4話―末裔たる証
エルダーリッチとの戦いが終わり、リリンが仲間に加わったアゼルは一旦宿へ戻り、部屋に置いたままの荷物を取ってきた。いつまでも、丸腰のままではいられない。
いくばくかの金を確保したアゼルは、続いて服屋へ向かいリリンが着るための服を購入する。いつまでもボロ布と埋葬服のままでは、可哀想だと考えたからだ。
「こんないいローブを買ってもらえるとは。ありがとう、アゼル。ふふ、これは一生の宝にせねばなるまいて」
「そんな、大げさですよリリンさん」
赤地に金の刺繍が施されたローブと金色のサークレット、茶色いサンダルを身に付けたリリンは、上機嫌で道を歩く。夕焼けに照らされた褐色の肌と腰まで届く黒髪が、道往く人々の目を釘付けにする。
「ふっ、みな私を見ているな。まあ、好きなだけ見ていればいいさ。私は堂々と……アゼルを愛でる」
「わっ!? は、離してください! 恥ずかしいですよ~!」
「ん~、よいではないか。ふふ、アゼルの抱き心地は素晴らしいな」
ひょいとアゼルを抱き上げ、リリンはまた頬擦りをする。そんな調子で通りを進み、二人は冒険者ギルドに到着した。自分の口で報告をするため、アゼルは正面扉を開き中へ入る。
「すいません、ギルドマスターはいますか……?」
「おっ、英雄様が来たぞ! みんな、出迎えだ!」
「おー!」
二十人近い冒険者たちがすし詰めになっている状況を見て、アゼルはそっと扉を閉めた。今中に入れば、絶対に面倒なことになる。
冒険者としての勘が、アゼルにそう告げていた。
「なんだ、入らぬのか? アゼル」
「今は、ちょっと、その……わっ!」
「なんで閉めんだよ、ほら入ってこいって!」
外に出てきた冒険者に捕まり、あえなくアゼルはリリン共々連行されていった。ギルドの中には、冒険者たちや職員、さらにはピーターもいた。
「あ、ピーターさん。どうしてここに?」
「んー? 俺も例のアレの当事者だからな、証言をしに、な。それに、お前がサッコー一味を捕まえてくれたことも報告しとかないといけないだろ?」
アゼルに問われ、ピーターはそう答える。直後、建物の奥にある階段から、メガネをかけたエルフの青年が降りてきた。冒険者ギルドペネッタ支部を纏める、ギルドマスターだ。
「やあ、待っていたよアゼルくん。君の活躍、いろいろ聞いたよ」
「あ、カリフさん」
ギルドマスター……カリフは穏やかな笑みを浮かべ、アゼルに近寄っていく。職員の一人に椅子を持ってこさせ、アゼルに座るよう促す。
「さて、今日のことは皆から聞いたけれど……アゼルくん、君の口からも聞きたいんだ。グリニオくんたちと一緒に凍骨の迷宮に行ったはずの君が、何故一人で帰ってきたのかも含めてね」
「……分かりました。信じてもらえるかは分かりませんが、全部お話します」
そう言うと、アゼルは包み隠さず全てを語って聞かせる。凍骨の迷宮の深層にて、グリニオたちに捨てられたこと。ジェリドと出会い、自分が王の末裔であったこと。
そして、死者蘇生の力を受け継いだこと……その全てを、洗いざらい話した。
「……なるほど。その左目が、王の末裔である証だ、と」
「やっぱり、そう簡単には信じてもらえませんよね……」
「確かに、にわかには信じがたいお話です。ですが、こんな時に使う魔法があるのですよ。相手の記憶を映像として映し出す、投影魔法がね。それを使えば問題はありません」
そう言うと、カリフはアゼルの頭に手を当て、ブツブツ小声で何かを唱えはじめる。すると、凍骨の迷宮に潜ってからの記憶が映像となり、空中に投影された。
『あばよ、アゼル。オレたちは今日、冒険者として最大の栄光を掴む。それをあの世で……眺めてな!』
『ディアナ、ご苦労だった。もはやこの宮の外の状況すらも探知出来ぬこの老いぼれに変わり、よくぞ連れてきてくれた。我の血を受け継ぐ……正統なる末裔を』
空中に映し出されるアゼルの記憶を、その場にいた全員が息を飲んで見つめていた。そして、全員が理解する。アゼルの言葉は、全て真実なのだと。
「……これで、記憶の投影は終わりです。アゼルくん、ご協力ありがとうございました」
「いえ……気に、しないでください……」
記憶を引き出されたアゼルは、かなり体力を消耗したらしくぐったりしてしまう。そんな彼をリリンが介抱するなか、カリフは静かに話し出す。
「皆さん、これで全てがハッキリしました。アゼルくんは、見事やり遂げたのです! 伝説に語られる、聖戦の四王の一人との謁見を! これは冒険者ギルド史上初の快挙です!」
その言葉に、冒険者たちは歓声をあげる。国や組織を問わず、多くの者たちが伝説の王たちとの邂逅を夢見てきた。その夢を成し遂げたアゼルに、称賛の言葉がかけられる。
「すげぇ、すげえよアゼルは! しかも、伝説の王の末裔だなんてよ、こりゃとんでもねえニュースだぜ!」
「ほーら、やっぱり私の言った通りじゃないの! 賭けは私の勝ちね」
「……ちぇっ」
全員から暖かい言葉をかけられ、アゼルは戸惑ってしまう。ここまで誉められ讃えられたことは、両親が死んで以来一度もなかった。
故に、なんと答えていいのか分からず、おどおどしてばかりいた。
「えっと、あの、その、こういう時ってどうしたら……」
「決まっているだろう? 堂々と胸を張ればいい。アゼルは偉業を成し遂げたんだから」
「ええ。これは凄いことですよ。今のアゼルくんの冒険者ランクは下から三番目のEですが……これはいきなりB、いやAランクへの昇格もあり得る、とんでもない偉業ですよ!」
若干食い気味にそう口にするカリフに、アゼルは曖昧な笑みを浮かべる。誇らしげに微笑んでいたリリンだったが少ししてこっそりアゼルに耳打ちする。
「……ところでアゼル。先ほどからきゃつらが言っている王とはなんだ? 記憶がないせいでよく分からんのだ」
「じゃあ、ちょっと長くなりますけど説明しますね」
周囲の喧騒を避けるため壁際に移動した後、アゼルはリリンに話し出す。自身の祖先であるジェリドを含めた、四人の王たちの神話を。
◇―――――――――――――――――――――◇
千年前、大地は魔の公爵『単眼の蛇竜ラ・グー』とその配下たる闇の眷族たちに支配されていた。人々は虐げられ、絶望の日々を生きていた。そんな中、人々を救い、大地を取り戻すため立ち上がった者たちがいた。
灼熱の炎を操る、『太陽の王』ギャリオンとその配下の騎士たち。
死を司る女神と契約し、生と死を統べる力を得た『凍骨の帝』ジェリドと家臣たる骸の軍団。
闇の眷族たちの力を封じる魔術を生み出した、『闇縛りの姫』エルダと弟子の七人の巫女たち。
愛する者を奪われ、魔の公爵への怒りと憎悪を燃やす『金雷の竜』ヴァールと同胞たる竜の群れ。
彼らは力を合わせ、『炎の聖戦』と呼ばれる長い戦いの末、ラ・グーを打ち破り闇の眷族たちが住まう世界へ追い返した。それを知った創命の女神は、彼らの功績を讃えある物を授ける。
己の血より作り出した、『生命の炎』をギャリオンに授け、女神は告げた。この炎が有る限り、大地に永遠の平和が約束されると。
その言葉の通り、大地に平和が訪れた。炎の守り手となった、ギャリオンによって。そして、後世の者らは四人の王たちに敬意を込め、彼らをこう呼んだ。『聖戦の四王』と。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……というのが、この大地に伝わっている古い神話です」
「ほー、なるほど。しかし、そんな旧い時代の者の一人がまだ生きているとは。驚きだな」
「みんな、四人の王はまだ生きていて、大地のどこかでぼくたちを見守ってくれていると考えているんです。だから、どの国も王たちを探し出し、謁見することを最高の栄誉としているんですよ」
神話の内容を聞き終え、リリンは納得したように頷く。何故ギルドにいる者たちが歓喜しているか、ようやく合点がいったのだ。
一方、アゼルはふと考える。こうして自分がジェリドと出会い帰還した今、凍骨の迷宮を進んでいるグリニオたちはどうしているのだろうか、と。
「どうした、アゼル。難しい顔をして」
「……いえ、グリニオさんたちは今、どうしているのかなって」
「気にするな、アゼル。そなたを裏切った愚物どものことなど捨て置けばいいのだ。……もっとも、アゼルの前に現れた時は容赦なく潰すがな」
裏切られてなお、グリニオたちの身を案じるアゼルにリリンがそう声をかける。彼女に同調し、カリフも声をかけてくる。
「彼らは帰還し次第、厳罰を下さねばなりませんね。ギルドの規約をかなりの数破っていますから……少なくとも、冒険者資格の剥奪と犯罪奴隷落ちは確実ですよ、これは」
「……そう、ですか」
厳しい表情でそう口にするカリフに、アゼルは小さな声でそう答える。今この瞬間、グリニオたちが恐ろしい罰を受けていることを彼らが知るのは……しばらく先のことであった。