3.固定観念
「神様・・・いうか幽霊だよね?」
「んなわけないでしょ」
「その真っ白な着物はどこから見ても幽霊じゃん」
「違うっーの。ほら、脚があるでしょう」
そういうと、神様と名乗る女性は右手で着物の裾をたくし上げ、白い足を少しだけ前に出して見せた。うむ、たしかに足はある。
「でも、神様といえば、白いひげをたくわえたじじいみたいな・・・」
「あーあ、やだね。若いくせにそういう固定観念みたいなの。女の神様だっているのを知らないわけ?あなた、いつもお参りしてくれている割には、この神社のことを案外知らないのねえ。わたしは弁財天。七福神の紅一点の女神様よ」
「またまた、嘘ばっかり」
「まあ、突然に出てきて信じろっていうほうが無理か。でも、信じたほうがお得かも」
「どうしてですか?」
女神さまは笑顔で俺のほうへ二、三歩、近づいてきた。
「君、恋愛は、していますか」
「なんですか、急に」
自分の体がほてりだすのを感じる。
「まあ、したくてもできないか」
「それは、どういう意味です」
「君、心にひっかかっている人がいるでしょう」
「いません!」
「またまたー。いつも私にお願いしてるじゃん」
「お願いなんてしていませんよ!」
「神様の前で嘘はなし」
女神は右手の人差し指を立て、自らの小さな口に軽く触れた。
なんだ、これ。俺は一体どういう状況に置かれているんだ? ただ、いつものようにお参りに来ただけだったはずだが・・・。
この人は本当に神様なのか?確かに突然、俺の目の前に現れて、幽霊みたいな恰好はしているし、いきなり恋愛はしていますか、なんて人の心を見透かすようなことを言い出すし、確かに常人ではないことは確かだ・・・。いやいや、嘘だ。神様なんて目に見るものじゃない。信じちゃいけない。
そこで俺は面白半分、(自称)女神さまを試すことにした。
「あの…神様っていいましたよね。じゃあ、証拠を見せて下さいよ。でなければ、信用できません」
「まあ、なんてこと。証拠だなんて、女神さまに向かって随分野暮なこというのね」
「何といったって、オレオレ詐欺が流行る世の中ですからね。女神さまだろうが、すぐに人を信用できません」
「私、厳密には人じゃないんだけどね。まあ、いいわ。今から証拠を見せてあげる」
そういうと、女神様は目を閉じた。どうでもいいけど、女神さま、まつ毛長いな。
空は相変わらずどんよりとしている。杉林は葉を擦り合わせて、ざわざわいう。風に流されたカラスはがあがあ鳴く。もう不吉な予感しかない。
俺はこのスキにいっそ逃げようかと思ったが、目をつむった女神さまが案外かわいらしく見惚れたのと、逃げると家まで追いかけてきそうだったので、立ち去らずにそのまま付き合うことにしていた。
一、二分ぐらい経ったろうか。神様は目を大きく開いて、また澄んだ瞳を見せた。
「わかったわ。君、驚かないでよ」