29話―死の冷気、覚醒
ヴァシュゴルが呼び出したのは、身長が三十メートルはあろうかと思われる屍肉の巨人だった。巨人が一歩踏み出すたび、凄まじい風圧と衝撃波が撒き散らされる。
「うおあっ!? あぶねっ!」
「シャスティお姉ちゃん、一度下がりましょう! 至近距離で戦うのは危険です!」
「ハッ、下がろうが下がるまいが関係ないな! 全員纏めてあの世に送ってやるよ! ミート・ボルカノン!」
近距離では不利だと悟り、アゼルたちは一度退却し連合軍と合流しようとする。魔物たちやアンデッドはリビングゴーレムの材料となり、容易く退けると思われた。
が、ヴァシュゴルの指示の元、かつてアゼルたちを苦しめた大技……その強化版が放たれた。ゴーレムの左手が水平に掲げられ、指が弾け砲弾の雨となって各地へ降り注ぐ。
「まずい! スケルトンナイト、防御陣形!」
「やべえぞアゼル、城壁の方にも飛んでくぞ!」
スケルトンナイトたちが犠牲となり、アゼルとシャスティはどうにか屍肉の砲弾を防ぎきった。が、いくつかの砲弾が城壁の一角に直撃し、大破させてしまう。
「ぐああ!」
「まずい、負傷者を運び出せ! 城壁の崩落に巻き込まれないように注意しろ!」
連合軍も多大な被害を被り、屍肉の砲弾や崩れてきた瓦礫によって多くの死傷者が出てしまった。そこへ、最悪の追撃が加えられる。
「ハッハハハ! いいねぇ、壁が崩れた! さあ、魔物どものおかわりだ! 帝国のゴミどもを轢き潰せ!」
城壁が崩れたのを確認したヴァシュゴルは、地上と空中の四ヶ所に魔法陣を作り出す。その中から、再び五百を越えるオークやワイバーン、アーマードエイプの群れが現れる。
「またしても敵、だと……! まずい、このままでは攻撃を防ぎきれんぞ!」
「将軍、これだけ負傷者が出てしまっては前線の維持も不可能かと……。敵との距離はかなりありますが、負傷者を治癒しきれません!」
アシュロンとジークガルムがそんな会話をしている間にも、魔物の群れとリビングゴーレムは帝都へ近付いてくる。ヴァシュゴルは連合軍に絶望を与えるため、わざと遠くに魔法陣を出したのだ。
「このままじゃ、みんなが殺されちゃう! ……シャスティお姉ちゃん、ぼくが直接ヴァシュゴルを叩いてきます。あいつさえ倒せば、ゴーレムは動かなくなるはずですから」
「あっ、待て! 一人じゃ危険だ、アタシも……」
シャスティの言葉を最後まで聞くことなく、アゼルはボーンバードを呼び出し遥か上空へ飛び立つ。一刻も早く、ヴァシュゴルを倒さねばならない。
その焦りが、己の窮地を呼び寄せてしまう。
「ハッ、分かってんだよてめぇの動きは。リビングゴーレム、そのガキを握り潰せ!」
「しまっ……うああ!」
「アゼル! 今助け……うがっ!」
ヴァシュゴルに気を取られていたアゼルは、リビングゴーレムが伸ばした右手に掴まってしまう。シャスティは助けにいこうとするも、ゴーレムの足踏みで生じた風圧で吹き飛ばされてしまった。
「うぐ、ああっ……!」
「クハハハ! どうだ、我が屍肉に握り潰される感触は。心地いいか? ん? よぉく見ておけ、お前が守ろうした連中が無様に死んでいくのをよ!」
万力のように少しずつ握り潰され、苦悶の声をあげるアゼルにヴァシュゴルはそう声をかける。アゼルの視界の端に、魔物たちに蹂躙される連合軍の人々が見えた。
ボーンバードはすでに粉々に砕けて消滅し、アゼルが潰されてしまうのも時間の問題であった。
(この、ままじゃ……本当に、みんな死んじゃう。リリンお姉ちゃんも、シャスティお姉ちゃんも……。そんなの、やだ。そんなのは、絶対に嫌だ!)
リビングゴーレムの拳から逃れようと身をよじりながら、アゼルは心の中でそう叫ぶ。仲間たちを一人も失いたくない。大切な人たちを助けたい。
その想いが、ドクロを宿す瞳に封じられた、太古の王の力を呼び覚ます。アゼルの左目が青色の輝きを放ち、かつてジェリドが瞳に封じ、子孫へ受け継がせた魔法がよみがえる。
「ぼ、くは……絶対に、みんなを助けるんだ! よみがえれ、死の瞳に封じられし究極の氷魔法よ!」
「ん? なんだ、空気が冷えて……このガキィ、何をするつもりだ!? もう遊んでる余裕はねぇ、全力で握り潰せ、リビングゴーレム!」
アゼルの覚醒と共に、少年を中心にして周囲一帯の空気が急速に低下していく。嫌な予感を感じ取ったヴァシュゴルは、早急にトドメを刺そうとする。
が、一歩遅かった。すでに、アゼルへと継承された究極の魔法が解き放たれたのだ。リビングゴーレムの右手が凍り付き、動きが止まる。
「吹き荒れよ、死の吹雪よ! 我が敵の全てを冥府へ誘え! 氷魔法……ジオフリーズ!」
「なっ……!?」
アゼルが魔法を唱えた、次の瞬間。凄まじい吹雪が巻き起こり、リビングゴーレムを、魔物たちの群れを……一瞬で凍結し、その命を奪っていく。
増援を送り込んでいた四つの魔法陣も、猛吹雪によって粉々に砕け散り、欠片すら残さず消滅していった。
「な、なんだ!? 突然吹雪が!」
「アシュロン将軍、魔物たちが次と凍り付いていきます! 一体何が起きているのですか!?」
アシュロンをはじめ、城壁付近で戦っていた者たちは何が起きたのか分からず、次々と凍死していく魔物たちを見て狼狽えていた。ただ一人、リリンを除いて。
「この魔力……そうか、アゼルか……。ふふ、あの子の底力……本当に素晴らしいものだ」
微笑みを浮かべ、リリンは墜落していくワイバーンやエルダーリッチを見上げる。一方、吹き飛ばされたシャスティは信じられないものを目の当たりにし、硬直していた。
「おお……すげぇ、あの気持ちわりぃ肉の巨人が、完全に凍り付いてやがる……!」
「バカな、バカなバカな! 動けリビングゴーレム! そのガキを早く始末しろおおお!!」
アゼルの放ったジオフリーズによって、リビングゴーレムは一瞬で全身を凍らされ、氷像へと姿を変えていた。ヴァシュゴルの叫びも虚しく、巨人は動かない。
死の冷気に包まれた醜悪な巨人は、もう二度と動くことはないのだ。
「これで……形成逆転だ! サモン・ボーンフェニックス!」
「キュアアアアアア!!」
全ての敵は滅び、あとはヴァシュゴルを倒すのみ。アゼルは骨の不死鳥を創り出し、体当たりでリビングゴーレムを粉砕させて拳から脱した。
ヒラリとボーンフェニックスの背に乗り、ヴァシュゴル目掛けて突撃していく。
「ヒィィィ! 来るな、来るなぁぁぁ!! ペインコール! ペインコールゥゥゥゥゥ!」
「そんな魔法、ぼくには効かない! ヴァシュゴル、これでお前との戦いも終わりだ!」
切り札を失い、もはやアゼルを倒すすべを持たないヴァシュゴルは、無様に叫びながら空を逃げ回る。が、機動力に優れるボーンフェニックスには、敵を捕捉するのは簡単なことだ。
「さあ、トドメだ! 自分の罪を悔いながら、地獄に落ちろ、ヴァシュゴル! 死の冷気よ、我が左手に宿れ! 戦技……タナトスハンド!」
「ぐっ……がああああああああ!! 身体が、こお、る……」
ボーンフェニックスを操り、アゼルは己を砲弾のようにヴァシュゴル目掛けて発射させる。左腕を覆っていた長手袋を外し、骨の左手で相手の顔を鷲掴みにした。
死の冷気がヴァシュゴルの身体に流し込まれ、首から下を瞬く間に凍結させていく。アゼルはヴァシュゴルの顔面を掴んだまま地面に落下し、最後の審判を下す。
「これで……終わりだあああ!!」
「がっ、ぐがあああ!!!」
地面に叩き付けられた衝撃で、凍り付いたヴァシュゴルの身体が砕け散る。もはや、決着はついた。死の間際、牙の幹部は絶望を味わいながら呟きを漏らす。
「私は、死ぬのか……こんな、ところで……。嫌だ、私は八年も待ったんだぞ……。八年も、宰相として、この国を裏から……あああ、死にたく、な……い……」
「さようなら、ヴァシュゴル。あの世でたっぷり、犯した罪の数だけ償いをしろ」
アゼルはそう口にし、ヴァシュゴルの首を持って仲間たちの元へ戻っていく。遠くからその様子を見ていた騎士や冒険者たちは、特大の歓声をあげた。
「やったあああ! 俺たちの勝ちだ! 勝ったぞおおお!」
そんな彼らを見ながら、アゼルは微笑む。そっと左目を撫でながら、今も地の底にいる祖先へ向かって決意を口にする。
「ジェリド様。ぼくはかつてのあなたのように、この力で大地を守ります。大切な、仲間たちと一緒に」
晴れやかな表情を浮かべる少年の瞳の中で、新たな英雄の誕生を祝福するようにドクロが輝いていた。




