君と会える七夕
「来週の金曜日は七夕だ。七夕にはおりひめとひこぼしが出会うといわれている。それは古く平安時代にまでさかのぼる・・・」
授業を聞きながら外を眺めると、グランドでは二年生の体育の授業が行われていた。
グランドの脇、木の下には同じ天文部の二年生・・・木崎レイナがいた。彼女は病弱で学校もたびたび休んでいるらしい。
もともと活動の少ない天文部では部長の俺でさえ部員が休んでいるかも把握はできない。
「おい!内村。どこ見てんだ。いくら天文部で知ってるとは言っても話を聞くふりぐらいしてくれ」
歴史の先生及び天文部の顧問、山下に頭を小突かれた。
放課後の天文部の部室、そこは夕日が差し込みすべてが赤色に染まる。俺は案外その場所が好きだった。そこに吹く風もそこにさす光も。
そして、そこには一人の少女が立っている。華奢な体に長い黒髪。
「こんにちわです先輩。それよりも、体育の時教室の窓からグランド見てませんでした?」
まさかばれていたのか。
「見てなかった。」
「ほんとですか?それにもし見てたのなら気づいてるでしょうけどですが、今日は貧血気味だったから見学しただけなんで。心配ないですよ」
「お前、この前もそういってたぞ。来週は夏の天体観測だぞ?そんときに体調崩さないようにしとけよ」
七月七日、七夕の日。毎年天文部は学校の屋上で天体観測をするのが恒例行事となっている。今年も雲一つない夜空になる予定で準備が進められている。
「去年は行けなかったですから今年こそは必ず行きたいんですよねー」
木崎が目を輝かせながら言う。
ならなおさら気を付けてほしいんだが・・・
「ただいま~」
「おかえり、お兄ちゃん」
家に帰ると珍しく俺より早く帰ってきていた妹が俺を出迎える。
ルックス良し、成績良し、内申良し。妹にしておくのが惜しいくらいの妹だ。
「今日、レイナさん来てた?」
「来てた、いつも通りだったけどどうかしたのか?」
「なんか昨日買い物してるときにレイナさんらしき人が病院に入っていったから、大丈夫かなーと。まー今日来てたなら大丈夫か。それよりも部長としてしっかり来週の天体観測にレイナさん連れてきてよね。
「わかってるよ」
妹の京香は毎年七夕には俺についてくる。
しかし、今年は妹としてではなく、天文部の部員として参加するのだ。
「それよりも妹よ、準備のほうはお前に一任してあるはずだがそっちのほうはどうなんだ?」
「ばっちりです、隊長。近隣の学校の天文部にアポもとってるし、それに先生に屋上開けてもらえるようにも頼んでおいたから」
今年は今までと違う形でほかの学校と共同天体観測を行う予定だ。それに先駆け涼香にはほかの学校の天文部に連絡、アポを取っても京香頼んでおいたのだが・・・
「もうアポを取ったのか?一昨日先生にアポをとるように言われたばっかだぞ」
「思いついたが吉日っていうじゃん。昨日と今日で二校ともアポとれたよ」
これでほとんど準備はできた。後は七夕の夜に屋上に望遠鏡を設置するだけだ。
「準備できてるなら大丈夫か。お前も体調気をつけろよ」
入浴を済ませてベッドに横になり、昼間のことを思い出す。
木崎は貧血だと言ったが本当にそれだけなのだろうか。もっとひどいのでは?そんなことを考えてしまう。
木崎が遠ざかって行く気がする。俺の手が届かないところに。
「いかないでくれ!」
目が覚めるとそこはいつものベットの上だ。いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。
鉛のような重さの体を無理やりに起こし、カーテンを開け外を眺める。窓からはまだ朝にもかかわらず照りつけるような日差しが入ってきて思わず目を閉じる。
「おにーちゃーん。レイナさんきてるよー」
一階に降りると京香と木崎が待っていた。
「なんで朝っぱらからお前がうちにいるんだよ」
木崎はたまに朝、俺のうちに迎えに来ることがある。その日は基本的に何かいいことがあった時だ。
「たまには先輩と休日に遊ぼうかなーと思ってですね」
そう言って木崎は京香の作った朝ごはん・・・正確には京香の作った『俺の』朝ごはんをおいしそうに食べている。
「せっかくだしお兄ちゃんどっかいってくれば?」
今日は土曜日だから一日のんびりしようと思ったのだが・・・まぁいいか。
「先輩、早くしてくださいよ」
ついたのは近所のショッピングモールだ。洋服店にフードコート、映画館が入っている大型のショッピングモール。
「俺が何でこんなにも荷物を持たないといけないんだよ」
「先輩も男子なんですから文句言わないでくださいよ」
ショッピングモールについて2時間、俺はすでに木崎の買った洋服やらなんやらで両手がふさがっている。
「買いたかったものはこれくらいですね。荷物はコインロッカーに預けてお昼にでもしましょうか」
適当にフードコートで昼食を済ませる。
「次どうします?・・・そうだ、来週の予習を兼ねてプラネタリウムにしましょう」
「え?・・・まぁお前に任せるよ」
文句を言おうとしたが、俺自身も少し行ってみたいと思ってしまった。
「先輩、ここです」
木崎がゆびを刺した方向は地域の科学館だ。休日でも人が少なく、俺も中学ころに一度だけ来たしかない場所だ。
「何でここなんだ?プラネタリウムならもっといいとこあるだろ?」
「まーいいじゃないですか」
木崎は俺の手を引いて科学館の中に入る。
建物の中は以前と変わらず汚くもなければ活気があるわけでもない場所だ。
「さあ、見ましょう」
席に着くと会場が暗くなり星が映し出される。
席のリクライニング、虫の音もしない。そのかわりに投影機の機械音がかすかに聞こえる。『本当の星空』とは違う。それでいても安心感を覚える場所。
「悪くない・・・」
投影された星を眺めるとなぜか本物に感じる。
何もない夜空の下の草原に木崎と二人で寝そべっている。頭上に広がる広大な夜空、吹き抜ける風。何ら本物と変わりのない夜空。その下に二人。
「先輩、私・・・この場所が好きなんです。本物と変わらないのに本物以上の価値があるこの場所が。そして今日、さらに大切な場所なりなりました」
木崎が耳元でささやく。その声に少しの安心感を覚える。
「木崎・・・もしかすると俺は・・・」
会場が明るくなり、星が消え日が昇る。
「じゃあ、帰りますか」
木崎が微笑みかける。その笑顔は満足していた。
家に帰ったころには日が落ち月が昇り、星が頭上を漂っていた。
翌日からなぜか学校についても部室に行っても木崎は現れない。俺らしくないが教室にも行って木崎のクラスメイトにも聞いてみたが皆口をそろえて「知らない」しか言わない。
そしてついに木曜になった。
「やっぱり最後は俺のところに来たか」
放課後の職員室、山下が振り返る。
「なぜ、木崎は学校に来ないんですか。それにクラスメイトもわざと口裏をそろえられている気がしましたが?」
「学校側がクラスメイト、特に仲の良かった奴にしか知らせていないしそいつらにもしゃべらないよう言ってあった」
頭の中に嫌な予感がよぎる。
「よく聞け・・・木崎はもう長くない。それも今週が山だともいわれているんだ」
山下の話によると木崎は子供の頃に重病を患っていて十年間病院生活だったらしい。その病気の後遺症で
病弱な体質になってしまい、今週の頭に複合病が発症したらしい。
「なんで・・・なんで俺に言ってくれなかったんですか!」
机をたたき山下に詰め寄る。しかし逆に胸倉をつかまれる。
「お前に何ができるっていうんだよ!」
山下が声を荒げて、しかし泣きながら怒鳴る。
「俺だって何とかしてやりたいよ!あいつだって明日を楽しみにしてたんだよ」
泣き崩れ、そしてほかの職員が近寄ってきた。
俺は職員室を後にした。
木崎が昔病院に入院していたことは聞いていた。その病と同じならその病院に入院していたはずだ。
「ここか・・・」
近所の総合病院、そこに木崎はいるという。
「木崎レイナと面会を」
受付にそう告げ、木崎の病室へと走る。
「木崎!」
ドアを開けると木崎はベットで寝転んでいた。俺の見たことのないような器具が何本も体につながれて、酸素マスクをされている木崎。俺はそれを見ていられなかった。
「せん・・・ぱい?」
かすれたそれこそ虫の声のような小さな声で木崎が聞いてくる。
「そうだ俺だ。明日一緒に天の川見るんだろ?」
「ごめん・・・なさい。その願い・・・かなえられませんでした」
思わず俺は木崎の手を握る。きれいで細い手。強く握ったら壊れてしまいそうな手を握り締める。しかし、その手はどこか深い冷たさを感じさせる。
「せんぱいこれ・・・」
木崎は脇の机からペンダントを出して俺に手渡す。
それは見覚えのあるペンダントだった。
その日、俺は近所の河川敷を歩いていた。
ふと、川の方向へ目を向けると一人の少女が草むらの中を歩き回っていた。
「あーそこの人ー助けてくれませんか?」
彼女の話によると大切なペンダントを落としてしまったらしい。
制服からして近所の中学校の生徒だったのに加えて彼女の顔からしてもとても大切なものだと思い、探し物を手伝うことにした。
草むらの中を二人で泥だらけになりながら日が暮れるまで探し続け、気づけば空には星が昇り俺たちを照らしていた。
「もう、無理なんじゃないのか?」
「無理なんかじゃありません。為せば成る・・・です。」
そろそろ帰ろうかと思ったころ・・・
「ありました!」
そういって彼女はペンダントを手に駆け寄ってきた。
そのペンダントはまるで星空のような宝石があしらわれたペンダントだった。
「ありがとうございました。あ、まだ名前言ってなかったですね。私の名前は・・・」
「木崎・・・それ大切なものだろ?」
「いいん・・・です。これはもう・・・わたしが持っていても・・・意味ないですから」
木崎が目を閉じ、涙を流す。
「わたし・・・もっと生きてたかったなぁ。せんぱいといろんな場所に行って・・・いろんなものを食べて・・・」
俺木崎を抱きしめる。華奢な体、彼女の体温が伝わってくる。
「もっと生きるんだよ。一緒にどこにでも行こう。なんでも食べよう」
「あり・・・がとうございます。せんぱい・・・だい・・・すきです」
心拍数を表示していたモニターが役目を終える。
「・・・今までありがとう」
かすれた声で木崎にそう告げ俺は病院の外にでる。
病院の外ではいつもと変わらない星空が輝いていた。
日が昇り七夕の朝がやってきた。俺は学校に行く気にもなれないままブラブラ街をある回ってある場所へたどり着いた。
この前来たばかりの場合。薄汚れたそれでいても安心感を覚える場所。そうだ、科学館だ。
椅子に座り星が写し出される。
思い出すと木崎と夜空を見たのはあの時が最初で最後だったのか・・・。あの時の満足げな笑顔を思い出してしまい涙がながれる。
このまま時間が止まってしまいそうな気がした。
ポケットに手を入れると木崎にもらったペンダントに手が触れる。取り出してみると頭上の夜空と同じように暗闇で輝く宝石のペンダントだ。
「ん?」
ペンダントを触っていると不意にペンダントが開く。そして中から二枚の紙が出てきた。
一枚目は手紙のようだった。
先輩へ。
これを先輩が読んでいるってことは私はもう・・・そういうことですよね。こんなこと言ってたら先輩に「病は気からというだろ?お前が気持ちで負けてどうする」って言われそうですね(笑)
なんかこうして書くのも恥ずかしいです。それと先輩・・・どうせ私のことで落ち込んでるんじゃないですか?もしそうなら天体観測行かないつもりなんじゃないですか?けどそれはだめですからね。先輩は天文部の部長なんですから行ってくださいよ。
最後に・・・先輩、今まで本当にありがとうございました。優しくてひねくれてて、そんな先輩のことがほんとに好きでした。
震えた字で、濡れた跡のある紙を握り締める。
そして二枚目の紙には一行だけ文が書かれていた。
先輩と一緒に星が見れますように
俺は科学館を飛び出し京香に電話をかける。
「京香、天体観測の準備はできてんだろ?」
「できてるけど・・・レイナさんがいなくなっちゃたんだよ?」
京香も木崎とは仲が良かった。落ち込んでいる様子が声からわかる。
「なにがなんでもやるぞ。それが・・・木崎の・・・レイナの願いなんだ。ほかの人に何を言われようと今日の天体観測はやるんだ。俺もすぐに学校に行く、準備始めといてくれ」
返事が返ってくる前に電話を切り学校へと走り続ける。
「お兄ちゃーん」
校門をくぐると校舎の屋上から京香が叫ぶ。
屋上にたどり着くと天文部の面々と他校の生徒がまだらに集まっていた・・・はずはなく京香と山下しかいなかった。
「内村。ほんとは今日は中止のはずだったんだがお前の妹が頭まで下げてきたからな。しかたくやることにした。それに・・・これが木崎の最後の願いなんだろ?」
俺がうなずくと山下は目頭を押さえながら天体望遠鏡を設置する。
「お兄ちゃん・・・」
京香が服をつかみ泣きじゃくった。
空に星が昇り、天体観測を始める。
木崎からもらったペンダントは頭上の星空に負けないような美しさを放っていた。
7月7日、七夕とはおりひめとひこぼしが年に一度だけ会うことのできる日だ。
俺は今日、大切なものを失った・・・しかし、今日は1年で最も大切な日になったのだ。
一年で一度だけお前と会える日に・・・。