悪い魔法使いの手先は逃げてしまいました
「あの医者の杖さーー。なんだか音がおかしいから、すり替えておいたんだ。お芝居につかう刀と」
「お芝居? ああ、抜くと花束になる、アレか?」
主にコミカル劇で使う小道具だ。
「そうそう。しかも、取り替えても気づかないんだもん、あの人本当は杖要らないんだよ」
「だからって」
お芝居は強行中だ。
「そうか。ペネ判事はダイがイタズラ……ここでは機転を利かせたのをご承知だったのですね」
「そうですよ。でなければ、か弱い少女を危険な目に遭わせたり致しません」
「でもさ」
ペネのお芝居上の付け羽根をつんつんしながらのダイ。
「マーちゃん、か弱くなんてないよ。さっきだって自分のうんめいはって言ってたじゃない」
「少年」
凄んだのかも知れないが、ペネとダイの身長差がミリ単位だ。ちっとも怖くないんだ。
「乙女はいつでもか弱く、そして永遠に乙女ですよ。夫以外の男性に対しては、特にです」
「えーーーー? なにそれーーー?」
ダイが、そんな高等な乙女学がわかるハズもない。
「さて、仕上げましょう」
ポンとダイの肩を叩くペネ。小さくても司法院の判事だ。
「『我が魔術の力ではありません。乙女が自分の未来を自ら切り開く決意が奇跡を呼び起こしたのです』」
普段なら『大法典』。王侯貴族の政治や外交、刑事罰や民事について記載されているバルな王国の柱を手にしているのが判事職だ。
「ペネさん」
「ああ。お前はそれほど知らなかっただろう? でもペネさんは判事補時代は、ほとんど鷲と白鳥一座の一座のメンバーだったんだ。なにしろ判事様だ。セリフ覚えは完璧だった」
「ああ。そう言えば」
とまあ舞台でガヤするガッペンとズィロ。
「『さあ、娘さんを苦しめた悪徳医師。貴方をどうしましょうか』」
「おおおお、お芝居ですから、このまま」
実際マーサの喉に当てたのは葉っぱも切れないコミカルな仕込みの剣だった。だから無罪、見逃して欲しい糸身勝手なカルバン。
「なんね。まずは、ギッタンバッタンで、ア・レ・だへ」
まだ木の装飾が残るパウロ。ペネの弟だ。
「『いいえ。この人には貴方以外にも罪を犯しました』」
「判事、あれ木槌じゃないのか。手にしているの」
「そうですね。でもアレ、判事の商売道具ですから」
法定で、〝静粛に〟と叩く、アレだ。
「『厳罰しかありません』」
木槌を刺すように真っ直ぐカルバンに向けるペネ。
「んだら、死刑か?」
容赦ないパウロ。
ずるずると後退して捕獲者から遠ざかろうとするカルバン。
『ああ。
非道な行いは結局自分に跳ね返るのです。
例え、悪い妖精や夢魔の誘惑に負けたとしても』
「んだら、身体を引きちぎるか? まだ抵抗してんな?」
「しししし、してません。してません」
グイグイと接近するパウロ。必死に後退りのカルバン。
「『さあ、魔物の手先をどうしましょう。
巣に逃げたらタイヘンです』
それはペネの罠だと恐怖に支配されたヤブ医者は看破できなかった。
「はあはあ。先ずは頭を引っこ抜くべ」
因みに、パウロが演技をしていない可能性は誰もが抱いていた。
「やめろーーー」
パウロの手が伸びたと同時にカルバンは跳ねた。そして、劇場外に逃走する。
『こうして、悪い魔法使いの手先は逃げてしまいました』