マッタク困ったものです
「貴方の患者よりも薬代を優先する汚れた刃物で、決意を固めた乙女の肌を穢せると思うなら、斬りなさい」
ぐんぐんぐん。腕組みが、チト占い師らしくない威圧的なペネ。
「ペネお姉さん」
「この乙女は度々鎬を削ったのです。覚悟はとっくにしておりますよね?」
理由はどうでも、恐喝戦闘の熟練者であるマーサだ。
「はい。間違いなく」
マーサはペネの質問を否定しない。
「おおおお、おい。切るぞ。これは仕込み剣だから首を落とせんが、喉笛は切れるぞ、死ぬぞ」
どうも見栄えがしなくなっている。
マーサは開き直りもあって堂々としたものだ。でも、背後に回りフェーデの経験者の喉笛に刃を当てているカルバンの膝が激しく上下しているのだから。
「いやーーー。マーサちゃーーーん」
で、やはり勘違いされたままだ。
「ペネさーーーん」
舞台袖から、はみ出てしまっているズィロ。もちろん、座長も、刃を隠していた杖だけが、今日の仕込みじゃないと気づけていない。
「マーちゃん」
「何度マーちゃん禁止って」
モザイク親指まで秒読みの剣幕のマーサ。でも、ふっと空気が抜けたように穏やかに微笑む。
「これでマーちゃんって聞き納めね。じゃあね、ダイ。私、命乞いもしないし泣き喚いたりしないから」
コクり、よるもガクンと頭を垂らすダイ。
「さ。斬りなさい。ちーーっとも怖くないんだから」
「な」
『おやおや卑怯者は、膝だけでなく、腕までもブルブルしてーーー』
固唾を飲んで成り行きに没頭している観客たち。
で。
「リリュ。さすがだな」
「オーナーーーーー。金の卵がーーーー」
こちらはガッペン劇場主とズィロ座長。
「なら、殺してやる。お望み通りに!」
「そうはいきません」
ペネがもう一歩。
「これで一座は解散だ」
ドン。カルバンはマーサの背中を突いて、細い刃で背後から縦に切る。そうしたら、透き通るマーサの肌から、溢れ飛び散る血飛沫が舞台の色彩を赤黒く汚すのだろう。
そうなるはずだった。
でも、そんなはずはない、だってこれ、お芝居だもの。
「は?」
どっと。空気の圧力で痛くなるほどの笑いが劇場に渦巻いた。
「花だーーー」「だろーー」「やっるーーーー」
凶刃の漢。カルバンの手は赤になっていた。でも、マーサの返り血の赤じゃない。
「わが魔術、間に合いましたね」
啖呵を切るかドヤ顔の場面でも渋面なペネが一言。
『ああーーー。
見事な魔法でしたーーー。
乙女に襲いかかったのは恐ろしい刃物ではなかったのです』
呆気に取られる役者──本物も代理もニセモノも──を尻目に、オチに向かって場を強引に整えるリリュ。大陸随一の人気を誇る踊り子である。
この展開は果たしてリリュの機転なのか、彼女の絵図なのか。
ともかくリリュのフォローがスイッチになったのか、間髪入れずに役者ガッペンが役目を果たす。
『なんとしたことだろう。
これはなんとしたことだろう』
どんなに修羅場っても、芝居なんです体裁を繕うために、最後の戦力の投入。
劇場主兼任のガッペン、お芝居上は〝魔法使い〟登場だ。慌てて続くソシア。役柄はマーサの恋人。
『我が師よ、申し訳ございません』
舞台では師弟。立場上はオーナーと人気一番の歌手兼役者。
「お嬢さんが無事で何よりだ。……ダイ、どうなってるんだ?」
舞台の端に立っていながら、お芝居以外の会話をしてしまうズィロ座長。
「あら、ズィロまだわかりませんか?」
「わかりませんよ」
えっへん。身体を大きく反らすダイ。但し、ペネたちは見事に舞台に残留したまま謎解きをしていますので、マッタク困ったものです。