さあさあ劇場のみなさまーーー
『私は』
「あれ? マーちゃん」
ダイが石版をブンブン振り回しながらマーサと併走する。
『シンプソン。都までの道中の手助け感謝してます。でも、これからはマーサは』
「ペネ。セリフが違いますけど」
「ま。このためにマーガレットが主人公の名前です。面白いアドリブですよ」
『マーサは自分の力で運命を切り開きます。もうお父様もお姉さまの関係ない』
「おーーー」「いいな、あの娘」「叱ってほしーーー」
「でもどうしてセリフを変えたんだ?」
「そりゃズィロ」
腕組をしてズィロを気持ち見上げるペネ。
「例えお芝居のセリフでも愛していると言えないのが乙女心ですよ。あのダイとは色々因縁があるようですから」
「ですが」
「だ・か・ら・」
チッチッちっ。指を指示棒のように縦に振るペネ。
「ズィロ。だから貴方は高名な劇作家なのに、まだ独身なんです」
「大きなお世話です」
「判事。私はナピナピがいますから」
「あら」
小さな身体で大きい瞳を輝かせるペネ。
「いつまでも気まぐれな小鳥がつまらない枝で鳴いていると期待するのは愚かな考えですよ。小官は離婚訴訟も数多く扱っていますからね」
げげっ。
ペネのランク三魔術以上の発言に口をあんぐりとするガッペンとズィロ。
「そろそろお姐さんお出番ね。じゃあペネちゃん、仕上げをよろしくね」
「役者としてでなく、裁判官として仕上げますよ」
大人の事情、ひとまず終了。
『私は進みます』
大人の事情なんかお構いなしに暴走しているマーサのセリフも続いていた。
『タニー公爵が許せないとか、マルティン卿が悪辣だとか今は関係ない』
またも舞台袖。
「あらあら。あのお嬢ちゃま、実名ですわね」
「リリューー笑ってないで、行けーーー」
「やや。お待ちください。燻されてネズミか害虫が飛び出しますよ」
にやりと哂ったペネ。
「やめろーー、このガキーーー」
「下手な芝居してんじゃねーーー」
「あれ」そこで急いで石版にカキカキするダイ。
『お静かに。でないと』そこで新しい石版に入れ替える。
『退場してください』
「んだとーー」
「止めろやめろ、こんな素人芝居」
格安の場末、立ち見の客の口汚い罵声が飛ぶ。
『だから騒ぎたいなら昼間河原で』
ダイは異例の衆目に晒されているプロンプターだ。だから、石版の警告は全ての観客に提示されている。
「てめーー」
「やっちまえーー」
「ああ、お客様」
ズィロが袖から舞台に上がる。ペネから食あたりが仕組まれた犯行だと聞かされていても、立場上仕方ない。
「こんな劇場、火ぃつけて燃やしてやる」
出火、放火。狭い空間である劇場にとって最大の敵は閑古鳥、その次の次あたりが火事だろう。
「おや、穏やかではないですね。パウロ」
腕組みのまま叫んだ占い師。の、配役だったペネ判事。
「んああ?」
舞台で寝ていたんじゃないのか。いやきっと寝ていたパウロ、起動する。
『さあさあ劇場のみなさまーーー』
放火される。
いや、まさか。
ザワつきだした劇場、舞台に舞の天使がこれこそ踊りだす。
『マーガレットの決意をためすような、
厳しい試練でございますーー
薄幸の美少女だった昨日を棄てて、マーガレットは困難にどう困難に立ち向かうのでしょうかーーー』
マーサ、そしてダイ、ついでにパウロの周囲を踊り狂うように歌い踊るリリュ。
『これこそがマーガレットの試練だと、
旅立ちを促した占い師も教えるのですーー』
強引にペネを舞台に呼び寄せるリリュ。強かな美女である。