディアンレイス)リリン、参上した』


『アタシもいるぜ? 守護霊(ガーディアンレイス)、シャスティ様もな!』


「ぐうっ、なるほど、あの子どもか。まだ隠し玉を持っていたとは、狡猾な奴め。ビルギット、予定変更だ! こいつらから始末するよ!」


 リリンにブン殴られたみぞおちを押さえつつ、ラドゥーレはよろよろと立ち上がる。相方に声をかけ、先に邪魔なリリンたちを始末しようとする。


「あー? 仕方ねえな、もうちょっとでこの骨を全部喰い尽くせるとこだったの……うおっ!?」


「くっ、外した……!」


 スケルトンガーディアンを八割がた喰い尽くし、あと少しでアゼルたちに牙が届くところまで追い詰めていたビルギットは、しぶしぶ相方の加勢に行こうとする。


 そこへ、アゼルが凍骨の大斧による一撃を叩き込み不意打ちで始末しようとする。が、寸前で避けられ、逆に斧を掴まれてドームの外へ引きずり出されてしまう。


「アゼルさん、危ない!」


「このガキ、よくもやりやがったな!」


「ふふ、掴みましたね? 凍骨の大斧を。これで、もうあなたは逃げられませんよ。ここまで上手く行くとは思いませんでした」


「なに……!? て、手が、手が離れねえ! いつの間にか凍り付いてやがる!」


 アゼルの喉へ牙を突き立てようとしたビルギットだが、直後異変に気付く。斧を掴んでいる右手が凍り付き、手を離すことが出来なくなっていたのだ。


 不意打ちを仕掛けたのも、全て自主的にビルギットが斧に触れるよう仕向けるためのアゼルの作戦だったのだ。すかさず、アゼルは必殺の一撃を放つ。


「これで終わりです! ジオフリーズ!」


「ぐっ……あああああああ!!!」


 至近距離から放たれた吹雪を浴び、ビルギットは一瞬で凍り付き氷像と化した。こうなってしまえば、もう抵抗は出来ない。後は本体を見つけ出し始末するだけだ。


「くっ、ビルギットがやられたか!」


『なんだ、不安か? 案ずるな、お前もすぐにああなるさ。凍り付くか黒焦げになるかの違いがあるだけだ! サンダラル・アロー!』


「くっ、私はここで死ぬわけには……仕方ない、ここは一旦退かせてもらう。本当の目的は、すでに達成したしね。この借り、必ず返してやるぞ!」


 一対三では不利だと踏んだラドゥーレは情けない捨て台詞を残して逃げ去っていった。彼女が消えた直後、迷宮と化していた授業棟が元の姿に戻っていく。


「これで終わりましたね。後は、ビルギットの本体を探し出して倒すだけ。お姉ちゃんたち、ここで氷像を見張っててください。ぼくがトドメを刺してきます」


『ああ、任せときな。おもいっきりぶっ潰してこい!』


 凍り付いたビルギットの霊体の見張りをシャスティたちに任せて、アゼルは校舎内に戻る。あちこちが破壊され、血が飛び散った校舎の中を探索していると……。


「なんだろう、この匂い。料理……なのかな? ここから匂いが……!? こ、これは!」


 しばらくして、アゼルの鼻に香ばしい匂いが届く。元をたどると、家庭科室にたどり着いた。扉を開け、中に入ると……そこには、凄惨な光景が広がっていた。


 バラバラに解体された生徒会のメンバーたちが、鍋で煮込まれ調理された状態で放置されていたのだ。十中八九、ビルギットの仕業であろう。


「あいつ、こんな酷いことを……!」


「酷い? そりゃ心外だな。オイラは自分の欲望を満たしているだけさ! タイガーファング!」


「しま……うああ!」


 あまりの惨たらしさに憤るアゼルの耳に、ビルギットの声が響く。家庭科室の隅に設置されていた掃除用具を入れるロッカーから、本体が飛び出しアゼルの左肩に噛み付いてきたのだ。


「お前、どうして……霊体は、氷像にして封じてあるのに!」


「残念だったな、あれも分身だ。万が一に備えてここで息を潜めていたんだよ! さあ、このまま肩の肉を喰いちぎってやる! そうしたら、次は首だ!」


「ええ、いいですよ。お前を倒すためなら、そのくらいの犠牲、いくらでも……支払います! う……りゃあああ!!」


 アゼルは渾身の力を込め、己の身体をビルギットから引き剥がす。肉がちぎれていく嫌な音と共に、鮮血が吹き出し飛び散っていく。


「ハッ、自分から傷を負うたぁバカな奴め! このまま喰い殺してやら……あ?」


「バカなのはあなたですよ、ビルギット。ぼくが何の算段もなくこんなことをするとでも? これまで散々、策を弄してきというのに。どうやら、あなたは筋金入りのバカなようですね」


「なんだと? このガキ……!? な、なんだ、オイラの身体が、おかし……」


 一口でアゼルの肩肉を飲み込んだビルギットを異変が襲う。少しずつ、身体が凍り始めたのだ。アゼルが何か細工をしたことに気付いたが、もう遅い。


 すでにビルギットの身体は、取り返しがつかないレベルで内側から凍結してしまっていたのだ。


「ぼく自身に、ジオフリーズの冷気を染み込ませました。屋上であなたの霊体を攻撃した時にね。万が一、不測の事態が起きてあなたに食べられてもいいように」


「う、が……嘘、だ、オイラが、こんな、バカな死に方を……する、わけ、が……」


「あなたが喰い殺した生徒会の子たちに、あの世で詫びなさい! 戦技、アックスドライブ!」


「がっ、はがああああ!!」


 アゼルは右腕で大斧を振るい、氷像に変わりつつあるビルギットを一刀両断した。耳障りな断末魔と共に、喰人鬼は粉々に砕け散り消滅する。


「地獄の底で、永遠に苦しみなさい。これまで犯した罪の数だけ、ね」


 無念の表情を浮かべ息絶えたビルギットを見下ろし、アゼルは冷たくそう言い放った。

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― 新着の感想 ―
[一言] ビルギット、ラトゥーレ、討ち取ったり……。
[一言] 氷属性だけにクールに決まったかΣ( ̄ロ ̄lll)しかしバラバラにされ煮込まれるとはこんな状態では流石に蘇生するのに一人当たりに莫大な魔力を使う筈だし生き返っても精神が正常な状態かは保証できん…
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