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『大盗賊ダイ』  作者: 提灯屋
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王者の石とハリボテの役者たち


 一人に割り当てられたとしては広い部屋。そこに美貌と魅惑の舞踏で大人気の美女と少年の密室状態だけど、肝心の少年の興味はリリュには向かなかった。

 違う、向かないように誘導されていたのだ。


「あの、リリュお姐さん」

「リリュでいいわよぉ。役が変わるから衣装もチェンジね」

 全身鏡で自分の身体をくまなく点検しているリリュ。ダイとの会話も、なんとなく上の空っぽい。


「机に、大きい石があるんだけど」

「あら、気づいた?」

 見事な柔軟性で自分の背中を点検したリリュは、鏡に映ったダイに視線を配る。


「そりゃ机の何分の一か占領しているんだもの」

 サイズ的には、小冊子程度。でも机本体が狭いから。


「あの、邪魔なんだけど」

「ふぅん。それねぇ。今回巡業した時の貴族様からの贈り物なのよぉ」

 右から左。リリュは耳たぶに〝重し〟を載せている。


「それって耳、痛くないの? じゃなくて石だよぉ。リリュお姐さん」

「耳? だって踊り子は身体のどんな部分でも油断しちゃダメなんだから、ちゃんと着飾らなきゃね。あ、それ石じゃないから」

 最初の耳の重し、つまり耳飾りは不合格だったようだ。キラキラしている抽斗から、別の装飾品を引き出すリリュ。


「だから、石どかしていいですか?」

「石じゃないってばぁ。『王者の石』って名前だそうよぉ」

 冠がついただけだが。


「『王者の石』も石じゃないの?」

「それが違うのよねぇ」

 鏡に写る自分にウィンクする大人気の踊り子。


「だからーーだれに目をつぶっているのさぁ?」

 お色気のサービスを単純に目潰しか目を閉じるとしか考えていないダイ。八歳。


「そりゃツルツルしてるから、マーブルみたいで綺麗だけど、それだけじゃない?」

「でもねぇ」

 今度はつま先立ちをしながら回転するリリュ。耳飾りと踊りの相性のチェックに余念がない。


「お姐さんは王者の石ってプレゼントされたんだから。なんでも、贈り主の貴族、数十万タウス払ったんだって」

「えぇぇ。ウマの牧場が開けるよ、その金額ぅ」

「でしょう? だ・か・ら・王者の石なんだって」

「そんな高価な品物、ここに置いていいの? 盗まれちゃうよ?」

「そーーねぇーー」

 まるで魔法だ。つま先立ちで微妙な湾曲を生み出しながら、しかも前進しているリリュ。鏡と睨めっこの真っ最中。


「困るわねぇ。でも、その貴族様のプロポーズはお断りしたから安心してねーーー」

「ねーーじゃないよーー」

 見た目はツルツルの石だ。でも、値段だけだとお宝の部類になる。


「誰かに盗まれたら?」

 大盗賊とかに。

「そりゃ困るわねぇ。よし、今日はこの衣装で決まり」

 前置きなく滑らかなターンでダイと正対するリリュ。


「だからさーーー」

 ダイは気が散って仕方がないのだけど。無警戒でしかも、リリュからお勤めをする理由もないし、誰かが欲しがるような品物でもない。


「もーーーー」

「ふふふ」

 意味深なのか商売柄なのかリリュの含み笑いとペン先が紙の上を走る音だけになった。




「お、さすが〝ウマの後ろ足〟任せたら大陸随一のカルロス」

「うっせーーよ。おれだって正直腹ぁ危ないんだ」

 『鷲と白鳥一座』の常設劇場の舞台の上。

 露骨にハリボテだとわかるウマが舞台中央部にいる。


「それは、お互い様だろ」

「無事なのはインチキ差し入れ口にしなかった先代御夫婦と座長と」

「ま、三本柱が無事ってのが救い。悪りぃ」

 芝居用のウマのハリボテを整形していた座員が、尻を押さえながら便所に急行する。


「こんな腹具合は初めてだよ」「いやだよ、もぉ」

 男女を問わない。耳を澄ませば腹の鳴る音で演奏会が開催できそうだ。


「そうけ?」

「あ、ペ、じゃなくてパウロ」

「んだな」

 司法院でも一座でも呼び捨てにされても動じないパウロ。


「なして俺が舞台上がるだ?」

 ハリボテのウマの脇に、全身茶色の布地を巻いたパウロ。大木の扮装なんだそうだ。


「仕方ないだろ。あんた大道具壊すから大道具係も任せられないだろ」

 もちろん皮肉の矢を放ったのだけど、パウロは無傷。


「んだな」

「納得しないでくれ」



「じゃあ、行くぞ。開演時間はとっくに過ぎている」

「一幕の改訂版はなんとか」

「あの素人さんたちが心配ですけど」

「それぞれ自分の持ち場を確保しろ。フォローはリリュとダイに任せる」

 自信満々な超不安なズィロ、座長のセリフだ。


「「「「ええっ」」」」」

 一瞬は悲鳴に近い歓声が沸いたけど。


「ま、まあ今までもダイが脚本書いてたから」

「そうだね。あの子なら」

「おい、脚本は俺だ。ダイは原案だ」

 黒い酒樽のズィロがどすんと踏み込む。


「だってさ、座長」

「ダイのお陰で何回公演中止免れました?」

 おい。座長ズィロ


「そんな無駄口叩けるなら、開幕だ」

 ズィロが腕を回すと、低速ながら緞帳が上昇。楽団と呼ぶにはファミリータイプだけど序奏曲が鳴り響く。


「ソシアーーー」「リリュ姫ぇ」「キクヌス様ぁ」

 さすが三本柱。声量頭数だと年若いソシアが圧倒的だけど、それぞれの人気者に声援や拍手喝采が飛ぶ。


「頼みますよ、お嬢様」とガッペン劇場主オーナー

「宜しくね、ダイ」こちらはナピことキクヌス夫人、劇場主夫人でもある。


「どうして、こうなったの?」

「まあ頑張ろうよ、マーちゃん」

「っさいよ、八歳児ダイ

 にんまりダイが健康優良な歯を披露する。


「大丈夫そうだね。よろしく」

「ふん」

 芝居が始まる。



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