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鬼の女  作者: 詞記ノ鬼士
7/11

007 木崎納柴枝という者

「姉さん、お上が呼んでいます」

 唐突に鈴が話しかけてきた。

 どうやら、急いでいるようだ。

「そう、分かった」

 お上の用、いったい何だろう?

また、任務であろうか?

茜は廊下を進み一番奥の戸を開けた。

そこには紫の着物を何枚も着こんだ老女がいて、茜は中へと入った。

「お上、私に何か用でございますか?」

「お前に任務を任せたい。受けてくれるかな?」

「分かりました。受けましょう。どんな任務でしょうか?」

「殺しの依頼だ。最近佐々野町の方で元〈刹鬼〉の弥尾という女が無差別に殺しをかさねているようでな、お前にその女を殺してほしい」

 佐々野町、それを聞き、茜は思い出す。

 そこはかつて親を殺されたのち自分が行きついた場所だ。

 その場所で茜は響楽に拾われた。

 そんなことを想いながら茜はいぶかしい表情をしてお上の依頼を聞き入れた。

「うむ、了解した」

「お前がすぐ引き入れてくれてうれしいよ。なにちょっとした殺しだ。お前の手を惑わせる相手ではない」

「その女の特徴は?」

「弥尾という女は、三十前後の女だ。長い黒髪で左の頬に刀傷を負っていてな。それは殺しの際にできた傷ではなく、上の者に逆らった時見せしめにつけられたものだそうだ」

「そうですか」

「特徴と言えばこれくらいか、錯乱している可能性もあるかもしれん、相手に対面したときは躊躇なく殺せ。場所を構わずともいい。相手は薬持ちだからな」

いう事を聞かなければある薬を盛られ、その者は錯乱しやがてその薬がなくてはいられなくなるほど、依存性が強まっていく。

それを利用して〈刹鬼〉に身を置かせ続けている。

〈刹鬼〉がやっていることは知っていて理解できていた。

 弥尾とかいう女はきっと〈刹鬼〉というそんな恐ろしい場所から逃げ出したかったのだろう。

 だから、外へ出た。

 その先には自らに身に持ってしまったが害薬の副作用が出てしまって、夜な夜な人を襲う。

 身に着いた強さを武器に狂ってもなお誰にも捕まらずいる。

 茜はお上の言葉からそう推測した。

「お上、一つ気になっていることがあるのですが、この〈刹鬼〉という場所から出ることはできますが、やめることはできるのですか?」

「できる」

 茜は一瞬、目を開かせた。

 しかし、

「とは、もしや思ってはいるのかね、茜」

 お上はそう問いかける。

「……」

「できるはずがないだろう。私たちはもう人を殺した時点で罪人だ。そんな奴らがのこのこ外に出ては、お国の偉い方に裁きを受けるだけだ」

「はあ……そういうものなのですね」

「それにだ。もし、この場所がお国にばれてはいけないからの。ここに来た者はこの場所を知った時点で一生この〈刹鬼〉という場所に縛られるしかないのだ」

 その言葉を聞いて、茜はやはりここからは逃げられないのだと悟った。

 こんな暮らしをやめることはできないのだと悟った。

 何のために生きているのか、何のために強くなるのか。

 ふと、響楽が言っていた言葉を思い出す。

 今の自分の目的は?

 復讐という言葉が僅かによぎる中、茜は任務へと出た。

 場所は佐々野町。

 森と町を何度か挟んで一日、やっとそこへとついた。

 かつて商店街がならんでいた場所は今も残っていた。

 布をかぶった茜はそこを歩きながら、行き交う人を偵察していく。

 すると自分と同じように布をまとっている者の姿をとらえる。

「もしや、あれは……」

 普段〈刹鬼〉の者がでかける祭、顔を見られてはいけないという事から顔を隠すために布で隠す習慣がある。

〈刹鬼〉から追われる身であり、顔に傷なんていう目立つ容姿をしているのならば、そうしている可能性は高い。

 最も、人通りの多い場所にわざわざ訪れるかを考えると可能性は薄くなるが……

「こんな人の多い場所に現れることはないだろう。もっと身を潜めてことらの行動をうかがえる場所だ。きっと」

 それはかつて、盗みを働いていた自分のような感じだ。

 茜は昔自分が隠れていた人影の少ない角の方へ、木が積まれているところへ来た。

 身を隠す。

「ここも変わっていないな」

そう言いながらも目でその布をかぶった者を追う。

 茜はその者が弥尾ではないかと、疑った。

 相手は一つの店で止まる。

 その間に茜は動き出す。

 この瞬間に相手は懐から金をだし、一瞬の隙ができる。

 それを昔、生きるための知恵として覚え、実践した。

 今取るのは金ではなく、その布一枚だった。

 茜が相手の横に立つ。

そして手を伸ばそうとしたその時だった。

 髪を一束でまとめてすくいあげるような強い風が吹いた。

 それは掴もうとしていた相手の布をも軽く浮き上がらせた。

浮き上がったのは自分の布も同じで、

『あっ……』

 お互いにそう声を漏らす。

 茜の目の前に立っている者を見た。

 それは美しい男だった。

勘違いか……

 茜はすぐに落ちた布を相手の分も合わせて拾った。

「あはは、ありがとう」

 相手の男はなぜか笑う。

 茜をじ~っと眺めて嬉しそうに笑う。

 そして言うのだ。

「その赤い髪、珍しいね」

「そ、そうか?」

「また……盗みでもしようとしていたのかい?」

「えっ……」

 茜は一瞬、思考が固まった。

そしてふと過去の光景を探り、目の前に移るこの男に見覚えがないか確かめる。

すると、男はそんな困惑気味の茜をみて懐かしむ表情でこう言った。

「ああ、昔あった女子を思い出すよ……君は覚えていないかい?」

「えっと……」

「私は納紫枝、木崎納紫枝だ」

 その男はそう名乗った。

 高貴そうで、優雅なその男。

苗字が付いている者は珍しい。

 こいつはそんなにも身分の高い者なのだろうか?

「君は私を覚えていないかい?」

「何のことだ……」

「そうか。私の事を覚えてないのも無理はない。それは私がえ~と、初めて一人で町に出た時だから……いつだっけ?」

 おどけた様子で聞いてくる。

「私が知るわけがないだろう」

「そっかぁ。まあ、とにかくだ。私は昔、君にあったんだ。それは赤い髪をした少女で盗みを働いている最中で、私はその娘とぶつかってしまってな、それから――」

 ここまで聞いて茜は思い出してきた。

 自分にぶつかった相手、それは過去の出来事の中に一人だけいた。

 妙にいらつく高貴そうな子供の顔があった。

 そのぼやけた記憶と今の男と重ねてみると、似ていなくはないと思った。

こいつ、あの時の子供か?

「自分とは全然別の世界で生きている人間なんだと思ったよ。なんでそんなことするのだろう。思ったことを言ったら怒られてしまったよ」

 間違いないこいつはあの時の子供だ。

「顔はわすれてしまったが、その赤みがかった髪、それが目印だった」

「お前、あの時のいらつくガキか……」

 真実を知って、苛立ちがよみがえってくる。

「はは、そしてその目だよ。君はあいもかわらず怖い目をしている」

「怖くて悪かったな」

「あと……美しくなったね」

「はあ⁉」

 いきなり何を言うんだ、こいつは!

「昔はぼろい布一枚でみすぼらしい方だったのに」

「おい!」

「おっと、ごめん。怒らせるつもりじゃないんだ。ただ、ちゃんといいところに拾われたんならよかったと思ってね」

 やはりこいつは、分かってない。

 私が今までどんな場所でどんなことをしていたのか、それがどれだけ辛い日々だったか分かっていない。

 それは当たり前のことだが、この納柴枝とかいう男はあいもかわらず自分をイラつかせる。

「何も知らないで……」

どういうわけか、こう口に出てしまう。

 言ったところでなにもならいのに茜はこう続けてしまう。

「何も知らないくせに、勝手に私の暮らしをいいものと思うな。私が今までどんなふうに過ごしていたかなんてお前に何か分かんないだろ」

「ああ、また怒らせてしまったかい? ごめんよ。そんなつもりはないのに私はどうも君を不愉快にさせてしまうらしい」

 わざとではないことは分かる。

「もういい。私は帰る」

「へ~、帰る場所があるんだね」

「お前に関係ない。じゃあお別れだ」

 茜は立ち去ろうと納柴枝という男から踵反した。

 すると、

「お前じゃない。納柴枝だよ」

「おい、なんだ!」

 納柴枝は茜の腕を取り、困り顔でこう言った。

「ちょっと、付き合ってよ。私は君のことをずっと探していたんだ」

「お前に付き合っている暇なんてない! 私から離れろ!」

「いやだよ。盗みを働こうとしたことは黙っていてあげるから」

「それは脅しのつもりか? いっとくけどもう盗みはしていない。私がお前に近づいたのは顔を確認するためだ」

「え、そうなんだ。でもそれはなぜだい?」

「それは……」

 部外者にはこれ以上は言えなかった。

 困った茜の目の先に布をかぶった者を見た。

「ちょっと待て、あの被り物をしたものを追いかけろ」

「ん? どうしたの? あの人がどうかしたの?」

「いいから。私が追っている人物かもしれないから」

「分かった」

 茜と納柴枝はその布をかぶった者に近づいた。

「ちょっといいかい? 顔を見せてもらえるかな?」

 茜がそういうと、顔を隠すように手で頬をおおう目の前の者がいた。

「うぐ……」

「どうした? 見せられないのか?」

 そう聞くと、布をかぶった者は即座にその場から逃げ出した。

「あ、待て!」

 茜は追いかけた。

 それに納柴枝もついてくる。

「なぜ、お前が付いてくる?」

「言ったでしょ、付き合ってほしいって」

「そんなこと私は知らん」

 そう言っている間にも茜と相手との距離は縮まっていく。 

 その布をかぶった者はやっと観念したのか、姿を現した。

「もう、お前たちは私の事を知っているんだな。どうせ私の事を殺しに来たんだな!」

 布をかぶった者の容姿はお上が言っていた特徴と同じだった。

 顔の頬には切り傷がある。

「お前が弥尾だな」

 弥尾らしき女はその後、村人を人質に刃物を首に添える。

「これでどうだ。人質をとったぞ。これでお前が私を殺すのならばこの娘もあの世行きだ。ワッハアアアアアアアア」

 狂ったように笑い出す。

 これが薬付けになった女の末路か。

「い、いやあああああ! 助けて、助けて!」

彼女の腕の中で娘は蒼白な顔を見せ体を震わせていた。

「人質を離せ。さもないとこのままお前を殺すぞ」

「できるのかな? そんなことしていいのかな? お前が動けこのかわいいお嬢さんが死んじゃうんだぞ」

 その弥尾と女も必死であった。

 自分の命がかかっているのだ。

 少しでも長く生きようとあがいている。

 茜はそんな彼女の姿を憐れんだ。

「殺さないで、殺さないでおくれ……」

 娘は涙をこぼし、ぼそぼそと恐怖の中、同じ言葉を繰り返している。

 そんな様子を見た茜だったが、彼女はこう言い放った。

「あんたがその気ならしょうがない。娘は殺しても構わない」

「……」

「い、嫌だ! いやあああああああああああ!」

 茜の目の前には唖然とした表情からすぐに真剣な表情を見せた弥尾と、この世の終わりのような顔をして先ほどよりも震え、弥尾に捕まっている中で身をじたばた動かし始めた娘の姿があった。

 そんな光景を見ても茜は動揺を見せずにその足を前に踏み込もうとした。

 だが、納柴枝はその時、なんかを言いたげな様子で茜の服を掴んだ。

「なんだ。失望したか? でも私はそういう女なんだ。それを知ったんなら、もう私に……」

 納柴枝は茜の言葉をさえぎって、彼女の耳元で囁いた。

「もし、この場を乗り切れたら付き合ってくれる?」

「え?」

 その時には、彼は弥尾の方に向かって走っていた。

「なっ、お前この娘、が……うがっ!」

 瞬間、血が飛び散る。

「遅いよ。本気で殺すつもりならちゃんと狙わないと、ね!」

 それは、納柴枝が一瞬のうちに刀で放った一撃で茜は息をのんだ。

 何だ、今の?

 動きが見えなかった。

 その後、弥尾は倒れ、人質の娘は逃げ出した。

 納柴枝は振り返る。

「これで、僕と付き合ってくれるよね?」

 涼し気な態度でそんなことを言う。

「お前、何してるんだ!」

「何って、殺したんだよ。君もそのつもりで動こうとしていたでしょ」

 確かに納柴枝が向かっていってなかったら、茜が代わりに相手を殺しに行っていた。

 すでに身に潜めてある小刀を掴んでいた。

「でも、人質もいたからなるべくおんびんに済ませたくてね。ついやっちゃったよー。あはは」

「変わった男だ……」

「うん。よく言われるよ。でも正義感なんてさらさらないんだよ」

茜は仕事柄、一風変わった思考を持つ者を見てきた。

 それは、日々狂っていく仲間や姉さんたちの姿。

彼は、その雰囲気によく似ていた。

「君、名前はなんていうの? 僕に教えてくれないかな?」

「私は……鬼の女と呼ばれている」

 名乗ってもいいのかと一瞬迷った。

 名前を覚えられても困ると思った。

 しかし、

「そうなのかい? 君にぴったりな名称だね」

「どういう意味だ」

「君には惹かれるところがあるってことだよ、私にね」

 にこっと笑う納柴枝は次にこう聞いた。

「でも聞きたいのはそういうのじゃないんだ。君の名前を知りたいんだよ」

 こちらを見透かすような切れ長の瞳でそう言われ、つい言ってしまったのだ。

「茜。私はただの茜だ! これでいいか」

 その真剣な目には逆らえる気がしなかった。

 それは先ほどの光景を見たからだろうか?

 納柴枝が弥尾を殺すところを見てしまったから、つい見入ってしまったから。

「そうか。茜か。いい名前だね」

 納柴枝は続けて言った。

「私はね、茜。人でも動物でもなんでも斬ることがとても好きなんだよ。だから君があの女を殺そうとしていた姿を見てもまったく驚かない。むしろ共感をもてたんだ」

 そんなことを言う納柴枝に茜はこう言葉を漏らす。

「お前は、狂っているのか……」

「さあね。どう思う?」

 そう言いながら薄く笑う彼に、茜は不覚にもその者に恐怖を感じたのだった。

 何なんだこの男は……

 弥尾の死体は村の管理をする者に持っていかれた。

 こうして、納柴枝との約束を守るため、茜は彼に少しに間だけ付き合うことにした。

「本当に約束を守ってくれるとは思わなかったよ、さあ、ついてきて、もうすぐだ」

 そう言ってくる納柴枝はどうやら山奥の先に見える一本の桜の木に向かっているようだった。

茜はそれを確認しつつ自分が気になっていることを聞いた。

「あんたは、いったい何者なんだ? あの刀のさばきただ者じゃない」

「私は実は裁き人なんだ。罪人を処罰する仕事をしている。だから人を殺すのは慣れているんだ」

「それだけなのか?」

「そうだよ」

 納柴枝は森に中にある桜が綺麗な場所へ茜を連れてきた。

「茜、君はずいぶんと人の死に慣れているみたいだね。あの女を殺したとき君の反応を見てそう思ったよ」

「えっと、それは……」

「私こそ、君が何者であるか聞きたい。今まで何をしてきたのかとても気になる」

「……」

 答えられないでいる茜に納柴枝は遠くを見るように言った。

「君が何者でもいい。私は君があの時から気に入ったんだ。幼き日あったあの時から」

 茜はこの裁き人を気になった。

 この自分とは相反する者の事が気になってしょうがなくなった。

「よかったらだけど、また会ってくれるかい? 私はここが好きで、よくこの場所にいるかもしれない。いや、きっと、茜が来てくれるなら私はここにいる。だから、またここにきて、茜」

「さあね。考えておくよ」

 そう言って、茜は桜の木から降りて、納柴枝から背を向ける。

「もう行くのかい?」

「ああ。私がここに来た目的もすでに終わったからな。私は家に帰るよ」

「そうか。じゃあ最後に茜、私は今日君に会えてよかったよ。また、会えたら私の事を元教えてあげる。そして茜の事も知りたい。言える範囲でいいから聞きたい」

 そう言ってくる、納柴枝に茜はなぜかこう答えていた。

「そうだね。私の事は教えるとつもりなど一切ないが、お前の事は少し興味がある。だからまたここに来てやってもいい」

 茜はそこで振り返った。

「本当にかい?」

「ああ。そういう事でまたな」

「うん。またね。茜」

 そこには納柴枝の純粋な笑顔があって茜はなんだかよく分からない心が軽くなるような感覚に襲われた。

 その感情が何なのか分からないまま茜は〈刹鬼〉へと帰宅した。

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