17話
人間と言うのは不思議なもので、二回目ともなれば案外どうにかなるものである。この大きな門を見ても最初の時ほど怯えない。
「大丈夫? 顏が強張っているよ?」
「何言っているんですか。全然普通ですよ」
「まぁ、前も言ったように、ここには慣れない方がいいよ」
家村さんはそういいながらまた扉をバンバン! と叩く。
「あいよ。この叩き方は家村くんだね?」
キリっとした美人が扉を開く。着物を身に纏い家村さんを睨みつけている。
「いいかい家村くん。あんたうちの弁慶と仲良くしてくれんのはいいけど、うちも一応裏家業なの。いつまでも小学生気分で門をバンバン叩かないでくれる?」
「へへぇ。すんません佑子さん」
「そうやってヘラヘラしてたらみんな許してくれると思ってんだろ? あたしはあんたのために言ってんだよ? うちの若い衆が敵襲と勘違いしたら危ないのはあんたなんだから――。そういえばあんた聞いたよ! 生瀬ちゃんがあんたの視線がいやらしいって――」
そっからまくしたてるように説教をする佑子さん。確か、漆原さんのお姉さんだったか。最初の方はヘラヘラしていた家村さんであったが、だんだんしおらしくなっていく。
「とにかく中入って! そんで正座しな!」
門の中に入って、屋敷の庭、砂利の上で言われるがままに正座させられている家村さんは普段見ることの出来ない姿であり、俺は唖然としてしまった。
「わかってんだろうね。あんた」
「はい。はい」
「ちょっと町の人がいい人達だからってね」
「はい。はい」
「あんたもこいつに迷惑かけられてないかい?」
佑子さんが突然こちらに話しかけてきたので、唖然としていた俺は数秒佑子さんの言葉に返事出来なかった。
「若!」
「あっ! はい。いつも迷惑をかけられています!」
「ほらやっぱり! あんたねぇ! 雇い主ってのは――」
「はい。はい」
いつもじゃあ絶対に見れない家村さんの姿に唖然としていた俺だが、ようやく意識が冷静さを取り戻しつつある。
そうなってくると、いつも自分に迷惑をかけてくる家村さんが子どものように叱られている様子は何とも滑稽で、失笑してしまいそうで腕で必死に口を押さえた。
「姉貴。その辺にしとけ」
奥から煙草を吸いながら漆原弁慶さんがやってくる。
「弁慶。あんたもあんただよ! 弁慶。あんたがそうやって甘ちゃんだから家村も若菜ちゃんも舐められてんだからね」
「はいはい。悪かったよ。今日は仕事で俺が呼んでんだ。あんま客に恥かかせないでくれ」
「あいよ。じゃあ立ちな! 家村。今回はこの辺にしといてやるから」
「ははは。本当に、佑子さんには参っちゃうよ」
「うちぐらいやろうが。あんたにこうやって怒ってやれるの」
「はい。感謝しています」
砂利に座っていた家村さんは立ち上がり、ニコニコしている。この三人の信頼しきった関係性に入ることが出来ず、屋敷へ入っていく三人についてゆくしかなかった。
通されたのは前回も入ったちゃぶ台のみの部屋であった。俺と家村さんが並んで座る向かいに漆原さん、佑子さんが座る。
「兄貴、お待たせしました」
襖を開けてスキンヘッドの男、左近司さんが入ってくる。
目の前に裏家業の長とその側近たちがいる。二度目とはいえ落ち着かない。
「若林さん。家村さん。よろしければこちらどうぞ」
左近司さんはどら焼きを机の上に置く。俺はここからどうしたら良いものかわからず、どら焼きに手を伸ばす。
小学生くらいの頃、親戚の集まりでなぜか寝付けずに、同年代がみんな寝てしまい、子どもが自分一人になってしまった時の気持ちを思い出す。
「うん。うん。男の子はそうやってがつがつ食うた方がええ」
緊張から手を伸ばしただけなのだが、佑子さんに好印象を持たれてしまい、その恥ずかしさもあり、慌てて左近司さんが煎れてくれたお茶を啜る。
「さて、本題に入ろう」
漆原さんが左近司さんに目配せをする。左近司さんは懐から白い粉が入った袋をちゃぶ台に乗せる。
それともう二枚、俺と家村さんに資料を渡す。その資料には、何やら細かく図や文章が書かれている。恐らくこの白い粉の成分表が書かれているのだろう。
横で家村さんはその資料をじっと睨みつけている。
俺もその資料に目を通す。その時、目に映った単語に俺は思わず驚いた。
俺のその表情を見たからであろう。漆原さんが真剣な眼差しで頷いた。
「あぁ。これは薬物。しかも新薬だ」
家村さんは少し残念そうにその資料を見つめていた。
しかし、それは欲しい情報が手に入らなかったと言うよりは、むしろ欲しすぎた情報が手に入ったからこそ落胆している印象だった。
恐らく、家村さんが見つめてる言葉と、俺が驚いた言葉は一緒であろう。
「この新種の薬物は匂いのカモフラージュにまたたびを使っている。ということで間違いないね?」
家村さんは漆原さんを睨みつける。
「そうだな。またたびは俺ら人間からしたら無臭の植物だが、猫や犬にとっちゃあとっても強烈な匂いのするもんだ。それの割合を多くして作られた薬物は、恐らく犬じゃあ判別できねえ。変な匂いがする物って認識はできるだろうが、薬物の匂いとは思わねえだろうな」
漆原さんがイラついているのかチャブ台を指で何度も叩く。
「頭領。はしたないよ」
「悪い。姐さん」
ここは仕事の場だからであろうか? 漆原さんと佑子さんがお互いの呼び方を変えている。徹底していて格好いい。
「……」
「なんだ? 調査結果が概ね予想通りだったのか?」
「あぁ。うん」
返事をしながらも、家村さんはまだ何か考え事をしている様子だった。
「家村さん。良かったら聞かせてもらえませんか? 今考えていること」
俺はどら焼きを飲み込んで家村さんの肩に手を乗せる。家村さんも少し悩みながらも、頷く。
「僕は嫌な予感がしていたから君の調査結果を聞いた時、色々腑に落ちてしまったよ」
家村さんは暖かい茶を啜る。
「またたびを使用している可能性を予知していたと?」
漆原さんが家村さんに問い詰める。
「そうだね。一番最悪のパターンと言うか。探偵はね? 常に最低でも三パターンは想定しているんだよ。ズバリ相手や流れを読んでいるんじゃなくて妄想癖が多いだけだよ」
家村さんはそういってまた話をはぐらかしている。彼の中で確信の部分と予想の部分が多いからであろう。
「さっさと話せ」
「はいはい。烏丸さんから預かったその薬物にもし、またたびが使用されていたら。それは、僕にとって大きな進展であると同時にこの町にとってあまりいいニュースではない。
なぜなら、恐らく。その薬物がこの町にやってきているから、僕たちは飯が食えていることになる」
家村さんの言葉で俺も彼がはぐらかしている部分を理解した。
「そうか。猫が失踪しているのは――」
「うん。きっとこの町にこの薬物は思っている以上に出回っている。出回って売人が歩き回っていることで、町には常にまたたびの香りが蔓延している。それに、町人たちは気づかない。気づくのはこの町の猫だけだ」
「ちっ。俺のシマで、気に食わねぇ」
漆原さんは思わず舌打ちをしている。
俺は家村さんが言っている言葉をしっかりと整理する。
「家村さん。だとしたらもしかして僕らのところにやってきた犬養さんは――」
「いや、若林君はきっと犬養さんを売人。もしくは利用者と思いたいんじゃないかい?」
「違うんですか?」
「そんな人が探偵を頼らないよ。自分の素性がバレたら面倒だからね」
「犬養ってのはなんだ?」
俺と家村さんだけで交わされる話題に興味を持った漆原さんと側近のお二方は俺をじっと見つめる。
「あぁ。うちの依頼人です。どうやら猫に襲われて包帯グルグル巻きで――」
「はっはっは! そりゃおもしれえな!」
「頭。もう少し上品に」
「いや、だって面白すぎるだろ! 猫に襲われたミイラ男! おい家村! お前そういう面白いことあったならばいち早く報告しろよぉ」
「いや、依頼人へのプライバシーがあるから」
「弁慶! あんまり人さまを笑うんじゃないよ!」
話題が逸れそうになったのを感じた佑子さんが漆原さんを叱責する。
「しかし、そんな奴が依頼人に来ていた。そして町からいなくなっていた猫共、そしてまたたびを使用した新たな薬物。不思議なもんで全部繋がっちまいそうだな」
「そうだね。若い刑事さんにお願いして犬養さんについて調べさせたことがあるんだけど、どうもキナ臭そうでね」
「本人が売人や利用者じゃなくても、何かあると?」
「あぁ。その辺は若林くんが調査済みさ」
「はい。彼の勤務先に明らかにその……漆原さんたちと同じような雰囲気の方がいました」
「ほお、ちなみにその場所は?」
「隣町だよ。その隣町にまで猫ちゃんが移動していたことから。その薬物の出どころはそのあたりだと思いたい」
「なるほどねぇ。左近司、まだ顔も覚えられてなさそうな若い衆にあっちの方で遊ばせてやりな」
「調べるので?」
「調べろっつったらうちのバカ共、無茶するからね。遊んで来いだけでいいさ」
「かしこまりやした」
左近司さんは佑子さんに頭を下げた後、ゆっくりと立ち上がり、四畳半の部屋から静かに出てゆく。
家村さんはそっとその薬物を懐におさめた。
「これとこの資料は烏丸さんに渡しておくよ」
「あぁ。頼む。猫の方は大体片付いたのか?」
「うん。うちの新人アルバイトが優秀でね」
「あらそうなのかい? 挨拶したいねぇ」
「本当はそうしたいんだけれど、流石にねぇ」
「……どういうことだ?」
「女子高生なんだ」
「あぁ、それなら仕方ないわね」
佑子さんが納得したように息を漏らす。
漆原さんも溜息を吐く。
「そうだな。未成年は俺たちに知り合わないほうが良い」
家村さんが薬物を懐におさめたのを見て、仕事モードを終えたと判断したのか、漆原さんは煙草を取り出し、吸い始めた。
家村さんも、自分の分のどら焼きを掴み食べ始める。
「しかし、隣町から流通されてる新しい薬物となると……。話はでかくなっちまうかもな。家村、そんときはしっかり俺を頼れよ」
「わかっているさ」
家村さんは満面の笑みで漆原さんの言葉を頷いた。
しかし、その笑みの奥に先ほどの会話にはきっと家村さんが考えているところを話していないのだろう。誰にも話せない部分があるのではないだろうか。と何気なく察することができるくらいには、俺も家村さんを分かってきたんじゃないか。と思えた。
けれど、その後何もなかったかのように漆原さんと佑子さんと話す彼を見て、やっぱり何か掴めないものを感じる。一年以上一緒にいても、この人の真意は理解できなかった。
俺に出来ることは、今彼が考えていることに到達できるように、資料と、先ほどの話。そして今日までにあった出来事を振り返る。
必死に――。必死に――。家村さんが僕にも漆原さんにも話そうとしない何かをしっかりと理解しようと頭を巡らせる。
そしてよぎった。俺に声をかけてきた男。猫を連れているからと俺を売人と勘違いした男。
そして僕の脳裏に森崎さんと初めて出会った日のことをなぜか思い出す。
けれど、そこから先を想像するのはとても恐ろしくて、生唾を飲み、考えを放棄して三人と共に談笑に参加した。家村さんは僕が放棄した先まで考えた上で笑えているのだろうか。もしそうならば、やはりこの人は強い探偵なのだな。と納得するしかなかった。




