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厳しさとプライドと。

夜。

夕飯を食べたあと。

カイトは雪華へと話し掛けた。


「今朝も思ったけど、お前料理美味いな。こんなに上手いなら、どうしていつも打ち合わせの度に行き倒れになってたんだよ」


「行き倒れって何のことですか?」


「お前、前俺と打ち合わせする時や、締切まじかになると必ず行き倒れになっていただろうが。最初見た時、コイツ生活力無いのかって心配したぞ」


「だって、あれは締切まじかだったし、時間が無かったから、家にある物で良いかなって思って……」


「だからと言って、まさかレトルトや飲料ゼリーで締切乗り切っていたとは誰も予想できねーだろう」


「ぐっ……」


軽口に言うカイトに雪華はぐうの音も出ない。それを見てカイトは薄い笑みを向けて雪華に言った。


「締切も大事だが、俺がいる間はまともな食生活を送れよ。作家は自己管理も仕事のうちに入るんだからな。分かったか」


カイトの言葉は最もだ。

現に雪華はカイトの言う通り、彼との打ち合わせ中に倒れたこともあった。

その度彼は雪華のことを心配して、雪華の食生活を煩く言っていた。


だけど、当時初めてのデビュー作と言うことで意気込んでいた雪華は彼の言葉を聞き流していた。

だが、今回はそうは行かないだろう。


彼はやると言ったらやる男だ。必ず実行するだろう。

雪華は素直に頷くしかなかった。


「分かりました」


「お前、今書いている原稿を持って来い」


「は?どうして原稿を?」


「この俺が見てやるんだよ」


カイトの言っている意味が分からず、雪華は怪訝な顔をする。

どうしてカイトが雪華の原稿を見たがるのか雪華には理解が出来なかった。


カイトが雪華の担当なら理屈は分かる。

だが、彼は雪華の元担当だ。

彼はもう”夢物語文庫”(ドリーム文庫)の編集者ではない。


どうして彼が今更自分の原稿を?

雪華は疑問を抱かずにはいれなかった。


「前にも言っただろう。俺はお前の作品に惚れてるんだよ。お前の次作が気にならないわけねーだろうが。さっさと持って来い」


カイトは雪華から視線を逸らし、頭を掻きながら、素っ気なく言った。

だが、彼の耳は真っ赤で、よく見ると照れ隠しのように見える。


そんなカイトを見て雪華の脳裏にあることが過ぎった。


──お前は生意気だが、俺はお前の作品に対して惚れているし、認めてるんだよ。だから自信を持てよ───


──二人で最高の作品にするぞ。覚悟しておけ─


それはカイトと雪華が二人で作品を作っていた頃の記憶。


(この人、私の作品のことをまだ思っていてくれたんだ……)


まだ、自分の作品のことを気に掛けていてくれた。

もう自分が担当する作品じゃないのに。

そう思うだけで雪華は胸が暖かくなるのを感じた。


今まで自分の作品を見せろと言ってきていたのは、自分のことを気に掛けていてくれていたなのかもしれない。

思えば彼は口は乱暴だが、面倒見が良かった。


何だかんだ文句言いながら、指摘をしていたが、それは作品をより良くする為だ。

彼は指摘やミスを多くしてくるが、それは彼自身が作品を真剣に考えている為に過ぎない。


だからいつも彼と雪華はぶつかり合っていた。

だけど、同時に雪華はそんな彼を担当者として信用をしていた。


だから彼のこの言葉は雪華にとって何よりも嬉しかった。


「分かりました。そこまで言うのでしたら、持ってきます……」


雪華は気恥しさを感じて席を立つと、自分の部屋へと原稿を取りに行った。



数分後。

自分の部屋から原稿を取ってきた雪華は、彼に原稿を渡した。

彼は原稿を黙って受け取って、真剣な顔でチェックしていく。


雪華が書いている原稿は教師と生徒の恋愛小説だ。

余命宣告を受けた生徒が教師に恋をした。

文芸恋愛小説。


だがキャラクター性や話の構成はクリアしているが、まだ今の担当者からOKが出ていないのでプロットの状態だ。


しかし、雪華は以前、担当に見せる前に何枚か原稿を書いていた。

それをプロットと一緒にカイトに見せたのだ。


雪華はカイトの顔をチラッと見る。

その顔は真剣そのもので、いつものカイトとは違って思わず見惚れてしまう程だった。


(嵐山さんって、口は悪いけど黙っていればカッコイイんだよな……。クラスの子達が騒ぐの少しなら分かる気がするかも)


そんなことを思いながら、雪華はハッと吾に返った。


(何を考えているの!せっかく原稿を見てもらっているのに、そんな不謹慎なこと考えちゃダメだって!)


「おい、雪華……」


カイトは原稿を持っていた手をぶるぶると振るわせ、雪華に声を掛けた。


「なに?」


次の瞬間。

カイトは雪華へと鬼の形相で怒鳴り散らした。


「お前、何なんだ!!このプロットと原稿は!?プロットどころかキャラクター性が全く出てねーじゃねーかよ!!こんなんじゃぁリアリティなんって出せるわけねーだろうが!?」


「だっ、だって黒木さんはこれで良いって言ってくれましたよ!確かにまだあと捻り足らないって言われましたけど……」


「アホか。キャラクターの設定だけ決めて、話の構成作ればそれでいい訳ねーんだよ。

キャラクターってのは物語の登場人物であり、その世界で生きている人間だ。だからこそ、キャラクターの性格や行動が重要になってくるんだ」


カイトは一度言葉を切り、続けた。


「お前のこのプロットからそれが抜け落ちてんだよ。確かにこれは一見これだけ見たら、キャラクター、話の構成も出来ている。あと一捻りたしやぁ、プロットは通るだろう」


「だったらどうして……」


雪華がカイトへ強く食ってかかろうとした時、カイトは雪華を強い瞳で見据えて、ハッキリと告げた。


「俺だったらこんなものはキャラ設定から通さない。面白くないからだ」


「………………ッ」


「キャラに深みを持たせて、構成も一からやり直しをさせる。本とは読者に読んでもらう為にあるものだ。面白くない作品は出せないからな」


「……相変わらずの毒舌ですね……」


雪華は悔しそうにカイトを睨む。

作家に対しての毒舌。

きっと、気の弱い作家なら泣き出していたのかもしれない。

だけど、雪華はそれに対して静かな怒りを覚えていた。

カイトはそんな彼女を見て短いため息を吐いた。


「でも、俺は雪華の担当じゃないからな。今の担当は黒木だ。黒木に見せるんだったらそのまま黒木に見せれば良い。俺には関係ないからな、でももし」


カイトは悔しそうにする雪華の顔をずいっと覗き込み、意地の悪い笑みを作って告げた。


「俺に見せると言うんだったら、見てやっても良いけど。どうする?ユキカ先生?」


これは挑発だ。

カイトは自分を煽ってきている。


カイトの言うとおり、カイトはもう雪華の担当じゃない。

ただの知り合いになってしまった。

プロットや原稿だって、今の担当に見せれば良い。

その方が的確だ。

きっと普通ならそうするだろう。


だけど。


彼にここまで言われて、貶されたままでは雪華のプライドがそれを許さなかった。


「分かりました。そこまで嵐山さんが言うんでしたら、嵐山さんが泣けるような凄いプロットを作ってみせます!!覚悟してくださいよ。絶対にあなたを泣かすんだから!!!」


「おー。期待して待っているぞ」


雪華はカイトをキッと睨むと、リビングを後にした。



















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