通りすがりの占い師
『乙女、マーガレット』
『占い師は、マーガレットの困難を案じて顔をこわばらせーー』
じゃなくて、強引なリリュに怒っているから引き攣っているんだが。
『さあ、立ち向かいなさい。この乱暴者を退治すれば、貴女の父親を見るも無惨な姿に変え』
放火とか罵りは、どうやら演出だと勘違い、ダマされた観客たち。
無残な姿のパウロに、どっと歓声が沸く。
『貴女の姉をこの世から消したのも、彼等かも知れません』
ほほぅ。どんな悪役なんだろうと罵った男たちに視線が集まる。
「ん、んだとーー」
「死ねやーー。その後でこんな劇場燃やしてやる」
腰に添えていたのは、お飾りの鉄棒じゃないらしい。仮に護身刀でも立派な凶器だ。
「ちっ」
マーサは刹那腰に手を回した。でも、豊かな曲線を特に男性客にアピールしただけ。いつもの獲物、二条鞭は舞台衣装に着せ替えられた時、リリュから奪われている。つまり素手だ。
「殺す」
男が剣を抜いてマーサに突っ込む。でも。
「おらの娘にあにするだ」
襲撃者の初撃は、手首はパウロに捕捉された。
『ああ、愛娘を想う気持ちが、大木に変えられた父親を動かしてーー』
「まだ芝居するかよぉ」
襲撃者その二は、卑怯者の得意を構えている。おそらく、組み立て式のバネ式の投射器だから、持ち込み検査をスルーできたんだろう。
『まあまあ、なんとした事態でしょう。合戦の時でなければ、自分だけ安全な投射兵器は、卑怯者の得意と呼ばれているのに、躊躇わないで使うとはーー』
「っうっせーー。死ねや」
「お前がな」
極々短時間リリュに狙いが向いていたんだけど。
「痛ててて」
仕込み杖の銃口? は天井に。そして卑怯者を捻ったのはもちろん、パウロに無理やり動員された夜警隊員のグランだ。
マーサを罵った剣幕から、只事ではないと真一文字に不心得者に接近していたのだ。
取り敢えず、緊急事態は回避を確認すると、お芝居を強行するリリュ。
『清らかな乙女には、必ず助ける善意の存在があります。
大人か子供かは問わずにねーー』
えっとリリュを凝視。そしてダイを睨んだマーサ。舞台上では、ややこしいけどマーガレットだ。
「マーちゃん、お芝居続けて」
ダイは呟く。
「今のはタニー公爵の手下かしら」
パウロに捻られた男を、そしてグランに確保された男を見送るマーサ。
『〝ダニー〟公爵とは、どんな方でしょうーー』
タニー公爵。マーサの一家を王都近辺追放に追い込みながら、自分は政界に復帰した悪党だ。でも、閣僚席にある貴族への直接口撃は、マズイ。
だからリリュはとっさに言い換えたのだけど、さてねぇ。どの程度効果があるは保証は一切ありませんね。
「元気はよろしいが、お怪我はないかな。お嬢さん」
かなり忘れられていたけど、お芝居が始まる前に劇場に乱入した医者、カルバンだ。
「どれどれ、この老いぼれ医師も善意の一人。怪我がないか確認して差し上げよう」
食あたりの座員たちの治療のために持参したデカい鞄を手に舞台にあがる医師。
「要らないから」
「そう言うな」
ややややや。
杖歩行だったカルバン。つまり、足の代用のハズの杖が銀色に光った。
「芝居を中止しろ。この小娘の首が飛ぶのをバカ客にご披露したくなければな」
「きゃーーー」
悲鳴が巻き起こった。起こったんだけど。
「あの爺ぃ、マーガレットちゃんにいやらしイー」
杖には仕込みの極細剣。そして脱兎のごとくマーサの背後に回り十二歳の少女の首筋に刃を当てるカルバン。本来なら怪我を病気を治す立場でありながら。
「ハレンチーー」
リリュの功績だけど、こちらのハプニングも演出と勘違いしているほとんどの観客。
「立場を考えて慎みなさいカルバン。貴方の適当な医療行為で多数の訴えが」
「黙れ黙れ、このチビな判事」
「おめ、姉ちゃんに」
「パウロ、今は自重しなさい。マーサ嬢の危機です」
「そうさ。これはお芝居なんかじゃない」
「やめ、ろ」
片手にレイピア。もう片手でマーサの顎を顔を引き寄せるカルバン。
「なかなかの上玉だ。殺すには惜しいな。だろ。ガッペン、ズィロ」
「どうすれば、お嬢さんを危険な目に遭わせないんだ?」
「物分りがいいじゃないか。まず、『鷲と白鳥一座』を解散。そうだな、リリュとソシアは知り合いの劇団が引き取ってやるよ」
この医者。心底の愚か者らしい。
「どこの劇団だ?」
「それはなぁ。おい! 解散が先だ」
背後をベラベラ語らないだけの知恵はあった。
「わかった」
「わかってないよ」
石版にも、『わかってないよ』と書き込んでいるダイが叫んだ。
「んだと、この端役のガキ」
プロンプターは、役者が任命される事例もあるけど、少なくてもダイは役者じゃない。
「斬りたければお斬りなさい、カルバン」
『あれあら、なんとしたことでしょーー。
マーガレットの運命を握る占い師がまた、現れましたーー』
どこまでもお芝居だと偽るリリュ。
「……そうです。通りすがりの占い師です」
額に手を当てながらペネがカルバンに迫る。