お芝居が始まる前に
ダイが素案を出して、ズィロが脚色したお芝居の内容は、こうだ。
『ある町に住んでいた親子がいた。
父親と美少女の姉妹。
ある日、怪力の持ち主で元戦士だった父親は、とある貴族の馬車を家畜と一緒に横切ってしまう。
父親の行動に激怒した貴族の命令で、父親はどんなに食べても食べても満腹にならない呪いをかけられてしまう(原案では魔法使いに殺されるのだけど)。
父親の呪いによって家族は破産。姉は父親の膨大な食費のために都会に働きに出る決意をする。しかし、姉が実家から旅立ったその日、大規模な盗賊団の闊歩があり、多くの町村や旅人が襲われた。
姉からの無事の報せは一切なく、姉の身を案じたマーサ演じる妹の(マーガレット・ジャフラ)は村の御神木にお尋ねをする。
御神木から帰って来た答えは妹を悲しみの淵に落とす。
『デイジー・フラワーは、もうこの世にはいない。でもマーガレットが願えば、再会できるし、父親の呪いも溶ける』
姉との再会と呪いの解除。
その言葉を信じて妹、マーガレットも魔法使いの棲む奥深い森に立ち入る。
しかし、魔法使いが棲む森は一度踏み込めば二度と帰れないと村人から忌み嫌われていたのだ。
噂に違わず不気味な木の精や見慣れない獣に怯えまだ幼い妹は、魔法使いの棲家まで到達できずに、倒れる。
妹のマーガレットを救った青年。リリー。
リリーの献身的な介護によって回復したマーガレットは、魔法使いが現在は森にいないと教えられる。
そして、家に帰れと諭されるけど、父親呪いから開放し姉が心配なマーガレットは帰宅を拒む。
こうして、青年リリーと一緒に森のハズレで生活するマーガレット。
しかし運命は残酷だ。
実はリリーは魔法使いの弟子でだったのだ。リリーが嘘をついていたにも拘らず、マーガレットには怒りや憎しみ以外の感情が沸いている事実を否定できなかった。
そう、マーガレットはリリーを愛し始めていたのだ(ダイの素案では好きかも、だった)
やがて念願の魔法使いとの対面。
マーガレットの味方になっていたリリーだけど、師匠の魔法使いには歯向かえない。
魔法使いは、冷酷に言う。
『そんなに姉に会いたければ遭わせてやろう、だが後悔するな。変わり果てた姉の姿を見て嘆いても知らないからな』
マーガレットは、どんな運命が待ち構えているのだろうか』
「省略されたのは、どんな場面?」
脚本は紙束。それは当然のようで、決して当然ではない。紙は高価な品物だし、識字率。文字を読み書きするニンゲンは多数派ではない。
「村人がヒロインの恐怖を煽る場面と、魔法使いが王都で暮らす場面です。削れるだけ削りましたので、これ以上は」
この風景を『鷲と白鳥一座』なら誰でも当然だと受け入れるだろう。でも。
「それでは、ズィロ。公演強行を選んだ貴方の判断を信じます」
「奥様、感謝します」
人気ではソシアが追い抜いている。でも、劇場主夫人でもあるけど、キクヌス、あるいはナピの権威権限は隠然として一座に浸透している。
「でも、あのダイって子には驚かされっぱなしね」
「は、はい」
何条もの汗をフキフキするズィロ。
「文字は書けるし、お芝居の粗筋は浮かぶし、急の変更だって平気だし」
「は。昨年、偶然出会いまして」
「そ。ちゃんとお礼してね」
「はは、はい」
それで要件は終了だったようだ。ナピは軽やかに身を翻した。
さて、ほとんど放置民なダイ。
「じゃあおれ、ズィロと打ち合わせ」
ダイは阻まれた。でも、最初の壁はそんなに大きくない。
「少年。ダイ少年」
「あ、裁判官のお姉さん」
くすりと笑う妖精のように純白の舞台衣装に着替えさせられているペネ。
「子供を何人も授かっている夫人に気使いは不要です。でも小官は司法院判事」
すっと手が差し伸べられる。
「判事が、二人も同席している舞台での技は驚嘆に値します。でも」
ペネは小さいお母さんだから、特に努力しなくてもダイに耳打ちが可能だ。
「盗みは不許可ですよ」
「ちょっと場所が場所だからバレちゃったか。どうするの、おれを逮捕して牢屋に入れるの?」
「おめ、ちったーー怖がれ。姉ちゃんが怒っと怖ええぞ」
ペネの背後にパウロ。この二連星だと突破は不可能だ。
「貴方は黙ってなさい、パウロ」と一喝してから、優しくダイに囁くペネ。
「小官ならば、その盗品をもっと有効に活用できます。司法院には科学局と命名された部署があり、科学的に犯罪や無罪の証拠を検証する専任担当官が所属しています」
「え、じゃあ」
頷くペネ。姉の意図を理解しているのか不明だけど、背後のパウロも腕組みしながら同調している。
「小官も、都合よく登場して都合よく投薬を診察なしに実施を企てるあのカルバンには疑惑を抱いています」
「なら、お姉さんを信用するよ」
宝物。ダイがいつも口にするお宝を手渡すように丁寧にペネの掌に溢れる丸薬がふた粒。
「あら、いつの間にふた粒も?」
「姉ちゃん、このダイはほれ、司法院の」
パウロはダイを司法院のネズミと呼んだ経緯がある。
「皆まで言わなくて結構。カラスコ」
最後の呼びかけは辛うじて聞き取れるほどの小声だった。
「頼みます。これをマルコ技官判事に。あ、それから」
「はい、閣下」
ペネとカラスコだと、跪かないとヒソヒソできません。
「ですが」
「責任は小官、あるいは貴方たちの大隊長が取ります。必ず。後、可能ならば素早く戻って来て下さい」
「御意」
一旦カラスコが退場する。