24話
命短し恋せよ乙女 黒髪の色褪せぬ間に。というのは『ゴンドラの唄』だったか。とってもいい歌詞だと思う。私の髪は黒じゃないけど。ブロンズ色だけど――。
「ごわぁん!」
足元で猫ちゃんが何かを強請るように鳴いてすり寄ってくる。私は慣れた手つきで鞄からチューブ式のキャットフードを取り出す。犬養さんが開発部長を務めた偉大なキャットフードである。
「にゃあ」
「はぁん」
「ぐぁ」
餌の匂いにつられて猫ちゃんたち寄ってくる。いや、これは餌の匂いだけじゃないかもしれない。
「こういう時のために複数用意しているのがプロってもんよ!」
一人しかいない公園でテンションが上がってそんな声をあげるも、猫ちゃんたちは早く飯を寄越せと言った鳴き声しか上げてくれない。
猫ちゃんたちは私の足元で餌をカッ喰らう。
私はチューブから餌を全て出した後、それをゴミ箱に捨てて、再びベンチに座る。
猫ちゃんたちはそれでも私の足元から離れない。これは餌を強請っているのではない。
私の体質なのだろう。
昔から動物にはよく懐かれた。特に猫には脅威的なほどに。
ただでさえこの目立つ見た目だ。そこに猫を引き付ける体質まであれば、当然私を取り巻く環境は心地の良いものではなかった。
けれどなんだかんだ友だちもいるし、これと言った大きな悩みはない。
しかし、それも私が環境を変えないようにしてきたからだ。犬養さんの娘になって、次期社長としての努力を続けていく中で、私の体質は会社の人たちにはどう映るのだろう。羨ましいと思ってもらえたら嬉しいが、そうでなかったならば――。
どちらも選ばずに施設に入っても、それは同じだ。私のこの見た目と体質は、初めての人には刺激が強すぎる。
「ぷふっ!」
突然噴き出してしまう。私が初めて若林さんに出会った時、若林さんの驚いた表情がなんとも滑稽であったことを思い出したのだ。
あの後、若林さんは困った顔をしながら私を探偵事務所に連れていった。困った顔はしていたけれど、奇妙そうな顏はしていなかった。
「あぁー、せっかくだし私も若林がよかったんだけどなぁ」
猫ちゃんしかいないのをいいことに陽気に独り言を漏らす。
若林さんの判断で結婚は夫婦別姓での結婚となった。いつ私と離婚になっても生活に支障をきたさないための配慮だと言う。
苗字を変えることに執着していることを表に出せず、私はその提案に頷くしかなかった。
家村さんと犬養さんが私と若林さんの婚姻届けの後見人として書いてくれた。
家村さんは自分の発言が引き金となって、自分の利益が二人の部下に搾り取られる事実に少し苦笑いをしていたが、承諾してくれた。
その苦笑いが見れたので、私のこの選択は正しかったとほくそ笑む。
学校の校長にも、私と若林さんで報告した。家族のこと、今まであったこと、そもそも家出していたことも隠していた私に対して校長先生は目を丸くして話を聞いていた。
しかし、それは隠すべきだと話し合いで決めたので私の結婚を知っているのは、学校の担任と、校長。後見人の家村さんと犬養さん。刑事の烏丸さん。そして旦那の若林さんのみである。
隠し事をしながら生きると言うのは何とも億劫である。
「あぁー」
猫ちゃんが私の靴の上で丸まって欠伸のように鳴き声を上げる。その猫だけじゃなく多くの猫ちゃんが私の周りでまったりとしている。
私は大きく溜息を吐きながら上空を見上げる。
様々な手続きを終え、学校内での勉学に励み、放課後に私はこの公園のベンチで猫ちゃんと戯れている。
「相変わらずのモテ具合だねぇ。メアリ」
私に声をかけてくる声がする。声の主を見つめると、私と同じ制服を着た友人二人がいた。
私は想定外の案件に内心焦るも、それを必死に隠す。
「萌に飛鳥じゃん。どったの?」
私がそう答えると、友人二人は猫ちゃんをよけながら私の両隣に座ってくる。
「いんや、授業終わってすぐに出ていったメアリがこんなところでぼーっとしているのを見つけたからさ。で? 家出は済んだの?」
萌は私の髪を弄るのが好きだ。一度、休み時間に私が自分の机に突っ伏して眠っていたら、授業が始まって目を覚ました時には髪が勝手に結われていたなんてのは日常茶飯事だ。今も話しかけながら勝手に私の髪を弄ってる。
「まぁね」
私は適当に答える。ここにいる萌にも飛鳥にも、家出をし始めの頃に、世話になった。
飛鳥の方は私が誘き寄せた猫ちゃんたちを静かにそっと撫でまわしている。
飛鳥は表情が硬いが可愛い子だ。クールな印象を受けるが、部屋にはファンシーなぬいぐるみも多いし、今も猫をめでるのに全神経を集中させている。
「まぁねってことはさぁ。何? 彼氏でも出来たの?」
「あぁー。まぁそんなとこ」
嘘は、事実に多少の嘘を混ぜるのがコツだ。彼氏はいない。旦那はいる。思わずニヤケそうになるのを必死に耐える。
「メアリ、その彼氏よっぽど好きなんだね」
先ほどまで猫ちゃんを可愛がっていた飛鳥がそのうちの一匹を抱えながらボソリと呟いて、私は思わず震えあがった。
「あっ、髪ほどけた」
私がビクりと動いたせいか、ずっと髪を結っていた手が離れて、髪がするりとほどけてしまう。
「メアリがそんなニヤけるの珍しい」
「確かに~。ねぇ! どんな人。どんな人!」
「いやぁー。それは言えないなぁ」
苦笑いをして誤魔化す。
しかし、その表情がまた萌と飛鳥の興味を煽る。
「聞かせてよー!」
「聞かせて」
二人はさらにぐいっと私に詰め寄る。私は同様して両手を盾のように広げて彼女たちが詰め寄るのを防ぐ。しかし、彼女たちは私が何かを言うまでは断固離れぬと言わんばかりでじっと私の目を見つめている。
飛鳥が抱っこしている猫ちゃんが前に出している私の手の平をぺたぺたと叩いて遊んでいる。
「……や、優しい人かな」
「ほうほう」
「後は……面白い人」
「へぇ」
それでもまだ二人は離れてくれない。
「えーっと……」
困った表情をしてみせても二人は離れてくれない。
「……い、一緒にいるとまったり落ち着く人……かな」
二人は何か納得してくれたようで、ニヤリと笑みを浮かべてようやく私から離れてくれた。
「飛鳥さん。こりゃ相当好きだね」
「そうだね萌さん」
「ちょ、ちょっと二人とも!」
二人は押しが強くて、私はいつもこうして揶揄われる。こんな見た目で、こんな体質で、さらに社長令嬢と言う立場なんかも気にせずに彼女たちは私と一緒にいてくれる優しい二人だ。
「メアリはさ、見た目に反して陰キャだからそういう相手がいるって聞いて安心したよあたしゃあ」
「萌、おばあちゃんみたい」
「ねぇ! メアリ。またいつかでいいからさ。うちらにも紹介してね。その彼氏さん」
「私も会ってみたい」
萌と飛鳥が微笑んでこちらを見つめてくれる。
この二人には真実を話していいんじゃないだろうか。今度若林さんに相談してみよう。
「で、うちらこれからクレープ食べにいくんだけど、メアリはどうする?」
萌がベンチから立ち上がる。私は表情に出ないように安堵した。
「ごめん。ちょっと予定があるんだ」
「明日明後日の土日は?」
「そこも予定があるの」
私は両手を合わせて謝罪の意を示す。
「そういうことならいいよ。また月曜日ね」
飛鳥は静かに微笑んで抱っこしていた猫ちゃんを降ろして立ち上がって萌の隣に向かっていった。
「じゃあね。メアリ!」
「バイバイ」
二人は手を振って、言っていたクレープ屋へ向かった。二人が去った後も猫ちゃんたちは私の周りでごろごろしている。私はほっと一息ついて鞄から一冊の本を取り出す。
外で読む本と言うのは中々乙なもので、こういう日の暖かい時はよくやってしまう。といっても私は重度の読者家と言うわけではないので、10分もすれば眠気が勝って眠ってしまうのだが。
「おや、やっぱりメアリちゃんだ」
本を読み始めてしばらくするとまた誰かから声をかけられる。初老の男性の声。本から目線を男性に移すと、その男性は犬養さんであった。
「犬養さん。お仕事終わりですか?」
「あぁ。あれから大変だよ。隣、大丈夫かい?」
犬養さんは丁寧に会釈をした後私の隣に座った。猫ちゃんの一匹がすぐに犬養さんの膝に乗る。犬養さんは少し怯えたように震えた。
「ははは。まだ慣れなくてねぇ」
犬養さんは、大量の猫ちゃんに襲われた。
彼は事件の後、家村さんと改めて襲われた原因を調べた。猫ちゃんの傷害事件が起こったのは、犬養さんが仕事中に会社内で密造されていた薬物を見つけてしまったのが原因だったそうだ。彼はまだそれが薬物であるなどは知らずに、社長であるわたしの父に問い詰めた。父はそこから情報漏えいの危険を感じたのだろう。
路地裏で猫ちゃんに襲われて入院したのはその翌日のことであった。
「今にして思えばあれはきっと前社長の口封じのつもりだったのかもしれない。詳しく知られる前に、誰も味方してもらえなさそうな理由で会社から距離を置いてほしかったのだろう。普通に解雇なんてすれば不信感が募る可能性もあるからね」
少し呼吸が荒くなっている犬養さんのために私は彼の膝に乗っている猫ちゃんをゆっくりとどかせる。猫ちゃんは不服そうにこちらを振り返ると、そそくさとどこかへ行ってしまった。
「それで、どうして家村探偵事務所を頼ったのですか?」
私は彼に問いかける。彼は枯れた笑みを浮かべる。
「あそこの探偵事務所が猫を探し回っているって聞いてね。会社にある謎の商品。猫に襲われた私。そして猫を探す探偵事務所。警察も、会社側もまともに相手してくれなかった。私は恐怖だったんだよ。どうして襲われるのか。その原因がわからないと、また襲われるのではないか。そして何よりも愛すべき猫ちゃんを恐怖するだけでなく、嫌いになることが怖かった。彼らなら、何か知っているかもしれない。そう思って頼ったのさ。偶然だったとはいえ、私がやったことは結果として多くの人を救ったんだと、刑事さんが言ってくれたよ」
犬養さんはベンチから立ち上がった後、猫ちゃんと目線を合わせるためにゆっくりしゃがみこんで撫でるために猫ちゃんの顎付近に手を伸ばす。その手はまだ震えていた。その恐怖心を猫に悟られたのか、猫はそっと彼から離れていく。
犬養さんは少し残念そうに溜息を吐いた後、再びベンチに座る。
「メアリちゃん」
「はい」
「私の養子になる話。君は断ったが、形式上親子でなくても、私は君を娘のように面倒をみたいと思っている」
犬養さんはこちらを見ない。足元でごろごろしている猫ちゃんを見つめながら、真剣な目をしていた。私も緊張してそんな彼の表情を見つめるしかなかった。
「事実はどうであれ、私がきっかけで君は家族を失ったんだ。君はきっと私と妻に迷惑をかけないために断ったんだろうが、そのように気を使わず、遠慮なく頼ってほしい」
「はい。ありがとうございます」
心が満たされるような気持ちになった。実の親にもこんな言葉を言われた記憶はない。
会社のパーティであった。腰は低く挨拶をしていたおじさん。パーティの隅っこで迷い込んだ猫に餌を上げて笑みを浮かべていたおじさん。幼少期の印象的な記憶だ。
彼なら会社も大丈夫。きっと部下にも愛されているはずだ。
「犬養さん」
「なんだい?」
「もしかしたら変わるかもしれませんが、私社会人になるときに、ペットファームで働きたいと考えています。新入社員として」
「その時はしっかりと面接してあげないとね。私も社長だからね。忖度はしないよ?」
犬養さんは無邪気な笑みを浮かべて私の肩に手をとんと置いた。
「はい。ありがとうございます」
「といっても、六年後かぁ。私その時も社長やっているかな。それとも、会社が……」
「大丈夫ですよ。ペットファームなら」
「そういってくれると頑張れるよ」
そこから二人してぼーっと猫ちゃんを見つめる時間が続いてしまう。
「メアリちゃん。君が迷惑をかけても良いと思える人が若林さんなのだろう。それほどまで彼を信頼しているならと私は後見人になった。けれど、さっきも言った通り、例え法律では親子でなくても、私を父のように頼ってもらって構わないからね。なにやら猫ちゃんがたくさん集まっているからもしかしたら君がいるのかもと思って、声をかけたんだ」
「ありがとうございます。そうですね。若林さんに対して愚痴が出るようになったら頼らせてもらいますね」
「はっはっは。そうはならないと思うよ。彼となら。じゃあ、私も帰るから」
犬養さんはそういってにこやかな笑みを浮かべて去っていった。
私は再び本を取り出して読み始める。
けれど内容よりも、これからのことを考えてしまう。
今も鼓動は早くなっている。おかしい。こんなことはなかったはずなのだ。
面白いから選んだ。それも事実である。けれどそれ以上に、なんとしても私は、彼との関係を続ける何かが欲しかったのだ。
なんといえば彼は驚いてくれるだろうか。彼の驚く顏困った顏は何度見ても飽きない。
「なんか……平和だなぁ」
あんなことがあった後なのに、なんとも呑気な話である。両親を失って、人さまに言えるような状況ではない。だというのに足元の猫ちゃんたちと同じように私は呆然とこの時間を楽しんでいる。
否、冷静になろうとしているだけだ。呆然としている私の内心を悟ったのか。猫ちゃんたちも私の周りをそわそわしている。ベンチに飛び乗ったり降りたり、じっと待っている私の周りを猫ちゃんたちが歩き回る光景は他の者がみたらカメラを構えること必至であろう。
けれどこの内心の慌て具合もなぜか辛くはない。退屈しない。まだであろうかと気がはやる反面。まだ落ち着かないから来ないで欲しいと思ってしまっている。
その時だった。見覚えのある人影がこちらに向かってきている。私の鼓動は早くなる。
「はぁ……お待たせ」
「はぁん!」
待ち人である若林さんが走ってきたのか疲れた様子で息をぜいぜい言っている。なぜか頭には子猫が乗っている。いつかの日にも乗っていた子と同じ子であった。
「大丈夫ですよ。ほんの三時間しか待っていません」
「そんなに待っていたの!? ごめん。なんか、蕾とか、生瀬さんとかに捕まって――」
「嘘ですよ。冗談です。ですが、妻を待たせて他の女性と話していたんですか? 英智さん」
若林さんは呼ばれ慣れていない呼ばれ方に狼狽している。その困った顏がまた面白い。
「ははは。若林さんって本当になんというか、人が良いですよね」
「君はこんな人をからかうような子だっただろうか」
「ほら、女は結婚したら変わるって言いますよ」
「僕らの場合の結婚はちょっと違うだろう」
「違うことはないですよ。私は貴方の妻なのだから」
「あまり言わないでくれ。恥ずかしいだろう」
若林さんは恥ずかしそうに目をきょろきょろさせながら私の隣に座り、大きな溜息をついた。いまだに子猫は若林さんの頭の上にいる。
「この子、降りてくれないんだよ」
「気に入られているんですね」
「降りてもらわないと髪に猫の毛が絡んで大変なんだけどなぁ。後単純に重い」
子猫は人の言葉を理解しているのか、辟易としている若林さんの額を何度もぺしぺしと叩いている。その光景に私は思わず失笑する。
「おろしてあげましょうか」
「……お願いします」
「メアリって呼んでくれたらですけど」
冗談っぽく言ってみると、若林さんは困ったような表情をした。私は数秒でその空気に耐えきれずに子猫ちゃんを若林さんの頭から抱っこして話す。少しじたばたしたが、私の腕の中で落ち着いたのか。そのまま大人しくなった。
「冗談です」
「あぁ。そう」
若林さんは安堵の息を漏らす。
「じゃあ、行こうか森崎さん」
「はい。若林さん」
私達が立ち上がると、猫たちは各々霧散していった。
「こうして並んでいると夫婦みたいですよね」
「いや、だからそういう冗談はやめてくれ」
「でも事実じゃないですかぁ」
私はケラケラと笑って困っている若林さんんの表情を見つめる。
きっと、町のみんなもこの顔が好きなんだろうなぁとなぜか納得した。
「そういえばこないだの依頼なのですが――」
私は若林さんに思い出したように問いかける。猫失踪事件の後に舞い込んできた依頼であった。
「あぁ。こないだのなら、警察の管轄になりそうだからって家村さんが烏丸さんに手続きしていたよ」
「そうなんですか。じゃあ結末はわからないんですね」
「そうだなぁ。確かにどうしてああなったのかは気になるけど、それは報告書で見ればいいさ」
若林さんは先輩風を吹かせて歩いている。そして私の方を見て言った。
「だからね。後は警察に任せよう」
「何ドヤ顔しているんですか」
私は彼の凛々しい顏に思わず笑ってしまった。彼はそんな私に怒って顔を赤くするも、直後に私につられて笑ってしまう。
「さっ、新しい依頼をこなしますか」
「そうですね。頑張りましょう」
そして私たちは次の依頼人の元へ向かう。
探偵。それは人に寄り添う仕事である。私のような、事件の端で涙をこらえている人たちが不幸になる前に道を示す仕事である。
私は若林さんや家村さんを見て、そう感じた。
私は自分の状況に折れる前に彼らに出会えて本当によかった。彼らとこの町の人たちのおかげで私は悲劇の少女ではなく、ただの猫がついてゆく少女となったのだ。
「ん? どうしたの森崎さん?」
「なんでもありません。若林さん。今日の晩御飯はどうしましょうか?」
「そうだなぁ。鮭のホイル焼きでもしようかな」
「いいですねぇ! 家村さんにも連絡してっと……。よし!じゃあお仕事頑張りましょう!」
張り切るように叫んだ私を見て若林さんはほほ笑んだ。
そして今日も私達家村探偵事務所は、事件に寄り添っていく――。
最終回。これで良かったのかわかりませんが、満足はしています。今まで読んでいただいた皆さま、誠にありがとうございました。第二エピソードはプロットがまとまり次第書く予定ですので、ぜひお楽しみください。
それまでは他作品も読んでいただければ幸いです。




