12話―愚者たちの行方
転移石を使い、カリフがペネッタに戻った頃。数日前にアゼルが送り届けられた森の中で、三人の人物が横たわっていた。
アゼルを辱しめた罪でジェリドとディアナに壮絶な拷問を受けていたグリニオたちが、ようやく解放されたのだ。三人とも、全身に汚れた包帯が巻かれている。
「ああ、夕焼けの光だ……。俺たち、やっと……解放されたのか……」
「そんなの、もうどうでもいいわよ……。むしろ、こんな姿で生き残っても、嬉しくなんかないわよ」
木々の間から空を眺め、ポツリと呟いたダルタスにリジールが空虚な声でそう返す。凄惨な拷問を受け続けた結果、彼らは人としての尊厳の全てを失った。
その過程で生き恥を晒すよりも死を望んだ三人だったが、ジェリドがそれを許しはしない。自害を防止する魔法をかけ、戒めの証である傷以外を治し彼らを解放した。
死すら生ぬるい、生き地獄を味わわせるために。
「……とにかく、町に帰るぞ。オレたちはまだ生きてるんだ。やり直すチャンスはあるさ」
「無理よ、グリニオ。あんたは右腕が使えなくなったし、あたしは顔をぐちゃぐちゃにされて、ダルタスもまともに歩けなくされたのよ。どうやり直せって言うのよ!」
顔じゅうに包帯を巻いたリジールは、無責任なことを言うグリニオに食ってかかる。そんなリジールを宥め、ダルタスは力なく笑う。
「リジールがイラつくのも分かるよ。俺たちゃもう、冒険者は廃業だ。でも、生きる方法はいくらでもあるさ。とりあえず、ペネッタに帰ろうぜ。グリニオ、わりぃが肩貸してくれ」
「ああ。クソッ……こうなったのも、全部アゼルが悪いんだ! あいつのせいで、オレたちは……!」
拷問によって片足がねじ曲がってしまったダルタスを支えながら、グリニオは怨嗟に満ちた声をあげる。王の裁きを受けてなお、微塵も改心していないらしい。
アゼルへの恨みと再起への希望を抱きつつ、ペネッタへ帰還した三人だったが、彼らを待っていたのは……。
「ん? てめえらは……!」
「なんだ、門番か。どけ、オレたちはギルドに……ぐふっ!」
見張りをしていたピーターがグリニオたちに気付き、ゆっくりと近寄ってくる。そして、迷うことなくグリニオの顔面に鉄拳を叩き込んだ。
「てめぇ、門番風情が何しやがる!」
「よく戻ってこれたもんだな、クズども。お前らがアゼルに何をやったのか、俺含めてギルドの連中は全員知ってるぜ。よくもまあ、無抵抗な子どもをあんな楽しそうに崖に落とせたもんだ。反吐が出るよ」
倒れ込んだグリニオに唾を吐いた後、ピーターは連絡用の魔法石を使いカリフに報告を行う。嫌な予感を覚えたリジールは、仲間を見捨てて逃げようとするが……。
「おっと、逃がすかよ。てめぇら全員、戻ってきたらふん縛れって言われてんだ」
「イタタタ! ちょっと、放してよ! 放しなさいったら!」
リジールは抵抗するも、力で敵うわけもなくピーターが携帯していたロープであっさり縛られてしまう。グリニオとダルタスも、同様に縛られる。
少しして、数名の冒険者と憲兵を連れたカリフが険しい顔をしながら門へやって来た。
「戻ってきましたか、グリニオ。待っていましたよ」
「どういうことだ、カリフ。こんなことしてタダで済むと想ってんのか? オレのオヤジはギルド本部の幹部だ……」
「だからなんです? あなたたち三人が何をしたのか、私たちは全て知っているんですよ。アゼルくんの記憶を見て、ね」
「!? アゼルの奴、生きてやがったのか!?」
グリニオの言葉を遮り、カリフはそう口にする。思わずそんなことを口走るグリニオは、墓穴を掘ったことに全く気付いていなかった。
「ええ。帰還しましたよ、彼は。驚きの事実と一緒に。実はですね、アゼルくんはジェリド様の末裔だったんですよ」
「はあ!? そんなバカなことあるわけねえだろ!」
「嘘ではありません。私の魔法で、アゼルくんの記憶を再現してみせましょうか」
声を荒げるダルタスにそう答えると、カリフは空中に自分たちも見たアゼルの記憶を投影する。一部始終を見て、グリニオたちは愕然とした。
記憶を投影する魔法は、必ず真実を映し出す。嘘も偽りも、決してない。それを知っていたからこそ、グリニオたちは悟った。自分たちの過ちを。
「マジかよ……。こんな、こんなことって……」
「さて、ギルドの規則を破ればどうなるかは知っていますね? 現時点をもって、あなたたち三人の冒険者資格を剥奪し、犯罪奴隷となります」
「! い、嫌よ! それだけは絶対いやぁ!」
犯罪奴隷という言葉に、リジールが激しい拒絶反応を示す。大罪を犯した者は、決して隠すことの出来ない罪の烙印を身体に刻まれる。
そして、男なら鉱山へ、女なら犯罪奴隷専門の娼館へ売られ、過酷な労働をもって生涯をかけて罪を償うことになるのだ。
「そ、そうだ! 見てよほら、あたしこんな醜い顔にされちゃったのよ? そんなあたしを買う人なんていないわ。だから、ね? 犯罪奴隷落ちだけは……きゃっ!」
「この期に及んで、そんな理屈が通るわけないでしょう! 恥を知りなさい、リジール!」
どうしても奴隷落ちを逃れたいリジールは、包帯を取り去って醜く歪んだ顔を見せ付ける。見苦しい態度を取るリジールにブチ切れたカリフは、平手打ちを叩き込みつつ叫ぶ。
「待ってくれ、俺たちはこんな身体にされちまったんだぞ! 罰ならもう十分受けた、これ以上何をしろってんだ!」
「はっ、知ったことじゃねえよ。お前らのせいで、アゼルは一生消えない傷を負ったんだ。身体にも、心にも。そんなことも分からねえゴミみてえな奴らは、磔にされちまえ!」
不具の身体にされたことを訴え、開き直るダルタスにピーターが罵声を浴びせる。冒険者や憲兵たちも、ゴミを見るような目で三人を見ていた。
反論することも出来ず、ダルタスは無様に頭を垂れる。
「……舐めやがって! カリフ、こんなことしてオレのオヤジが黙ってると思うなよ! お前より立場は上なんだ、いつだってお前の首を切れるんだぞ!」
「そんな無法がまかり通るとでも? ……グリニオ。思えば私は、あなたに忖度し過ぎたのかもしれません。このペネッタ支部で唯一のAランクパーティーであることと、父親がギルド本部の要職であることに」
現状を打開する方法を思い付けず、ついには親の威光をふりかざし始めたグリニオに憐れみのこもった視線を向けつつ、カリフはそう口にする。
「ですが、それももう終わりです。憲兵さん、犯罪奴隷化の手続き、よろしくお願いします」
「ええ、お任せを」
「待て、やめろ! 放せ、放しやがれぇぇぇ!」
「暴れるんじゃねえ、このクズが!」
暴れるグリニオだったが、縛られた状態で屈強な憲兵二人に勝てるわけもなく、あっさり組み伏せられ仲間ともども牢屋へ連行されていった。
町へ入る途中、すれ違う冒険者たちに冷ややかな視線を向けられながら。
「なんで……なんで、こうなったんだ……。オレは、オレたちは……栄光を、掴むはずだったのに……」
「残念です、グリニオ。あなたたちが掴んだのは、地獄行きの乗車券だけですよ。……片道の、ね」
軽蔑の色に満ちたカリフの言葉に、グリニオたちは絶望の底へ沈んでいく。舌を噛み切って死にたくても、ジェリドの魔法がそれを許さない。
彼らにはもう、『生きる』という地獄以外進む道はないのだ。だが、それを哀れみ同情する者は誰一人としていない。全て、因果応報なのだから。
「己の行いは、必ず返ってくる。善行も、悪行も。分け隔てなく全てが、ね……」
連行されていくリニオたちを見ながら、カリフは小さな声でそう呟くのだった。