30話―そして、神話は受け継がれる
覚醒を果たしたアゼルの手によって、ヴァシュゴルと彼が率いる魔物たちは全て滅びた。生き残った者たちと共に、少年は帝都の入り口へ戻る。
「アゼルよ、よくやったな。あのにっくきヴァシュゴルめを完膚なきまでに滅ぼしてみせるとは。ふふ、改めて惚れ直したぞ」
「いや、まこと天晴れであったぞ、アゼル殿。そなたのおかげで帝都は守られた。死んでいった者たちも、草葉の陰で喜んでいるだろう」
リリンとアシュロンはアゼルを誉め讃え、感謝の言葉を優しくかけた。が、アゼルは首を振り、右手に蘇生の炎を宿す。
「いいえ、草葉の陰で喜んでいるのはダメですよ、アシュロン将軍。みんなで生きて帰る。それが一番良いんですから! ターン・ライフ……オーバーフィールド!」
炎が拡散し、戦いで命を落とした者たちに新たな生を与えていく。覚醒の影響で莫大な魔力を獲得したアゼルにとっては、もはや百人程度の死者を蘇生させることなど簡単だった。
「うう……俺たち、生き返ったのか?」
「これが、ゼヴァー様もおっしゃっていた蘇生の奇跡……なんと温かく、美しい力なんだ……」
「よかったぁ、こんなところで死ぬなんて嫌だもん」
「これでよし、ですね。あとはお城に戻って、捕まっている皇帝陛下たちを助け出しましょう!」
生き返った者たちは、そこかしこで感謝と喜びの声をあげた。満足そうに頷き、アゼルは連合軍を引き連れ、堂々と帝都へ凱旋する。
ヴァシュゴルと牙の手先によって地下牢に幽閉されていた皇帝や大臣たちは薬で眠らされてはいたものの、幸い命に別状はなかった。
「アシュロン将軍、ジークガルムさん、捕らえられていた人たちはみんな無事でした!」
「そうか、それはよかった。いや、それにしてもアゼル殿は本当に素晴らしいですな! 某、ますます貴公に惚れ込んでしまいましたぞ! ガッハッハッハッ!」
「いたた、そんなに強く叩かないでください。痛いですって」
「おお、すまんすまん。さ、あとは某たちに任せて、アゼル殿はゆっくり身体を休めてきてくだされ。明日は忙しくなりますからな」
いろいろと戦後処理があるのだろうと考え、アゼルはリリンとシャスティを連れ一足先にギルド本部へ帰還した。このドタバタぶりでは、建国記念式典は中止だろうと思っていた……が。
「あんだけいろいろあったのに、キッチリ式典はやるんだな、お偉いさん方は……」
「しーっ、聞こえちゃいますよ、シャスティお姉ちゃん。でも、凄いですね。あっというまに戦後処理が終わっちゃったんですから」
「この国の者たちは、なんと言うか……やることなすことテキパキしておるな」
翌日の朝。アゼルの予想とは裏腹に、なんと予定通り建国八百年を祝う記念式典が開催されたのだ。それも、アゼルたち三人への勲章授与式まで追加されていた。
授与式を観覧しに来た者たちに見守られるなか、三人は城の玉座の間にて皇帝が現れるのを待つ。しばらくして、四人の近衛騎士を連れた皇帝が玉座の間に姿を見せる。
「皆の者、楽にせよ。今日はアークティカ帝国が誕生してから、ちょうど八百年。非常にめでたき、良い日だ。こうしてこの日を迎えられたのは、立役者がいたからに他ならぬ」
青と金の総称で彩られたローブと、様々な宝石が散りばめられた冠を被った皇帝、メルトリーデはエルフ特有の長い耳を揺らしながらそう口にする。
「わらわも含め、多くの者たちが彼に助けられた。ある時は慈悲深き博愛の使徒として、またある時は無慈悲なる審判者として。幾度も我らを救ってくれた。そう、かのジェリド王の末裔が」
「アゼル・カルカロフ、リリン、シャスティの三名よ。汝らに勲章を授ける。陛下の元へ」
大臣に声をかけられ、ひざまずいていたアゼルたちは立ち上がりメルトリーデの元へ向かう。腰まで届く豊かなブロンドの髪をなびかせながら、皇帝はアゼルへ微笑む。
「凍骨の帝の血を継ぐ者よ。そなたにこの金十字守護星勲章を授けよう。帝国の偉大なる守護者として、伝説の王の末裔として……そなたの名は、永遠に語り継がれるだろう」
「ありがとうございます、皇帝陛下」
「うむ。リリン、そしてシャスティと言ったな。そなたらの功績も、また余りあるものだ。そなたら二人には、銀十字守護星勲章を授ける。受け取るがよい」
アゼルに勲章を手渡した後、メルトリーデはリリンとシャスティにも同様に声をかける。リリンは手を伸ばし、勲章を受け取った。
「ありがたく受け取らせてもらおう。ふむ、なかなか綺麗だな。アゼルとお揃いがよかったが……まあ、仕方あるまい」
「贅沢なこと言うなっつーの。この欲張りめ」
「ふふ、威勢のいいことだ。昔の私を思い出す。ああ、そうだ。アゼルにはこれも渡しておこう。大臣、例の物を」
「少々お待ちを」
リリンを見て笑った後、メルトリーデは大臣にある物を持ってこさせる。少しして、大臣と共に四人の騎士が布でくるまれた棒状の物を持って持って戻ってきた。
布に包まれたソレは、上側が大きく膨らんでおり、とても重そうだった。大臣が布を取ると、左右対称の両刃を備え、くすんだ赤色の宝玉が取り付けられた灰色の大斧が現れる。
「これは……」
「この大斧は、とある遺跡で発見されたものだ。伝承に語られるジェリド王の武器だと、調査の結果判明してな。長い間国宝として奉っていたが、そなたが持つ方が相応しかろう」
「いいのですか? そんな大切なものをぼくに譲るだなんて」
「構わぬ。常人では重すぎて使えず、儀礼用に取っておいただけだから。ジェリド王の子孫たるそなたが持つ方が、その斧も喜ぶだろうて」
メルトリーデがそう言うと、アゼルは一歩進み出る。手袋を外し、左手で斧に触れると、変化が現れた。斧に取り付けられた宝玉の色が変わり、鮮やかな銀色の光を放つ。
「なんだ!? 宝玉が……」
「もしや、本当の持ち主に反応しているのではないのか?」
斧の変化を受けて、玉座の間に集まっていた人々はどよめく。喧騒のなか、アゼルは斧の柄を掴み……片手で軽々と持ち上げ、頭上へ掲げてみせた。
「おお、やはり! 屈強な騎士が四人掛かりでようやく運べるほどの重さだというのに、物ともせずに持ち上げてみせるとは。その斧の持ち主は、そなたしかおるまい。アゼルよ」
「……なんだか、不思議な感覚です。初めて持ったはずなのに、凄く手に馴染んで……まるで、昔から使ってきた、大切な相棒のような気がしてきます」
そう呟きながら、アゼルは大斧の刃を撫でる。己の身の丈ほどもある斧を降ろし、メルトリーデに感謝の言葉を伝える。
「ありがとうございます、皇帝陛下。この大斧、大切に使いますね」
「うむ。さあ、これにて勲章授与式は終わりだ。これより記念パレードを執り行う! 皆の者、支度せよ!」
「ははーっ!」
メルトリーデの号令の元、帝都を練り歩く豪華絢爛なパレードが始まった。アゼルたちも屋根を外した専用の馬車に乗り、パレードに加わる。
「おーい、みんな見てみろ! あの馬車に乗ってるのが例の末裔様だってさ!」
「あんな小さな子どもが、ガルファランの牙をやっつけたんだって? 凄いなぁ、やっぱり伝説の王の末裔って強いんだなぁ」
人々の歓声を受け、アゼルは手を振って応える。両隣に座るリリンとシャスティも、楽しそうに笑っていた。
「いやー、凄いもんだな。名実共に、もうアゼルは立派な英雄だな、こりゃ!」
「うむ。私も鼻が高いぞ。こうしてアゼルと出会い、共に過ごせることを誇りに思っているよ」
「二人とも、ありがとうございます。ぼくも、お姉ちゃんたちと出会えて……本当によかった!」
リリンとシャスティに向かって、アゼルは満面の笑顔を浮かべる。今ここから、王の血と意思を継ぐ少年の新たな神話が始まるのだ。




