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鬼の女  作者: 詞記ノ鬼士
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005 茜の決意

生きるためには仕方がなかった。

「今の自分は鼠以下……」

恩人であり、私をこの地獄のような場所へ放り込んだあの男の言葉を思い出す。

睨み返す私に男は笑った。

『そうだ、その目だ。鬼となれ茜』

心を殺して、私は再び試験にたつ。

今度は、戸惑いはなかった。

鬼となれ、鬼となれ――ただ内に潜む弱い自分に言い聞かせて、無になる。

目の前に掴み出された鼠を捉えながら、小さな針を滑らせた。

赤いモノが流れ出す。

こんな道具でもあっさりと命は奪われる。

「よくやった」

乃比はそれを確認すると自身の手に準備されていた凶器をそっと収めた。

私がそれをくださなくても、どうせその女が変わりにネズミを殺っていたのだろう。

この前の試験で殺せなかった鼠のように死んでいく。

いくらでも変わりのいる弱きものたちは、強い者たちの前では、どうしようもないのだ。

それは私と同じ。

孤児として地面にはいずるように生きてきた私はまだなんの力も持たない子供だった。

どうせ排除されるならば……無意味なものとなるならば、私はその一瞬の躊躇をたち自分が進むための糧とする。

「よくやった。やっと殺せたのね」

試験の後、そう声をかけてきたのは金枝だった。

「え、あ、うん……」

 殺しを褒められたところで、あまりいい気分にはならない。

 金枝は自分の事のように喜んでこう言った。

 自分の教育係を務めている彼女にとっては、自分の成果が発揮されない以上このままでは上に示しがつかないことだろう。

 だから、茜の小さな一歩をこれほどまでに喜ぶのだ。

 きっとそうだ。

 茜はそう思った。

「茜がちゃんとここでやっていけるか私心配だったのよ。これで大丈夫ね。これで皆からも煙たがられずに済むわね」

「はい……」

「ご褒美に何だけどね。あなたに新しい家族を与えます。こんなところだと気がめいってしまうだろうから、あなたに特別に……ほらこの子よ」

 そう言って、見せられたのは薄汚い子猫だった。

「猫……?」

「さっき、そこら辺の森にいたんだけどね。なついてきたから、ここで飼ってもいいかお上にも聞いたんだ。それでいいって言われたんだよ」

「そうなんですか」

「どう、世話してくれないかい?」

「別にいいですけど……」 

「そう、よかったわ。はい」

 金枝の腕に乗せられていた猫が茜の胸元へと移された。

ニャーと一鳴きする猫は茜の頬を舐めたのだ。

「あっ……」

「ほらこの子も茜がいいみたいね」

「なあ、金枝姉さん。この猫の名前は何がいいかな?」

「さあ、自分でお決めなさい。もうあなたの猫なんですから」

「そうか。なら……ここに花柄の模様があるからハナという名前にするよ」

 茜は猫を見渡して、お腹にあるその花柄模様を見つけた。

「本当やね。珍しい」

「金枝姉さん、本当にありがとうございます」

「いいんよ。そんなこと。その代り大事にするんよ。死なせんようにな」

「はい」

 茜の去り際に金枝は薄く笑い、姿を見送る。

 そして、

「せいぜい、今のうちは……」

 金枝はそう呟いた。


 茜が猫をもって自分のへと歩いていると、自分と同じか、少し年上くらいの女の子たちが私を見ていた。

 喋ったことやかかわりはそれほどなかったが、自分があまりよく思われていないことは分かっていた。

クスクスと笑う嫌な顔がそこにあった。

 廊下をすれ違いざまに、数人のうちの一人が茜の耳元で囁いた。

「あなた、かわいそうにね」

「え?」

どう意味だろう?

その時の茜には、まだその意味が分からなかった。

ネズミを殺してから数日間、また同じような試験を行う。

様々な生き物の死を自分の手で確認した。

小さい物から次第に大きな物へと変化していく。

自分がより殺しにくい物へと変わっていく。

それはそういう訓練なのだ。

やがて人を殺すための試験なのだ。

次第に闇へと向かっていく私の心を引き止めていたのはハナだった。

ハナは私の大切な家族だった。

だが、ハナとの日々は突如と終わりを告げる。

「これが最後の試験だ」

そう言う乃比の手には、首を強く掴まれている、苦しそうにもがくハナの姿があった。

「ハナ……ハナ!」

全てはこのためだったのか、最初から仕組まれたことなのか……私は動揺を隠せないまましばらく手を止めていた。

「どうして、ハナを、どうしてなんだ」

「これは、人を殺すための試験、たとえそれが親であろうと身近な人間だろうと決められた役目を負った場合、必ずそれを成し遂げないといけない」

「そんなのやだ。自分にはできない、自分にはできないよ」

「できなければ私が殺す。それで失格だ」

「うぅ……」

 荒くなる呼吸を落ち着かせるように深呼吸する。

 いったん落ち着かなければ……

 突きつけられる現実。

 また、あのネズミの事を思い浮かばせた。

 最初の頃の弱い自分、響楽が奮い立たせたその後の自分。

 ここでやらないとまた逆戻りだ。

 もう、私は戻れないんだ。

「やらなきゃ。やらなきゃやらなきゃやらなきゃ――」

 茜は言葉を吐き出した。

 ハナの目が茜を映す。

 目があい、また心の中には戸惑いが生まれ、そしてそれを打ち消す声が自分から発せられる。

「やれやれやれやれやれやれやれやれ! やれ! やれ! やれよ!」

 自分は負けない。

 絶対、負けたらいけない。

 ここで私がやらなきゃ一生後悔する。

 その時には既に乃比の手には刃物がいつでもハナを殺せるように準備されている。

「ごめんね。ハナ……」

 茜はここで覚悟を決める。

なるべく苦しくないように痛くないように、一瞬で命を落とす。

すると、どうしても急所を狙う必要があり、茜は首を狙って刃物をかかげた……

そしてスッと刃を振るった。

ザググゥッ――奇妙な音をたてて、その首は転げ落ちた。

それを見つめ、うずくまる茜。

しばらく、そうしていた茜に、

「なんだい、泣いているのかい。そんなことでは……」

 と、乃比は言葉をかけた。

それをさえぎって茜は口を開いていた。

「誰が泣いているって?」

 そこには泣いている茜の姿があった。

 涙を流した茜は鋭い目を試験管に向け笑い返した。

「うん、いい顔だ……」

 乃比は茜の目を見て眉を寄せ、

「以上、最終試験終了。これからは実践に入る」

 そう告げた。

 これは最後の涙だ。

そして、茜は誰にも負けないくらい強くなってやる、そう誓った。

鬼にでも何でもなってやると決めた。

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