6 衝突
2
ーー運命の日
不思議な夢を見た。月に照らされた耳の長い美しい女性の姿だった。
彼女は僕に問いかけた。
「君は強くなりたいの? それとも今までみたいに力に押しつぶされて流されたまま生きたいの?」
悶々と頭に響くその声は目が覚めた後もずっと片隅に残り続けた。
「いいか! 今日は我が国が新たな一歩を踏み出す記念すべき日だ! 祖国に勝利を!」
「おぉおおおおおお!」
けたたましい声と共に、帝国の使いがやってきた。
「本日の朝日が昇りし時、我が帝国軍は侵攻を開始する! これは最後の勧告だ!降伏の意はないか!」
そう言うと騎士団総長が大声で答える。
「無論! 降伏など眼中にない! 颯爽と消え失せろ!」
「後悔するぞ……」
防衛ラインには剣、槍、弓、魔導師の順に総勢二百人の隊列を組んだ。しかし、ハジメは最前線に立たされた。
「アルニクス、思い残すところはあるか?」
「ジートさん、あなたと一緒に死ねるなら本望です!」
「馬鹿言うなよ、生きて帰って美味い飯でも食おう!」
「おおおぉお!」
そして両軍、進行を始める。その戦い様は第二次世界大戦そのものだった。個々の能力ではこちらが優っているが、数の前では人は無力だ。
「クソォ! 倒しても倒しても湧いてきやがる!」
「アルニクス! 耐えろ!」
その時だった。帝国側の弓が腹を突き抜いた。そして、剣が胸に突き刺さる。
「痛い!痛いよ!」
血が辺り一面を真っ赤に染める。身体中が痛い。あの時と一緒だ。五臓六腑が動きを停止していき、意識が遠くなっていく。
「ジートさん! ジートさん! クソッ!」
アルニクスの声も遠く遠く、聞こえなくなっていく。
『ねぇ、生きたい?』
『なんだこの声……、頭に直接響いてくる』
『ねぇ、生きたいの?』
あの時と同じだった。事故の時意識が遠くなる中、遠くから声が聞こえてきた。
『また、転生かよ。やっぱりモブキャラにできることなんて何もないんだ』
『君が生きたいって望むなら私が力を与えてあげる』
『力?』
しかし、今更力を得たところで相手は二千の軍勢。こっちはもうほとんど戦士は残っていない。
『もう手遅れだよ』
『君自身が諦めてたら何も守れないよ、仲間も、奥さんも』
『—!』
昔の僕とはもう違う。守るものもができた。モブキャラだって一人一人に人生がある。それを一番理解しているのはハジメ自身のはずだった。
『力が欲しい! 僕は、僕は何をすればいいんだ!』
『よし、私と契約しよう。その代わり君の人生をいただく! それでもいいか?』
『構わない。愛する人を守れるなら! 仲間を守れるなら!』
『よし契約成立だ! 君は今日から私のご主人様だ!』
その瞬間、鼓動が太鼓のように脈を打つ。心臓はもはや限界値をはるかに超え、人間の域を大きく逸脱する。
『君に魔力を与えよう! 魔法の使い方は私が教えよう! まず出したいものをイメージするんだ』
『出したいもの、相手を殲滅できるもの』
『そうだ、そのままイメージを頭の中で具現化するんだ』
『頭でイメージする……。 こうか?』
イメージする。想像力をフル活用して具現化していく。
『そう、そして立ち上がり、そのイメージを現実に想い起こすんだ!』
「愛する人の為に、死んでいった仲間の為にも!」
「ジートさん……、 よかった……」
そこには今にも倒れそうなアルニクスが立っていた。
相手の前線にはまだ三百ほどの戦士が、しかし、こちらにはもう五十人も残っていないくらいだった。
—そしてついにその時が来た。
『今だよ! 力を解き放てハジメ!』
『—⁉︎』
『今! ハジメって⁇』
『いいから早く! 魔法を!』
『後で説明しろよ!』
そして、頭の中で創造した物体を一気に出現させる。
「来たれ! 全てを飲みこむ宇宙の全て!「黒門」!」
その言葉の瞬間、目の前の物質が一気に圧縮されていく。そして、嵐とともに黒門が出現する。
「お、おい! なんだあれ⁉︎」
「ジートさん! 何を⁉︎」
「全てを飲み込め!」
その後のことはあまり覚えていない。出現した黒い門は敵の前衛を全て飲み込んで消し去った。どこへ飛ばされたかわからないが宇宙へ飛ばされればひとたまりもないだろう。そして、この時から……。
—僕は人殺しになったのだ。