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鬼の女  作者: 詞記ノ鬼士
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004 茜とネズミ

 茜は目覚めた。

 どうやら、昔の夢を見ていたようで汗が体に張り付いていた。

「悪い夢でも見ていたのかい?」

 白花の女が目の前にいて、心配そうに聞いて来ていた。

 彼女は金枝というらしい。

「ああ……」

「もう起きな。今日からお前さんはここで殺しの心得を身につけてもらう」

 そうだ。私はここに連れてこられたんだ。

 この〈刹鬼〉という場所に。

 表向きは甘味処の〈刹季〉という店を開いているが、裏では〈刹鬼〉という殺人専門の職を展開していた。

 昨日響楽と別れた後、茜は身なりを整わせられてきれいに体を洗った。

 そして、薄着だがきれいな服を着させられた。

 その際に皆からこう言われる。

「あんた、みちがえたねぇ」

「きれいになったよ」

「ちゃんとすれば、きれいだねぇ」

「……ああ」

 それに茜はむずがゆくなった。

 この人たちはなんなんだろう。

 優し人たちなのだろうか?

信用できるのだろうか?

 響楽の事があるから、茜は気を抜かないことにした。

 昨日は、夕飯を食べてそのまま眠った。

「さあ、ついてきな」

 朝飯を食べた後、茜は店を開いている裏側の林の方に連れていかれた。

「この娘が茜かい?」

「ああ、見てやってくれ、乃比さん」

 金枝はそこで去っていく。

 そして乃比と呼ばれていたお婆さんが私に付きこう言った。

「お前はまずこれを殺してみせな」

そう言われて目の前に手で、わしづかみで出されたのは、どこにでもいるようなただのネズミだった。

「これは試験だ。お前が立派な殺し屋になるためのな。まずは初級の初級、ネズミを殺して見せろ」

小さな刃物を持たされた茜は戸惑う。

盗みはしたことはあっても、殺しはしたことはない。

したいとも思わない。

「どうした? ネズミ一匹も殺せないのかい、お前は?」

出来なかった。

茜にはやはり出来なかった。

そんな茜に失望したかのような顔を向けて、茜が手に持つ刃物を奪い取った。

「見てな、こうするんだよ」

 一瞬の出来事だった。

 乃比の刃物を持つ手が空を走る。

 その刃の先は一直線にネズミめがけて突き落とされた。

 血が飛び散ると同時に、いとも簡単にネズミは殺された。

そんな小さな物でもネズミのような弱い生き物は簡単に死んでしまうのだ。

 その光景を見て、茜は震えた。

「うう……」

 代わりのネズミはまだ何匹もいた。

 このようなことは何度も続けられるのだろうか?

「さあ、もう一度。今と同じようにやってみな。さあ……さあ」

 進められるが、とてもじゃないが例え小動物だろうとしても、なんの悪さもしていないものを殺すのはできなかった。

「なにできないのか?」

「……」

「はあ……」

 そしてまた、乃比によりネズミは殺されていく。

 無慈悲に殺されていく。

殺すという事はそんな簡単にしていいことじゃないはずなのだ。

 なのに、なんでこれほどあっさり殺せてしまうんだ。

 何度も何度も繰り返される。

 こんな光景見たくはなかった。

 茜はその瞬間、瞬間を目をつぶってやり過ごした。

 そんな茜の様子を見て、落胆したように乃比は言う。

「まったく、お前はここがどういう場所か分かっているのかい? まるでだめだね。失格だ」

「失格……」

「今日は飯抜きだよ」

「え……」

「え、じゃないよ。当たり前だろう。何も役立たないお前をただで置いておくつもりはないよ。ここは殺しを職とする場所だ。ちゃんと殺し技術を身に着けてもらわないと困るよ」

「そう言ったって、私は殺しなんてしたことないし、これからも殺しなんてしたくない」

「分かってないね。お前はここに来た時点でもう殺しをしなくてはいけないんだよ。もし、それを怠るとこの組織を知ってしまった以上は生かしてはおれん。お前は殺されてしまうだろうよ」

「殺される……そんなのだめだ!」

 私にはまだやることがある。

 お母さまとお父さまを殺した者への復讐がある。

「なら、ちゃんと殺しができるようになることだね」

 そう言われ、今日の試験は最悪に終わった。

 こうして、数日間同じような光景が続づく。

「茜、今日もだめなのかい? 本当にお前は役立たずだね。今日もご飯は抜きだ」

「はい……」

試験の後、乃比は金枝に愚痴をこぼしているようだった。

 それが襖の奥から聞こえてくる。

「なあ、聞いてくれよ」

「どうしたんだい、乃比さん」

「あの茜っていう娘は全然だめだったね。ネズミも殺せやしない、ただの役立たずじゃないか」

「そのようですね」

「どうすれば、殺せるようになることやら」

「心の問題でしょうね。あの子はまだ鬼になりきれていないから」

茜は聞き耳を立てながら肩を下す。

「お前さまが拾ってきたから期待していたんだがね」

「……そうか。だめだったか」

 ふと、聞き覚えのある声。

 それは……

「響楽!」

 茜は気づくと襖を開け飛び出していた。

 そこには確かに響楽の姿がある。

「こら、響楽さまに向かって呼び捨てとは何事か! 態度をわきまえんか」

 目の前には金枝と乃比以外の数名の女がおり、茜の態度に怒る。

 前もって聞かされた話におると、響楽は女しかいられないこの場所で特別にお上に気に入れられ、育てられた。

 その後、巧みな体術で数々の殺しを遂行し、成功させた殺し屋の英雄と呼ばれているらしい。

 だから、この場所ではそれなりに上位にいるそうだ。

 しかし、茜にはそんな事、実感できなかった。

 響楽が人を殺せる人間だなんて思いたくなかった。

「茜……変わらないな。飯はもらっていないのか?」

「殺せないから、あまり食べてない……でも、甘味の所で合間に働いているからその分は食べさせてもらっている」

「そうか……」

 響楽はここに来てからも変わらずやつれている茜の姿を見て、心配そうに見ていた。

 それに茜はやっぱり響楽を嫌いになれなかった。

「しばらく、茜と二人にさせてもらっていいか?」

「いいですよ。このまま昨日と同じネズミを殺させる練習をさせようと思いましたけど、どうせ本人が気持ちを切り替えない限り無理だと思いますし、今日はお前さまが……」

 乃比はうんざりした様子で茜を見て首を振って見せる。

 内心、茜はそれが不愉快だった。

 なにさ、殺しができないからって嫌みたらしい。

「ああ、じゃあ連れて行くぞ。茜、さあこい。お前に言っておかなくてはいけない話がある」

「うん、分かった」

 響楽についていき、茜は外に出た。

「ねえ、響楽今日はどうしてここに来たの? もしかして私の心配して……」

 茜が期待を込めて言った言葉は途中遮られ、響楽は責めるように茜にこう言った。

「お前はもう知っているはずだろう。弱ければ生きていけない。親もいない、家もない、助けてくれる者がいない、野良猫のように日々生活していたお前は分かっているはずだ。やらなければ自分が死んでしまうのだと」

「会って早々そんな話かよ」

「大切な話だ。これからお前が生きていけるかの問題だ」

「そんなこと言ったって、私は盗みはしたことはあっても、殺しは一度もしたことなんてない。私は人殺しなんてしたくは……」

弱音を吐いたその瞬間、髭面の男、時折が茜の首を掴んだ。

 片手一本でのどの気道を押し止める。

「今のお前はネズミとそう変わんねぇんだよ」

 息ができない。

 苦しい……

「お前みたいなガキはお前以外にもいっぱいいる。その中でお前はただ使い捨てのあのネズミのようになるか、または人をも殺せる鬼になるかだ。いや、いまの段階ではネズミを殺せる立派な猫になるかだな」

 そこで、やっと手は離された。

 息ができる。

茜は自分が死ぬのではと一瞬覚悟した。

「ゲホッゲホッ――うぐっ」

 響楽はうずくまる茜の胸倉をつかむ。

「よく聞けよ。茜、本当にこれからも生ききたいと思うなら、死ぬ気でやれ。俺はいつでもお前のそばにいてやれねぇんだ。お前を助けてやれることはできないんだ。今はまだ、お上も姉さん方もお前にちゃんとかまってやっているだろうが、そのうち放っとかれるぞ。用なしになればここにはいられない」

その目は今にも人を殺せるのではないかと思えるほど鋭かった。

彼が殺し屋というのは、本当なんのかもしれない。

茜は今、響楽の恐ろしさを思い知った。

「でも……」

 私にあの異様な世界を受け入れろというのか、私を人殺しにさせようというのか?

 そんな茜の心情とは裏腹に響楽は言う。

「でも、じゃない。言っただろ、今後お前を助けるとは限らないって、これからはお前がお前ひとりで生きていかなきゃいかん。いや、お前はすでに一人で生きてきていただろう? その時の事を思い出せ。お前は生きるためには何でもする女だろ。俺はそう信じてる。だから俺をあまり失望させんな、茜」

「うぅ……」

 茜はかけられた言葉に返すように睨んだ。

 それはまるで、絶対に負けないという意思のようでもあった。

「そうだ、その目だ。鬼となれ茜」

 そこで響楽の腕は茜を話す。

 すると、重力に従って茜の体は地へと落ちた。

 そんな茜の姿を見て、響楽は一瞬憐れむような顔になる。

「……」 

 そして踵反すと、何も言わず茜の前から姿を消した。

 茜は悔しかった。

 いろいろと言われ。

自分の気持ちなんて全く分かっていないような言葉。

自分の突きつけてくる言葉。

それから、最後の見せたあんな顔。

自分がまるで惨めな奴みたいじゃないか。

「もう、なんなんだよ……私にどうしろというんだよ。響楽のバカやろう」

 だから、あの男を見返そうと思った。

 私は子供で何の力のない。

 そう、その通りだ。

 だからこそ、今やれる事はやらなければいけない。

 今の私が出来ること、ネズミを殺るだけ。

 簡単じゃないか。

「そうだ。簡単だ……殺してやる。必ずやってやる」

 茜はそこで決心したのだった。

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