剣の勇者
「勇者様! 着きましたよー! 起きてください!」
目がさめると俺たちはジャンペインに到着していた。
スピナッチの港町とは少し匂いがちがっていた。
「ここがジャンペインかぁー!」
「夜通し運転お疲れ様だなクレア!」
「なんか聞いていたより都会だな!」
「ここはジャンペインの南西の港町ですよ」
「スピナッチと同盟を結んでから技術提供により一気に発展した街ですからね」
「ただ、この街から少し外れるともう大自然が広がってますが…」
「そういうことなのか、とりあえず腹減ったし飯にしようぜ!」
「クレアも来るんだろ?」
「いえ、私は王様から仕事を頼まれてますので、この街で帰りをお待ちしております」
クレアは軍の人間だしな。いろいろと仕事があるのだろう。
「そうか! じゃあここでしばらくお別れだな」
「じゃあな! クレア! ありがとう!」
「はい! 勇者様もお気をつけて!」
そう言い残すとクレアは何処かへ駆け足で行ってしまった。
「チッチ、グリグリ飯でも食いながら仲間を探すか!」
「賛成だよ〜腹減って死にそうだよ〜」
「僕も賛成ですね。この街の名物は……」
グリグリがパソコンを取り出して名物を探してくれるようだ。
「やっぱり港町といえば海鮮丼のようですね」
「それ探す必要あったのか?」
「そこら中に『海鮮丼』って看板が出てるゾ!」
「その『海鮮丼』の中でも1番美味しい物を食べたいではありませんか!」
それは確かにグリグリの言う通りなのかもしれない。
「意外とグリグリは食べ物にはうるさいんだよ〜」
チッチが馬鹿にしたような目でグリグリに言っている。
「いいじゃないですか! あっ、あの店にしましょう!」
グリグリが指をさしていた店に入ることにした。
「らっしゃい! 好きな席座りな!」
俺たちは窓側の席へ座ることにした。
「兄ちゃん亜人の子供なんか連れて珍しいね!」
「誘拐犯かい?」
「誘拐犯とか人聞きの悪いこと言うなよ!」
「お前にはこれが亜人に見えるのか!」
「俺には宙に浮いてる猫と宙に浮いてる亀にしか見えないけどなぁ…」
「ガハハハハッ! すまねぇな!」
「まぁ俺たち港町の人間は細けぇことは気にしないからよ!」
「ただ兄ちゃんここから離れて田舎に行くのならそいつら閉まっておいた方がいいぜ!」
「あいつらは自分の知ってる事以外の事が起きたらパニック起こすからよ!」
「まだ街が発展してから10年も経ってねぇ」
「田舎の連中は魔法すら見たことねぇ人間ばっかりだからな!」
「それはかなり大事な情報だな…ありがとよ!」
「とりあえずこのスペシャル海鮮丼ってやつを3つ頼むよ!」
「亀の兄ちゃんも海鮮丼買うのか?」
「人間だって豚や牛といった哺乳類を食べるじゃないですか」
「それと同じことですよ」
「ガハハハハッ!! 違ぇねぇ!」
「スペシャル海鮮丼3つな!ちょっと待っててな!」
「そういえば思ったんだけどよ、精霊の存在ってのは事情を知ってる人間以外にはどういう印象なんだ?」
「僕たち精霊は意識操作の魔法が使えるからね」
「さっきの店員さんみたいに亜人の子供に見えてるから安心して!」
「あと、僕たちは姿を消せるんだ!」
「だからカバンの中に押し込めたりしないでね!!」
「そ…そんなことするわけないじゃねぇか!」
「やっぱりカバンに入れようとしてたんだね…」
「お待ちどうさま! スペシャル海鮮丼3つだぜ!」
「かなり美味そうだな!」
「いただきま〜す!」
「魚! 魚! 魚がいっぱいだ!!」
「やっぱりチッチは猫なんだな」
「僕は猫じゃないよ! 精霊だよ!」
「それはわかっているんだが…魚の中でも好きなのは何なんだ?」
「シャケだね!! 僕と同じピンク色だし!!」
「シャケはピンクというか、オレンジな気がするが…」
「……ところでよ、この国にいる勇者さんはどこにいるのか見当はついているのか?」
「そうですね…一応レーダーでは、ここから北へ向かった村みたいですね」
「聞き込みもなんにもできねぇもんな」
「俺たちはそもそも勇者さんがどんなヤツかわかっていないわけだしな」
「とりあえず飯食い終わったら北へむかうとするか!」
ーーごちそうさま!
「兄ちゃん達もう食い終わったのか!」
「かなり美味しかったよ! ありがとう!」
「じゃ! 気ぃつけてな!」
「また帰りにでも寄ってくれや!」
俺たちは金を払い、店を出た。
金は賞金があるからいいとして。
情報が何もなさすぎる事が不安要素だが、とりあえずグリグリの情報通り北へ向かうことにした。
2時間程北へ歩いていると門のような物が出てきた。
「あれはなんだ?」
近くまで行ってみると兵士がいた。
「ちょっと待ってくれるかい?」
「この先は命の保証がないよ」
唐突に兵士が俺たちに言ってきた。
「それはどうゆう事ですか?」
「そして、この門はなんですか?」
「ここまではスピナッチ国とジャンペイン国の軍が合同で鬼から街を守っているんです」
「だからこの街は安全な貿易都市なのです」
「この先には鬼がいて、危険だから引き返してほしいということですか?」
「引き返せとまでは言いません。みなこの街へ商売や買い物をしに来ますからね。」
「ただもう昼過ぎです。夜になれば鬼が徘徊します。その忠告をするためにここへ立っているのです」
「忠告ありがとうございます。夜になるまでには村へ入りますので大丈夫です」
そう言うと兵士は門を開けてくれた。
「お気をつけて! くれぐれも夜は外へ出ないようにお願いますね!」
俺たちは門をくぐり先を目指すことにした。
さっきまでの賑やかな街とは対照的に大自然が広がっていた。
結構歩いてきたので俺たちは河原で少し休憩をとることにした。
切り株に腰を落としため息をついていた時に船の中でクリスがくれた袋のことを思い出した。
「役に立つ物が入ってますのでジャンペインに着いた時にでも見てください!」
…って言ってたなたしか、どれどれ……
中を見てみると1冊の本が入っていた。
「なんだこれ、【魔物危険度ランキング】とな」
俺は格闘技一筋で生きてきたので、魔物のことはちんぷんかんぷんだった。
1番危険な魔物にはSランクが付けられ
それ以降はA.B.C.D.E.F.Gの順番みたいだ。
「よくわからねぇ名前の魔物ばっかだな…」
「…そういえば!」
ふと鬼のことが気になり鬼のページを探した。
【鬼】Aランク 非常に危険
と書いてあるだけであった。
ちょっとまて、Aランクだと……
俺はここで死ぬんじゃないのか…
やべぇ、早く村へ入らねぇと……!
心臓の鼓動が早くなっているのがわかった。
「…バ……ト…バット!!」
チッチが大きな声で俺を呼んでくれた。
「様子がおかしいよバット?大丈夫?」
「ありがとう、チッチ」
「鬼のページを見て少し焦ってしまって」
「なにも心配いらないよ! 君には精霊が2匹も付いているんだから」
その言葉に根拠があるのかどうかは俺はまだしらないが、どこか安心できるものがあった。
「すまねぇな、これじゃ勇者失格だな」
「進もうかそろそろ! 日も暮れそうだ!」
グリグリの情報によればこの先30分くらい歩いたところに村があるそうなのでそこへ目指すことにした。
…ガサ…ガサ…ガサ……
しばらく歩いた時の事だ。
茂みの中でなにか動く気配を感じた。
恐る恐る茂みの方へ目をやると、真っ赤な身体をした大きな人のような影がこちらへ近づいてくる。
「グリグリあれはもしかして鬼…なのか…?」
「そうですね。まだ日は出てるというのに…」
戦闘は避けられそうにない。
「チッチ、力を俺に貸してくれ」
「大丈夫だよ。もう準備は整ってる!」
こうなったら先制攻撃だと思い俺は鬼に飛びついた。
「くらえぇぇぇぇぇ!」
俺は鬼に右ストレートをぶち込んだ。
不意をつかれた鬼は後ろへ吹っ飛んだ。
この隙に逃げるか?逃げたところで鬼の走るスピードってのはどれくらいだ?
こうなりゃ、とことんやって鬼を仕留めるか?
そんな事を考えていると鬼は立ち上がってしまった。
「ぶぉぉぉぉ!!!!」
鬼はどうやら怒っているようだ。言葉が通じる相手だとは思えない。
さっきの一撃は不意をついたからいいが、今度は鬼もちゃんと構えている。
「鬼の武器は金属製の棒のような物か…」
「なにを呑気な事考えてるんだ俺!しっかりしろ!!」
そんなことを考えいた時鬼は棒を振り下ろしてきた。
「ぶぉぉぉぉ!!!!!!!」
「腕であの攻撃を防ぐんだ!!」
チッチの声が森の中に響き渡る。
俺はとっさに腕をクロスし鬼の攻撃を受けた。
「まじか俺!腕で防げちゃってるよ!」
「ちょっと痛えが大丈夫みたいだな!」
「これが勇者が使える精霊の力だよ!!」
「君の肉体は僕の魔法によって強化されてる!」
「だから思う存分戦って!!」
「ありがとう、チッチ!!」
そういうと俺は棒を振り払い、のけぞった鬼に飛び蹴りを入れた!
「クソがぁ! くらいやがれぇ!!」
吹っ飛んだ鬼へさらに3発蹴りを入れた!
「これで終わりだぁぁ!」
鬼はもう戦える状態には見えなかった。
「俺は…勝ったのか?」
「とどめを刺さないといけませんよ! ただ気絶しているだけです!!」
グリグリが焦ったように言っている。
「とどめってことは殺すのか……俺が……」
「たしかカバンの中に王様から貰った剣があったはずだな……」
剣を取り出し、鬼の首に這わせたが、俺は躊躇してしまった。
「こうしてみると生々しいな……殺すのか……俺が……生き物を殺すのか……」
俺が躊躇してしまったために、鬼は息を吹き返してしまった。
「やべぇ、どうしよう……」
完全に戦意を喪失してしまったのは俺の方だった。
腰が抜けて立ち上がれない。
チッチやグリグリがなにかを言ってくれているのはわかっている。
だが、聞こえない。暗闇の中にいるような感じだ。
塞ぎ込んでいた俺は、鬼の断末魔で意識を取り戻した。
目を開けたそこには、胴体を2つに切り裂かれた鬼がいた。
「お前は何者だ? こんな所でなにをしている?」
1人の黒髪の剣士が俺に話しかけてきた。
「俺は、鬼を倒そうとして……その……」
「たしかにこの鬼をいい所まで追いやったみたいだったが、息の根を止めねぇってことはお前は根性無しか、よその国の人間か?」
「どっちも当てはまるかもな……」
「俺はゼゼって名前だ。お前は?」
「俺はバットだ」
「バットか……バットとりあえずここは危ねぇ、俺の家に来い話はそれからだ。」
俺たちは行く当てもないしゼゼの言葉に甘えることにした。
「この辺りから勇者の反応がありますね。もしや彼は剣の勇者かもしれませんよ!」
グリグリのそんな言葉に俺は、こんなに早く見つかるものかな? と思った。
それにもしゼゼが勇者ならば、ここで反応が強く起こるはずでは?そんな疑問を感じたが、あまり深くは考えないようにした。
俺たちはゼゼに連れられ森を出た。
しばらく歩いた先に小さな木造の寺が出てきた。
「ここが俺の家だ。とりあえず入れよ」
「師匠!! どこ行ってたんですか!!」
ゼゼのことを師匠と呼ぶ青髪の女剣士が中で待っていた。
「あぁ、すまねぇな! 帰る途中に鬼にとどめを刺そうとして小便ちびってるヤツがいたもんで、代わりに殺してやったんだよ!」
「バット! こいつは俺の弟子のユキメだ」
「ここで2人で住んでるんだ。まぁ、ゆっくりしてけよ!」
「改めて自己紹介するよ。俺はバット! よろしく!」
「ゼゼ、さっきはありがとう。とどめを刺すことに躊躇してしまって…」
「あのままじゃ、お前は死んでたな。お前からは闘う覚悟がなかった」
「だが、あそこまで鬼を追い詰めたのもお前だ」
「いったいどうなってやがる?」
勇者であることを言ってもいいのか悪いのか…
そんなことを思っていると、グリグリが話しかけてくれた。
「この人は勇者ですよ! バット! 反応がさっきから止まらないので確実です!」
「本当のことを言ってもいいと思いますよ!」
そういうことならと思い。本当のことを打ち明けることにした。
「……勇者? なんだよそれ」
「その『クイーン』ってのもわかんねぇ」
「そして挙げ句の果てに俺も勇者だなんてもっと意味がわからねぇ」
「悪いが世界平和とか興味ねぇな」
少しの間、沈黙の時間が流れた。
「ただ、…但しだ! 俺たちが刀の稽古を積んでいるのには訳がある」
「師匠の残した最期の言葉、丈衛門という天才刀鍛冶の作った3本形見という刀を悪に利用したり、金儲けの道具にすることを防ぐため、俺たちが集めろ」
「その3本形見を集めるため俺たちは稽古を積んでいるんだ」
「もしお前たちに着いていけばその、刀を集めることはできるか?」
「もちろんできるさ! 俺も手伝う! だから俺たちに着いてきてくれないか?」
「まぁ、俺たちも本当は3本形見を探して世界へ旅立とうと思っていたところなんだよ」
「これもなにかの運命かもしれねぇな」
「師匠!! 私も賛成です! バットさん達と共に世界へ旅立ちましょう!」
「ありがとう!!」
ーーこうして剣の勇者ゼゼとその弟子ユキメが俺たちの仲間になった。ーー