彼との同居生活
翌日の放課後。
雪華は図書室で一人小説の原稿を書いていた。
いつもだったら学校が終わったあと、すぐに帰宅する彼女だったが、今日は何故だかそのまま帰宅する気が起きない。
(はぁ……。どうしてこんなことになちゃったんだろう……)
雪華の悩みの原因はカイトだ。
祖父の気まぐれで始まったカイトとの同居生活。
もう二度と会わないだろうと思っていたドSで自分勝手な元担当編者。
だが彼は雪華の学校の臨時教師だけではなく、雪華の家で同居することになってしまった。
(普通、教師なら生徒と一緒にクラスのはアウトなはずでしょう~~!教師としての意識はないのあの人には!!)
昨日の夜。
カイトと初めての同居生活ではカイトは今までと何も変わらず、雪華にちょっかいをかけ、からかってばかりだった。
一緒に仕事をしている時もそうだったが、
彼はやたらと雪華に構っていた。
妹のように構われているのではない。
雪華の反応を見て彼は自分のことを面白い玩具か何かだと思っている。
雪華はそう感じていた。
(でもまぁ、今朝作った朝食残さないで食べてくれたのは嬉しかったけど……)
雪華はハッとし、思考を戻して目の前に広げていた原稿へと視線を向けた。
(いけない!!早く原稿書かなきゃ!!)
その時。
「お前、まだそんなアナログな方法で原稿書いてんの?」
囁く声がし、雪華は慌てて後ろを振り返る。
すると、雪華に後ろにはカイトの姿があった。
「あっ、嵐山さん!?」
雪華の身体に密着するようにカイトは雪華の原稿を覗いていた。
いきなり現れたカイトにドギマギしながら、顔を赤くして抗議の声を上げた。
「もうっ!離れてください!!」
「おい雪華。学校では先生って呼べよな。
ん?お前、顔赤くなってるぞ」
「なってません!!」
「ふぅん。もしかして期待しちゃったのか?」
「し、してません……」
言い返そうとする雪華に、カイトはニヤリとした笑みを浮かべて雪華へと近づき、甘く囁いた。
「雪華、お前は俺のお気に入りだ」
「~~~~~ッ!!」
カイトから囁かれて雪華の全身が熱くなる感覚がして、鼓動が早鐘を打つ。
だが、きっと彼は自分の反応を見たいだけなのだろう。
雪華はそう思い、顔を赤くしてカイトを軽く睨んだ。
「お前、やっぱ面白いな!最高だわ!」
「先生。私をわざわざからかいに来たのですか。もし、そうならさっさと帰って下さい。仕事の邪魔です」
「そう怒るなって。悪かったよ。からかったりして。お前に家の合い鍵を貰いに来たんだ。俺、まだ貰ってなかったからさ」
「あっ、そういえば……」
雪華はカイトに家の合い鍵を渡すのを忘れていたことを思い出した。
雪華が居ない時、カイトは家の中に入れないとあっては、流石にカイトに申し訳ない。
雪華は鞄の中から合い鍵を取り出すと、
それをカイトに渡した。
「はい。どうぞ」
「サンキュー」
カイトはふとあることに気づき、不思議そうな顔をして雪華に訪ねた。
「そう言えばお前、何で家で原稿書かねぇの?もう放課後だろ?」
「たまに気分転換にここで書いているんです。ずっと家の中で仕事しているとダレちゃうこともありますから」
カイトがいるから家に帰りづらいことを言えることはなく、そう言って彼に誤魔化した。
「まっ、確かにそうかもな。だけどあまり遅くなるなよ」
「はい。分かってますよ」
素っ気なく返す雪華に、カイトは雪華の頭を優しく撫でた。
ふいにカイトの顔を見ると彼は雪華へと優しい笑みを浮かべていた。
「雪華。俺今日早く帰って来るから。夕飯期待してるぞ」
その言葉に雪華の心臓がドキリと跳ねた。
カイトは雪華の頭から手を離すと、図書室のドアへと向かって行った。
そして彼は突然思い出したかのようにその場で立ち止まり、雪華の方を振り向いて意地の悪い笑みで彼女に告げた。
「夕飯上手くなかったら、減点な」
「えっ!!減点!?」
雪華はカイトの台詞に驚き、ガタッと音を立てて席を立った。
「でも、お前なら大丈夫だろう。朝食結構美味かったし。期待しているぞ」
そう言って、カイトは図書室を後にした。
誰も居なくなった図書室で雪華は一人ため息をつく。
(はぁ……。もう諦めなきゃいけないのに……。こっちは気にしないようにしているのに何でまた振り回してくるのよ)
ガラッ。
図書室のドアが開いて、奥田が図書室の中へと入って来た。
「こんにちは有澤」
「あっ、奥田君。こんにちは」
「今さっき、あの教師とそこで会ったんだけど、もしかしてここに来たの?」
「うん。私に用事があったみたい」
「ふぅん」
奥田は少し不機嫌な顔をしていた。
その様子に気づいた雪華は彼へと不思議そうな顔をして訪ねた。
「奥田君。どうかしたの?」
「有澤ってさ、良く鈍いって言われない?」
「え?」
「何でもない。今の言葉忘れて」
奥田は素っ気なく雪華に返した。
(奥田君。様子が変。もしかして、私何か気付かないうちに奥田君の気に触るようなことをしてしまったのかな……)
奥田の態度に雪華は不安に感じてしまう。
いくら考えても雪華には奥田の機嫌を損ねてしまうようなものには心当たりはなかった。
そんな奥田は雪華のことを気にしていない素振りで図書室の奥の本棚へと向かって行った。
****
夕方。
学校から帰ってきた雪華は台所で夕飯を作っていた。
今日のメニューは肉じゃがだ。
雪華は慣れた手つきで、じゃがいもや人参、玉ねぎなど切っていた。
(こうやって、台所に立つのって嵐山さんが来てからだな……)
雪華は元々料理などはひと通り出来るのだが、彼女は殆ど台所に立たない事が多い。
作家である雪華にとって締切はとても大事なものだ。
それを安易に破ってしまえば作家としての信用にも大きく関わる。
特にデビューしたての雪華のような作家はそうだ。
だから雪華は原稿に追われ、締切まじかの時はいつもお手軽なインスタントか飲料ゼリーといった食事が多かった。
今は締切に追われていないにしろ、カイトのおかげで食事も満足に取るようになった。
一人で食べる食事は味気ない。
だからなのだろうか、カイトが雪華の作った物を食べてくれたのが、雪華にとっては少しだけ嬉しく感じていた。
雪華が鍋にじゃがいもを入れようとした時。
当然。
雪華は後ろから抱きしめられる感覚がした。
「ただいま雪華」
雪華は驚きながら後ろを振り返った。
「嵐山さん!!料理中に抱きつかないで下さい!!」
「ごめんな。あまりにも可愛かったもんだから、つい」
悪びれもしないカイトに対して、雪華はドキドキする心臓を押さえて、カイトへと疑問を投げかける。
「何で私に構うんですか?それに、私の担当をしていた時、こんな風にセクハラまがいのスキンシップしてきませんでしたよね?どうして急にこんなことを……」
「だから、今日学校で言ったろ?お前は俺のお気に入りだって。それにお前の担当をしていた時は編集長の目が合ったからな」
「だけど今私の先生ですよね」
「生憎だけど、俺は教師としての仕事は臨時でやってるんだよ。金が貯まればすぐ辞めるつもりだ」
「でも、あなたやたらと生徒の前で外面よく見せようとしてますよね?」
「だって、ピチピチの若くて可愛いJKに言い寄られた方が仕事も楽しく出来るだろう。あっ!お前ひょっとしてヤキモチ妬いているのか」
「人をおちょくるのは止めて下さい。本気ではっ倒しますよ」
「すみませんでした……」
ジト目で言う雪華にカイトは即座に素直に謝った。
雪華の手に包丁が握られている。
その為なのだろうか、カイトは僅かに恐怖を覚えた。
雪華は短い溜息を付いたあと。
料理を再開させようとしたその時。
頭をカイトから優しく、くしゃっと撫でられた。
「作ってくれて有難な。楽しみにしている」
そう告げて彼は台所から出て行ってしまった。
(~~~~~~)
雪華は顔を真っ赤にさせて、暫くその場から動けずにいたのだった。