もう腹、鳴ってね
「パウロ、貴方はソシアからナニか貰いましたか?」
「あ、ダメ」
ソシアの虚しい抵抗はスルー。
「あーー。差し入れ食ったな」
「ダメだってば、パウロ」
「鳥のもも肉にパン。色々あったな」
「いやーーーーーーーーーー」
しゃがみ込むソシア。
「そーだ。ソシアは犯罪者レベルで料理ヘタじゃないか」
「へぇそうなんだ」
ダイは歌声じゃなくて顔の構成で大人気の歌姫の意外な欠点を知らなかった。てか口外不許可だろうし。
「猫が泡吹いて死にかけたよな、昔」
「あんな青い顔のニンゲンって初めて」
犯罪者レベルな料理ベタらしい。
「ソシア調理禁止令。あったよな?」
なんて歌姫だ。
「ちがうもーーーーんーーーーー」
「おいパウロ、食ったって、全部か?」
「んだな」
まだ自分の発言の意味を理解していないで朗らかに答えているパウロ。
「つまり?」
「いやーーーー」
イヤだって叫んでも仕方ない。そりゃ舞台上の総員──ソシア本人とパウロを除く──が耳を塞ぐほどの絶叫の果てにたどり着いた結論。
芝居の稽古をサボって外出しょうとしていたソシアに、偶然大量の弁当の差し入れがあった。もちろん、食べたら最悪死に至る仕込まれた毒弁当だ。
毒とは知らないで、絶好のお土産だと両手に弁当を抱えてソシアは劇場から逃走。
合流したパウロに食べさせたが、つい口を滑らせて芝居の稽古中だったと暴露。
連れ戻される途上でダイ、そして猫の足跡団と逐次合流した。
結局ソシアが大量に持ち出して大食漢のパウロのためにと勝手に弁当を持ち逃げした結果、被害の度合いも人数も少なかった。
「お、おい。となるとパウロが今度は?」
何十人分の食料を食べたパウロの食あたり。後始末とか考えたくない地獄の光景が予想されるじゃないか。
「あ。んーーー平気だな。もう腹、鳴ってね」
「あ、ホントだ」
パウロのお腹に──身長差で正確には臍の下あたり──耳を当てるダイ。
「全然ゴロゴロしてないよ」
「「「え?」」」」
一歩。そして二歩と後退したズィロが呟く。
「化け物か、あんた」
「いやーーー。どうだろーーー?」
キラリよりもギラン。
大きな歯をご披露して笑うパウロだった。
「「なんて子なの?」」
姉のペネと昔からパウロを知っているらしいリリュが頭を抱えて、この事件は決着する。
バルナ王国の治安と司法を統括する場所。
司法院。
日没前後の閉門時間になれば固く閉ざされる正門の鉄門に一台の大型馬車が接近する。
「誰だ」
「だれっておれだ」
長槍を構えた男が二名。距離を置いて弩兵一名。投射からまた離れて戦斧兵が連絡用の早鐘の紐を握る。
でも、緊張の空気は一瞬で吹き飛んだ。接近者の正体が丸わかりなのだ。
「これはパウロ判事。と、ペネ判事?」
正面ゲートを守衛する法定刑吏が長槍を構えて、〝敬礼〟をする。
「顔パスはどんな場面でも感心しませんよ。ペネ判事の鑑札符です」
馬車の窓から判事である身分証を提示するペネ。
「了解しました。ペネ判事を確認、開門かいもーーーーん」
長槍を振って合図。
するとアッサリと開放される鉄門。
「わーーー」
重低音で開放される司法院の鉄門。鍛え抜かれた鉄芯を二十本以上束ねた鉄門である。
「すご」
時間までは頑として開かないと噂されていた司法院の正門が開いた。
「なんだ、夜でも開くんじゃん」
後ろ手に構えながらのテオ。
もうおわかりだろう。御者とパウロ以外は馬車の客室に収まっているのだ。
「ははははは、この姐ちゃんは司法院慣れてんな」
そう。不良なテオは何回か司法院にお世話になっている。
「パウロ。無駄口は不許可です」
テオの経歴を喋りそうだった弟を牽制する姉。来月に高等判事に昇格予定なのだ。
しかし二メートル級の巨体でも姉には弱いのか馬車からやや遅れるパウロ。
「本日は日も暮れましたから、司法院に宿泊してもらいます。カナーノの御子息や『カノッサ』の乙女の皆さん」
乙女。強制戦闘の熟練者だったマーサやテオに乙女と呼び掛けたペネに一言足そうとして、でも笑顔で封じられるダイ。
「司法院には宿舎があります。日が暮れて夜道は危ないので今晩はこちらに」
「あ、修道院には連絡済みですから」
ペネ姉弟にコキ使われているカラスコ。正式な所属は夜警隊だけど司法院とも繋がりが深い紳士だ。
「あのさ、寝るのはともかく食べ物とかは?」
「有償です。でもご安心あれ」
くすっ。笑うと童顔だからマーサよりも幼く映るペネ。
「『鷲と白鳥一座』の支払いですから、あ、それから」
窓から顔を突き出して弟の行動を予め封じる姉。
「あ・な・た・の支払いは自腹です」
「へぇ」
タダ飯の予定がバレたパウロだった。
「それにしてもまさか司法院に泊まるなんてね」
「うーーん」
予想しなかった展開だけに、お勤めのネタもないダイ。千載一隅の好機なんだけどね。