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鬼の女  作者: 詞記ノ鬼士
6/11

006 十年が過ぎ

時は十年と流れ、茜は鬼の女と呼ばれるまで殺鬼の上手として恐れられるようになっていた。

暗殺任務をそつなくこなし、顧みずどんな状況でさえ人を殺せる、そんな彼女の姿。

 茜を見て皆はこう呼んだ。

――まるで、鬼のような女だ。

 称賛と嫌悪の入り混じった言葉だった。

「……おいでです。今日も……」

 二階の廊下から言葉がうっすら響いてくる。

 廊下の一番端の方に茜の部屋がある。

 そこに今、茜はある娘の話を聞いていた。

「……茜姉さんのことをお呼びでございます」

 声をかけてきたのは茜の妹分になる鈴という娘であった。

 見た目はおしとやかで、年は茜とあまり変わらず一八歳であった。

「そうか、今行くと伝えてくれ、鈴」

「はい、分かりました」

 そう言って鈴は出ていった。

 茜はというと、その後裁縫箱を取り、それをこっそりと何枚も重なる服に隠し付けた。

「これでよし」

 茜は二階から一階の〈刹季〉の場所を店とは別の裏口から通りぬけ、急ぎ足でかけた。

「茜さま、お出かけですか?」 

 振り返ると白花の着物をきた女性が立っていた。

 金枝だ。

「ちょっと行くところがあるんですよ」

「また、けいこかい?」

「たぶん、そうね。〈師匠〉が私を呼んでいるっていうのさ」

茜は綺麗な赤花が混じったきれいな服を着こんでいる。

 ここへ来たころの薄着とは違い、羽衣を沢山着込んだ服装をしている。

 それは、であったころの桔梗と同じような服装だった。

 何枚も重ねた服は多ければ多いほど高い位を指していた。

 お上の一番側近であった桔梗、今の茜はその位から三番目にいる。

 その位は、自分の血のにじむような努力から勝ち取ったものだ。

それから〈師匠〉が時々〈刹鬼〉を訪れ、私にだけ特別に武術のけいこをつけてくれたおかげでもあった。

茜は金枝と分かれ、外へと向かう。

そして、そこには〈師匠〉の姿があった。

響楽の姿があった。

「響楽……」

 彼を見るたび思い出す。

 ふと、惨めな思いをし続けた日々を思い返す。

 自分よりも少しだけ上の姉さんからいじめをうけた日々、茜はそんな苦痛にも負けず、相手をにらみかえしたのだ。

「なんだよ、その目は。私たちの事をバカにしているのか?」

 そう言われようとも構わず茜は睨むことをやめなかった。

 例え、殴られようとも……

「うがぁ! うう……」

 響楽は言っていた。

 私のその目は、いい目だと。

 そして、鬼になれと。

 その言葉は常に私を奮い立たせる言葉だ。

 だから、私は鬼になり続ける。

 強くあろうとし続ける。

 そうなろうと決めたから。

 だから私は鬼となる。

 そして、

「私もずいぶんと上に着いたものだ」

 自ら振り返り、こう思ったのだ。

それでも私は鬼に慣れているのだろうか、そんなことを最近思う。

この十年で上にいた姉さん方は、いなくなる者が多々いた。

 その理由は、そして場所移りがほとんどで、〈刹鬼〉であることは変わらないが大人になれば一人暮らしも許されていた。

任務中に死んでいく者ももちろんいた。

 また、金枝のように新入りの子をみたりするため、〈刹鬼〉に居続ける者もいた。

 ちょうど今、彼女は乃比の立ち位置に当たる。

 茜はというと、今年で二十歳ほどになるため、〈刹鬼〉を出るか出ないか決める年となっていた。

 今も茜の胸のうちには始まりの日ともいえるネズミを殺した日の頃の記憶が残っている。

 あのころの自分からは、随分と茜は変わった。

 しかし、変わらない物もあった。

 こんな自分でも、大切なものがいる。

 そんな気持ちがあった。

「響楽、今回はずいぶんと久しぶりだな」

「おう、久しぶり。茜」

「少し見ないうちにまた老けたか?」

「お前もな、また綺麗な服装になりやがって、目まぐるしいことだ」

「ほめていただき、ありがとうございます。という事で今日もけいこお願いします。〈師匠〉」

 と言った時には、すでに茜は動き出していた。

 響楽に向かって走る。

そして、長い刃物でうちあう。

響楽はその時には短剣をいつの間にか、手に持ち、

「その〈師匠〉って言うのやめろ。気恥ずかしい」

 茜の攻撃を受け止めた。

「いいじゃないか、〈師匠〉。私たちはそういう関係でしょう」

 茜と響楽が喋っている最中、

「あれ、またよ」

「本当だ」

「また、特別扱いですこと……」

 チラッと、耳に着くそんな声。

「あんなふうに言われているんだから、きっと周りにもそういう風に思われていることでしょう。師匠と弟子の関係」

 茜は再度、攻撃を仕掛けた。

「お前を弟子にした覚えはないんだけどな。俺はお前に生きるための最低限のすべを教えてやっているだけだ。拾っちまった成り行きでな」

 茜のその攻撃を響楽はかわしては受ける、かわしては受けるを繰り返した。

「それでも、私にとっては……うわぁ!」

 茜が持っていた刃物は、瞬間調子を変えて連打で攻撃を仕掛けてきた響楽により、最後は足蹴りされて遠くの木の幹まで吹っ飛んだ。

 そして突き刺さる。

「いきなりなんなんだよ」

 茜は瞬時に相手との間隔を取って対峙する。

「分かったから、もっとお前の本気をみせて、みろ!」

「はい、師匠、待ってました」

「いいか、自然の物でも何でも使え、それらは何でも武器になる」

「ああ、師匠とやりあうんだからそのつもりだ」

茜はどちらかというと、人を殺せてしまう武器より、自然の武器のような打撃を軽減される武器の方が使いやすかった。

 それでも当たり所が悪ければ、何度も打撃を加えればそんなちんけな武器だとしても人は殺せてしまえる。

 だとしても、茜にとってはまだやりやすかったのだ。

 大切な人を殺してしまわないかを考えて、そう思ったのだ。

 響楽は刃物を失った茜に対して言った。

「さあ、今日は俺を殺せるかな? 茜」

「今日こそ、殺して見せる」

 走り出した茜の手には石握られ、空いた右手に隠し持っていた針を忍ばせておいた。

 それを投げつける。

 調子を変えて絶妙投げ合いで針を投入した。

 俊敏に投げつけられたそれは小さくて見えない。

 このままでは、響楽の体に針が刺さる。

 そう思った、すると一瞬のためらいも覚えて、だがその時、

「おまえなら、何か仕掛けてくると思ったぞ。まさか針とはな」

 響楽がそう言った。

「あはは、ばれてしまったか」

「まだまだだな。茜。俺をやれるものならやってみろ」

「なにを~」

 そして、しばらくの間、交戦が続いた。

森中、二人の声が響く。

「動きが甘いぞ。茜!」

 針が飛ぶ。

 何本もの見えないくらいに早く飛び散る。

 それは響楽に向けられ、投げられたものだ。

「響楽こそ、後ろががら空きだ」

 数本かよけ、茜のもとに飛んできた八本の針を両手で受けとり、それを投げ返す。

「これは、わざとだ。相手の的を絞るため、わざとすきをつくっているんだ」

 茜が投げた針は響楽の腕、力任せに払われる。

 響楽が刃物を茜へと切り付けるが、彼女は瞬時に木々に身を隠しそれをよける。

 その木々から反撃を企てる。

 枝をまるで針のように投げつける。

「なるほど。そういうか。実は私もわざと動きをおそくしているん、だよ!」

 速度を増すことで相手に感覚を瞬間ずらす。

 その間にも手は動いている。

 響楽へと落ちていた針を拾っておき、それを響楽に投げつけた。

 相手がそれをかわし、払いのけているすきに間合いを詰める。

「なんのためにだ?」

 接近する茜は、懐の短剣を取り出し響楽へと向ける。

「相手を油断させるためだ。おりゃ!」

「なに、最後の最後までそんな武器を隠し持っていたか」

 響楽はそれをいったんよけ、茜の腕を取りわずかな動きでその短剣を奪い去った。

 その時に地面へと顔をつけられた茜は近くにあった木の棒を拾い足や腕を叩きつけようとした。

 だが、その棒を取られ、茜の身にその棒は突きつけられた。

 茜の身動きができなくなったところで、やっと対戦は終わった。

「残念だったな、今日も俺を殺すことはできず」

「くそ、まだいけるぞ」

「これが本物の剣だとお前死んでいたぞ」

「それだと、響楽だって本物の剣なんて握られないだろう」

「それはそうだな……ってことで、今日の訓練はこのくらいにしておくか」

「これから、任務に行くのか?」

「ああ、またしばらくは帰らないぞ」

「そうか」

 そんな戦いを何度繰り返しただろう。

 響楽はこうして茜と少し対戦してそれが終わるとすぐに、任務に向かって行く。

 茜が響楽から体術を教えてもらったのは、まだハナを殺してから日が浅い時だった。

 ひたすら、追いかけ、走り、響楽へと向かっていった日々。

 最初はまともに相手すらしてくれなかった響楽を少しだけ本気で動かせたのは十五歳の春だった。

そこから少しずつ技を教わり、自分なりにそれを変形していく。

すると、響楽も次第に自分を認めてくれた。

一人の敵として、私と真剣に戦ってくれるようになった。

今では互いに命のやり取りを展開するような、過激な動作でぎりぎりの攻撃をかわし合っている。

「次会った時には、もっと強くなってやる」

「まだまだ、お前には負けんさ。次会った時もお前を倒して見せよう」

「それでも強くなって見せる。次はもっとあっと言わせてやるからな。覚悟しろ」

「ハハハ、お前にできるかな」

「できるさ。私はもうここで三番目の地位をついているんだから。これから老いていく者などには負けん」

 それは響楽に向けてもあったが、茜の上に立つ者たちの事も指していた。

「お前、さらっと失礼な。気にしていることを……」

「響楽、私が目指すのは一番の座だ。絶対に強くなってその座についてやる」

 茜が得意げな笑みを浮かべると、響楽が渋るような表情で言ってきた。

「茜、お前強くなって何がしたい?」

「え?」

「何のために強くなるつもりだ? 一番の座に就いたところでどうするつもりなんだ?」

「それは……」

 復讐をするため、そう頭によぎるまでには少しの間があった。

 だから、言葉にできずに言いよどんでしまったのだ。

 それに、響楽が声をかける。

「なんだ、目的もないまま強くなろうとしているのか?」

「違う、生きるためだ。私が私であるためにも強くありたい」

 最初に、初めてネズミを殺したときにそう思ったのだ。

 そして、ハナを殺したあの日にも……

「それならいいが、決して〈刹鬼〉去るなんてことは考えんじゃないぞ」

「なんだ、響楽が心配しているのはそんな話か」

〈刹鬼〉を抜けようとして、仲間に殺されてきたものを数名みかけたことがある。

 ここでは裏切りはご法度なのだ。

 だから、ここに入った以上はここの秘密を外にはばらしてはいけないために、ずっと〈刹鬼〉という団体に居続けなければいけない。

 お互いを監視する循環がここではできている。

「それなら、心配ないよ。私はここで育った。もう戻れないところまで来てしまったんだ。それはこの〈刹鬼〉という場所に来てからそうだろう? もう自分でも、分かってんだ。もう普通の暮らしができないことは」

「そうか」

 立ち去ろうとする響楽に茜は心気持ちで言葉をかけた。

「響楽、また戦おう」

 いくら強い響楽でも、死ぬときは死んでしまう。

 それが今日かもしれないし、明日かもしれない。

 茜はその恩人であり、裏切り者であり、師匠である者をたった一人の信頼できる家族のように思っていた。

 大切な存在だと思っていた。

「ああ」

 そう一言返ってきた。

 こうして、響楽は去っていった。

「はあ……」

 茜はそっとため息をこぼして、その後部屋の中へと戻った。

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