子供を産みました。厨二病を患った魔族の子供を……
コメディです。(念のため
私……犯されたんです……。
しかも相手は人間じゃありません……魔族でした。
でも命辛々なんとか逃げ延びて、こうして故郷のお父さんお母さんの元に戻ってくることが出来たんです。
悪夢が終わったんだ。
安堵のあまり涙ぐむこともありました。
そう、確かに悪夢は終わったのかもしれない……。
だけど……だけど私、魔族の子供をはらんでいたんです……。
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「煉獄の炎よ……」
私の赤ちゃん最初の産声です……。
産まれるなりオギャアとも言わず、歯もないのになぜかキザったらしい渋メンボイスで、私には意味のわからないことをつぶやいていました……。
我が耳を疑いました。
でも姿そのものはほとんど人間で、私は心より神に感謝しました。
耳が少しとがって私と違う銀髪だっただけ。これなら普通の子として育てられるかもしれない……。
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「母上、我は供物を欲する。その二丘よりあふるる甘美なる奔流を我に捧げ賜え」
「……何を言ってるのかわからないけど、はぁ……。おっぱいが飲みたいのね……」
「うむ、相違無し」
か、考えようによっては神童です……!
生まれた瞬間から喋れる人間、人間です、この子は誰が何と言おうと人間の、私の子です!
ちょっと声が渋いだけで、見た目はかわいいかわいい私の赤ちゃんにおっぱいを与えました。
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「母上、運命の時が近付いている。汚れが訪れるであろう。常人より遥かにやわらかく、それでいてどこか癖になる魅惑の香りを持ちし薄茶色きダークマターが……お、訪れる……う、うぅぅぅんっ!」
「クリストフちゃん、お願いだから普通に言って……! 愛する我が子のはずなのに声も渋いし老人介護してる気分になるのぉっ!!」
せめて名前だけはと思いその子の名をクリストフと決めました。
クリストフちゃんの布オムツの中で、ダークマターがもりもりとあふれてこんもり膨らんでいきました……。
大丈夫、大丈夫、私大丈夫、この子が私の子なのは事実だから! 大丈夫、お、お母さんなら当然のことなの……っ!
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クリストフちゃんはみるみる成長していきました。
常人の三倍四倍で成長しようとも私の子、ちょっとだけ人様より元気に育ってるだけです。
「母上、何ゆえ神は人を苦しめるのでしょう。我々は神の生け贄として、この煉獄の中であえぎ苦しんでいればそれで良いとでも言うのか? 試練? 神が我々を試しているだと? 否、それは欺瞞だ。ヤツの悪趣味を、後付けの言い訳でごまかしているだけに過ぎない。……と、日曜学校で神父様に問題提起したところ、もう来なくて良い、悪魔の子め、と言われた。……なぜだろう母上」
「クリストフちゃん……あなたって子は……。はぁぁぁ、世間体が……はぁぁぁぁ……」
悪魔の子じゃありません。
この子は人間です。ただちょっと生まれながらに厨二病なだけの、賢過ぎる子なのです……。
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「母上、私は、今日まで育ててくれたこのご恩を忘れないだろう」
「ど、どうしたのクリストフちゃん?!」
「すみません母上、父上らが私を呼んでいるのです。ここで育ち私は痛感しました。神の傲慢が今や人間にまで類を及ぼそうとしている。私は母上のため、父上のため、人類と魔族のために父の戦列に加わることにしました」
なにを言っているのかわかりませんでした。
神様を疑うなんて許されないこと。私みたいな頭の悪い人間にはそれが当たり前のことでした。
「ああ……そう、そう行ってらっしゃいクリストフちゃん……」
「母上、勝利の暁には必ずや父上を連れて参りましょう。三人で静かに暮らそうではありませんか。……神の滅びた大地で」
ずぅぅ~っと黙ってたけどその人レイプ魔なのっっ!! 幼い頃の私に手を出したロリコンなのっっ!!
とは愛する我が子に言えませんでした……。
言ってもまともな回答が戻ってくるとも思えませんでしたので……私、諦めてたのかもしれません……。
「行って参ります母上。……今日までこんな私を見捨てず育ててくれて、本当にありがとうございました。母上、私は貴方を愛しております!」
「クリストフちゃん、もちろん私もよ!!」
……でもそれっきりクリストフちゃんが戻ってくることはありませんでした。
子供がいなくなると私にも初めての彼氏が出来て、それが夫になって、やがて私も三児の親としてそれなりに平穏に暮らしました。
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私は老いておばさんになりました。
子供たちもみんな大人になって、夫と一緒に野山を開拓したり、町に出て仕事を見つけたり、順風満帆とは言えないけれど無事な生活が続いていました。
そんなある日、あれっきり消息を絶っていたあの子が私の前に現れたのです。
「ぁ、ぁぁ……。クリストフちゃんなの……?」
「はい母上。長らくご無沙汰しておりました。神を倒すこと結局叶いませんでしたが、その思い上がりを多少改めさせることくらいは出来たはずです。母上、お幸せなようで何よりです」
あの子もまた大人になっていました。
その肌がまるでダークエルフのように染まり、小さな角が頭の左右に伸びていたので……最初はそれとわかりませんでした。
「父上は死にました」
「え……。そ、そう……死んだの……そう良かった……ううん何でもないわ」
訃報につい安堵してしまった。
私にとってその人は恐怖そのものだったので、本当に良かった……と。
「……ええ、私が殺しました。母上に不埒な行いをしたその報いを、その身を持ってあがなわせました」
「ちょ、ちょっとクリストフちゃんっ?!! そんな、軽々と……」
それから得意げに言う我が子の姿に背筋が凍りました。
彼は元より私とは別質の、魔族の子だったのだと。
「それなのに育ててくれて、見捨てずにいてくれて、本当にありがとうございます。それだけはお伝えしなければと帰って参りました。ですがこれ以上はご迷惑ですね。母上、もう会うこともないでしょう。……さようなら」
「そ、そんなことないわっ! クリストフちゃんっ待ってっ!!」
我が子が私から背を向けて去っていきます。
追いかければまだ間に合う。私は大地を蹴りました。
変わり者だけどそれは私の子、捕まえて一緒に暮らそうと誘おう。そう決めたのです私は。
「煉獄の炎よ……」
ですが……その渋いイケメンボイスに私の足が凍り付きました。
様々な頭の痛い思い出がかけめぐりました。
もし呼び止めれば確実にこの子はまた騒動を……いえ、でも、それでも一緒に……!
「さらばです母上。煉獄の炎よ、魔族の聖地ジュデッカを越えてコキュートスへと導きたまえ! 我は望む、傲慢なる主神が封じた蛇神の復活を!!」
蒼い炎がクリストフちゃんを包み込み、私みたいな平凡なおばさんには到底関わることのない世界へと、大事な我が子をかき消してしまうのでした。
ああ、クリストフちゃん……性格どころか生きざままで厨二道を貫くつもりなのね……。
全ては若かかりし日の夢、私はこれまで通り全てを忘却の彼方へと追いやった。
世界の奥底で何が起きていようとも、平凡な私には関わりようのないことなのだから。
創造神を絶対悪とするグノーシス世界が好きです。
それに反逆する魔族陣営とか大好物。