踊れ、舞台で
『こんな森で一人なんで、ダメじゃないか』
超絶人気。大陸随一の〝美貌〟の歌姫ソシアも配役が変更になっている。今日の公演で削られたもう一人の魔法使いから、ヒロインを援助して想いの人になるシンプソン、魔法使いの弟子役を勤めている。
『私はお姉様を探していたのです』
『ここには私と』
舞台中央にソシアとマーサ。そして大道具、だと良かったんだけど。
『素敵な大木があるだけだよね』
「ソシアぁーーー」
舞台袖に根が生えたように進行を見守っているズィロ座長は頭を抱えた。
歌声よりも美貌で人気を獲得しているソシアが、勝手に大道具に抱きついたのだ。筋書き上は、見事な大木に寄りかかる構図だけど。
にま。
大道具化している大木が嗤った。それはケモノの笑いにズィロや観客には捉えられただろう。
『うん、素敵な大木だ』
大木が大道具なら、ズィロは困惑していないだろう。でも、魔法使いの呪いで樹木化したヒロインの父親を演じているってか立ったままのパウロを抱擁しているから厄介なんだ。
『あの、でもお父様を治したいんです。魔法使いがどこにいるか教えてくださりませんか?』
ごしごし。何枚か用意していてもマーサは結構石版を使う必要がある。
これにソシアの暴走だ。
ダイは、またも急遽プチ改変したシナリオをマーサに示す。
『おお、そうだったね。いけないよ、こんな森で一人なんて。美しいお嬢さん』
ソシアが助け起こしたマーサの手を握ると、大歓声とブーイングが綯交ぜになる。
『魔法使いをご存知なんですか? お父様とお姉さまの仇をとりたいんです。そして仇をとれば二人共、元の姿に戻れるかも知れませんの』
『え、ええっと』
この言い淀みは予定通り。何しろ、女主人公は魔法使いを父親の仇だと信じているから正体を暴露したくなかったのだ。
『魔法使いなんて怖い人は知らない。いい子だからお家に帰りなさい』
『いやです。娘として父の』
すっと立ち上がるマーサ。
「なんで固まる? セリフ忘れたならダイのプロンプト見ればいいだろ?」
「どうしたんだ、あのお嬢さん」
「ワケありなんですよ。あのご令嬢は」
ガッペンとズィロの背後に、純白の衣装を無理やり着せられたペネが立つ。
「ペネ判事」
「そうです。判事であって」
頬がひくついているペネ。
「決して旅の占い師ではありません」
ヒロイン役のマーサを旅立たせるきっかけを作った占い師の役を押し付けられたペネ。ガッペンとズィロ、共々昔馴染みだからこそのイヤミなのだ。
「「ご協力痛み入ります」」
腰から折れる人気劇団のトップ二人。
『父上の呪いを解かなければなりません。もうこの世にはいないはずの姉上と再会したいのです』
「なになに、美少女と男装の麗人のからみなの?」「いやーー。ステキすぎるーー」
「おいズィロ」
「はい先代」
「なんだか予想していない客層が強引に拓かれつつあるんじゃないのか?」
「この際、ウケていれば勝ちです」
またしても大人の事情。
『ならば、私と一緒にこの暗い森からでよう』
『……でも私は』
『こうしてーーー』
手を握る男役のソシア。握られるマーサ。
役者の頭数が足りないのが一番の理由なんだけど、突然おっさんと恋人の役を演じるのは過酷じゃないかとズィロはソシアの男装を許可した。
まさか、コインの雨になるほどウケるとは期待していなかった。
『出会ったふたりはーー』
「ああ。いつもリリュがあんなにやる気なら楽なんですけどね」
「全くだ。俺の座長時代からどれだけワガママに悩まされたのか」
芝居のセリフは全てリリュには脳内に収納されているようだ。突然の抜擢、配役変更のメインの美少女美女がセリフに詰まったり次のアクションに戸惑う気配があると、語り部として歌い踊るリリュがいた。
「素敵すぎる」
大道具を運搬する〝大役〟を仰せつかった夜警隊員のグランが二本線涙で憧れのリリュ姫を見ている。
「いいから旦那。このデカ判事に枝葉つけて」
「あ、ああ。リリュ姫と距離があぁ」
舞台の端っこで棒立ちしているパウロに枝をくっつけてグランの仕事は取り敢えず終わり。
物語は、森の中から人々が洪水のように溢れる大都会に変わる。
「隊長様。ご苦労様でした」
ただ、舞台を短距離移動してパウロに小道具の葉っぱをつけただけ。
でも、そんなグランの額の汗を拭う仕草をするリリュ。
「くぁ・た・し・は」
「ねぇテオ。どーーしてあの夜警隊員、歩いただけで泣いてんのさ?」
「だからガキが生意気言ってんじゃないの」
子供の事情も少しはあるらしい。